第12話 残響の種、街路に芽吹く
翌晩。
街を歩くと、違和感がすぐに分かった。
歩道のアスファルトに、黒いひび割れが走っている。
まるで土から芽吹くように、そこから影の芽がにょきりと伸びていた。
通り過ぎる人々はそれを“ただの汚れ”としか認識していない。
だが俺の目には、その一本一本が魔王の残響の種として脈打っているのが見えた。
「……見えるか?」
隣を歩く美咲が息を呑む。
「うん。スマホ越しだと黒いノイズみたいに映る。
拡散すればするほど、街の“芽”は増えていく……」
佐久間さんは苦々しい顔で懐中電灯を投げた。
「ったく。影が植物みてぇに育つとか、冗談じゃねぇな」
俺は札を取り出し、ひとつの芽に押し当てた。
「どうぞ、枯れてくれ」
光が走り、芽は灰となって崩れた。
だが数秒後、すぐに隣のひび割れから新しい芽が伸びてくる。
「無限か……」
そのとき。
通りの先から、子どもの泣き声が響いた。
「いやだ……足が……!」
駆けつけると、小学生の足首に影の芽が絡みついていた。
芽は蛇のように巻きつき、皮膚に黒い痣を広げている。
「放せ!」
俺は札を叩きつけ、芽を裂いた。
子どもは意識を取り戻し、母親の腕に飛び込む。
「ありがとう……勇者さま……」
その言葉が札をさらに光らせ、芽を完全に消し去った。
しかし街全体を見ると、芽はあちこちに広がっていた。
電柱の根元、歩道橋の影、バス停のベンチの下――。
残響は街のインフラに寄生し、静かに芽吹いている。
「……これは防ぎきれない」
美咲の声が震える。
「芽は“誰かの迷い”を吸って増えてる。
止めるには、街全体の“迷い”を整理しないと……」
佐久間さんが舌打ちした。
「人間に迷うなってのは無理だろ。じゃあどうする?」
俺は胸ポケットの破片を握りしめた。
熱はもはや警告ではなく、挑発のように鼓動している。
「……魔王は、人の心の隙間を種にして芽を育ててる。
なら、“迷いを共有する仕組み”を作るしかない」
「共有……?」
美咲が目を見開いた。
「ああ。ひとりで迷うんじゃなく、声に出して“どうぞ”を回す。
そうすれば、芽は根を張れない」
そのとき、街の大型ビジョンが点灯した。
黒い影が画面いっぱいに広がり、低い声が響く。
「勇者よ……種は芽吹いた。
やがて根は絡み合い、街は森となる。
お前の“どうぞ”がどれほど続くか、見ものだな」
人々が立ち止まり、ざわめきが広がる。
芽がさらに街路に伸びていく。
俺は札を掲げ、声を張り上げた。
「勇者バイトチームで、“迷いの森”を刈り取る!」
(※次回:第13話「迷いの森、街を覆う」へ続く)