第11話 魔王の残響、街に忍び寄る の公開
偽勇者を倒した翌日。
街はいつもの喧騒を取り戻したかに見えた。
コンビニのレジ前にも、学生やサラリーマンが笑い合いながら並んでいる。
――だが俺は笑えなかった。
胸ポケットの中で、魔王の角の破片が熱を宿したまま脈打ち続けていたからだ。
まるで「まだ終わっていない」と告げるように。
「悠真」
夜勤の合間、美咲が小声で囁いた。
「SNSの“偽勇者”タグは下火になった。でも代わりに、“残響”って言葉が広がってる」
「残響……?」
タブレットに映し出された投稿群を覗く。
「夜中に影の声を聞いた」
「頭の奥で“帰れ”って響いた」
「これは残響? また勇者が戦ってる?」
俺は思わず息を呑んだ。
影法師が消えた後にも、人々の意識に“声”が残っている……。
そのとき、佐久間さんが倉庫から飛び出してきた。
「おい! 冷凍庫の奥が凍りすぎてるぞ! 配管が割れたみたいだ!」
俺は慌てて冷凍庫に駆け込んだ。
庫内の空気は異常に冷たく、吐く息が白い霧になって漂う。
――ただの故障じゃない。
床に影が滲み、冷気と混ざり合って渦を巻いていた。
「……残響か」
影法師の“声”が物理の現象に干渉している。
札を取り出し、影に向けて放つ。
「どうぞ、退け!」
光が走り、冷気は一時的に霧散した。
だが角の破片はさらに熱を帯び、警告のように脈打っていた。
「悠真……これって、もう魔王本人の気配じゃない?」
美咲の声が震える。
俺は頷いた。
「魔王は討たれたはずだ。だが残響が、この世界に足場を作り始めている」
夜勤を終え、空が白み始めたころ。
街角の大型ビジョンがふいに点灯した。
昨日まで偽勇者が映っていたスクリーンに、黒い揺らめきが広がる。
そして低い声が響いた。
「……勇者よ。
お前が仮面を捨てても、我は消えぬ。
残響は種となり、街に根を下ろす」
人々が足を止め、ざわめきが広がる。
俺は胸ポケットの破片を握りしめた。
――魔王の復活は、ただの噂ではなく現実になりつつある。
(※次回:第12話「残響の種、街路に芽吹く」へ続く)