Prolog
どうして僕はこの施設にやってきたのか、もう覚えていない。きっと覚えていられなかったんだと思う。けれど、僕はこの施設にいた子たちよりもずっと、恵まれていたらしい。月に一度、両親が面会に来るというのは、他の子達にはなかったらしい。
世のいじめのきっかけは簡単。自分より恵まれている子が居たから。羨ましかったから。それがこどもであるならばなおのこと。
たちが悪かったのは、同級生くらいの子に限らなかったこと。もう善悪がわかる年齢であろう高校生にも、虐められていた。施設の人達は見て見ぬふり。いわゆる黙認だ。
そこで僕は全てを悟った。
信用できる人間なんて居なかったのだと。
中学卒業の段階で、両親は準備が整ったからと僕を引き取った。正直、あの地獄に居なくてよくなると思うと心底ホッとした。
何とか、高校に入学、トントン拍子に卒業して就職した。
そして、気づいた時には、作り笑いが癖になっていた。
それを心配してか、親戚だという男性と、その友人を両親が紹介してくれた。なんでも、文学に精通しているのだとか。
親戚の方が臣財さん。巨財、と書いて「たから」と読むそうで。その友人さんは御影さん。「みかげ」さん。
タカラさんの第一印象は、綺麗な茶髪、だった。
ミカゲさんは、綺麗な銀髪。
だって、髪を染めている人ってまっさきに髪に目がいくと思う。
「君は、……人が怖いんだね」
御影さんは、ゆっくりと喋る人だった。低い声が耳に心地がいい。
射抜くような視線。背筋が冷える。この人はどこか侮れない。そんな気がした。




