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それは長年の

作者: 葵麻智香

 父はいつも家にいなかった。


 字を学び始めたころ、私は自分がいわゆる妾の子だと知った。

 父は私と母とは別の立派な家庭を持っていたのだ。父は豪華な本宅から母のもとに通っていた。

 母は裕福な、それこそ貴族の家に出入りする商家の娘で、その縁で貴族である父と出会ったらしい。 

 すでに貴族同士で婚姻していた父は、本妻の子どもがある程度成長したころ、貴族の嗜みとして遊び始めた。そして楚々とした美人だった母に手を出したというわけだ。私という男児が生まれたとき、母の両親は貴族と強いつながりができたと大喜びだったという。私と母は別宅で、父の訪れを待つ生活をしていた。生活に不自由はなかったが、家の中は空虚だった。

 

 本宅への配慮なのか、長じても私には父の血統は明かされなかった。しかし噂話は聞こえてくる。本宅に私よりかなり年上の息子がいると知ってから、私はがむしゃらに勉強した。父に認められた子どもに勝ちたかった。自分にも価値があると思いたかった。しかし父は母の容姿が衰えると、別宅から足が遠のいた。数年後風の便りで、亡くなったと知る。結局最後まで私の才を父が認めることはなかった。


 父に認められるという目標を無くした私は、頑迷に人より秀でていることにこだわるようなっていた。私は平民が通う学校を首席で卒業し、城に勤めることになった。

 そのころには、王の権威はすっかりかげり始めていた。

 私は王党派と議会派に分かれる国政を巧みに泳ぎながら平民が多く在席する議会派をまとめあげ、いつしか鬼畜宰相と呼ばれるようになった。王党派の貴族の不正も容赦なく暴く様が、彼らには鬼畜に見えるのらしい。


(まったく勝手なことだ)


 何もせずに貴族たちの懐に入る収入は、誰が納めた税なのか彼らにはわかっていない。

 庶民の不満は、すでに爆発する限界まで膨らみ、国をも揺るがそうとしていた。遠くにいる貴族たちだけがわかっていなかった。彼らを人と思っていない貴族たちに、その声は届いていなかった。


 しかしそれも今日で終わりだ。


 宰相の地位と引き換えに、私が明日、税を軽減する法案を通す。これで何年かは庶民の不満を抑えることができるだろう。あとは後任に期待するしかない。議会派の仲間と明日の打ち合わせを終わらせ議事堂の廊下を歩きながら、「この仕事に就けた私は、会ったこともない異母兄に勝てたのだろうか」とぼんやり考える。


 はじめは父に認めてもらいたく、次は父の家族を見返したくて生き急いできた。はたしてこの人生で正しかったのだろうか?

 白髪交じりの髪を撫でながら考える。

 議事堂から出ると、先日納品されたばかりの馬車が薄暗い中ちょうど迎えに来た。

 これを購入した時には、まだ宰相の職が続くと思っていたのだが、存外に短かった。ただの一議員には過ぎた持ち物になる。これも売却の手続きをしなければならない。

 そう考えながら、馬車に乗り込むと、馬車には先客がいた。

 

「なぜ当家の馬車に乗っておられる? バーリー卿」


 王党派の重鎮は、面白そうに笑った。

 

「君を驚かせたくてね」

「十分に驚きました。卿のタウンハウスまでお送りした方が?」

「頼むよ」


 御者に行き先を指示する。

 レンガの道の上を走る馬車はガタガタと揺れる。バーリー卿はもっとスプリングのきいた揺れの少ない高価な馬車に乗り慣れているだろう。そう思いながら彼の意図がわからず、私は当惑していた。

 バーリー卿はよくわからない人物だった。侯爵の位をもち王党派の重鎮で、時に貴族の派閥のまとめてしまうほど、顔がきく。だが中心に立とうとはせず、飄々とまれに自分の興味のあることだけ動くような人物だった。王党派の重鎮だというのに頑なに王党派の既得権益を死守しようとすることもなく、時々議会派の、というより庶民に有利な法を容認する動きを見せることがあった。

 貴族と庶民は数で言えばもちろん庶民が多く、最近は財力を持つものも増えた。

 そのためバーリー卿の動きは、国の行く末を考えた時の、先見の明があるゆえの行動だと私は分析していた。

 馬車の窓から見える、暗くなった街並みを見ながらバーリー卿は私に語り掛けた。

 

「宰相を降りるのかね」

「ええ。それが今回の法を通す条件のはずです」

「なぜ、私を王党派の取り引き相手に選ばなかった?」

「貴方は王党派の代表ではない。バーリー卿」

「そうだな……やっかいな役目から逃げ回っていたことが裏目に出たよ。残念だ。君と国会で戦うのは楽しかったよ、ウィリアム。時代の新しいうねりを目の前で見てるようで」

 テーラーに作らせたのだろう。品がよく落ち着いたモーニングコートを、バーリー卿は馬車の座面に深く埋めた。

 自分よりもバーリー卿は一回り上だったはずだと思い出した。いつもピンと伸びた背筋、指の先の動きまで制御されている美しい所作。彼は貴族の威厳をいうものを、存在するだけで示していた。

 

 宰相の任を降りれば、こうやって彼と話をするのも最後なのだと気づいた。

 一議員が直接話す相手ではない。以前からの疑念を口にするか迷い、私は唇を舐めた。

 バーリー卿は窓から視線を外し、馬車の天板のさらに上をみつめるようにしながら口を開いた。

 

「君は王や貴族という時代遅れの仕組みを、潰すつもりかと思っていた、ビリー」

 

 私は驚いた。ビリーとはごく親しい者しか呼ばない私の愛称だからだ。

 たぶんこれが彼からの最後のボールになるだろう。キャッチするかしないかしばらく悩み、私はゆっくりと口を開いた。


「そんな大層なことを考えちゃいませんよ。ただ貴方に認められたかっただけです。兄上」

 

 相手はただ緩やかな笑みを浮かべた。

 

「バカだな」

こちらは診断メーカー

https://shindanmaker.com/a/1197819

『「ばか」で終わる二人の異世界物語』のお題「一回り年上の異母兄」と「鬼畜宰相」の二人が「納品されたばかりの馬車の中」で「ばか」と言って終わる物語を書いてください。

をX(旧Twitter)でポスノベとして公開した短編に、さらに加筆訂正したものです。

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