元魔王な令嬢は、王城で歌を歌う(令嬢達のタイマン勝負、5回戦目)
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王城の庭で昼食をいただきながら、私達は話を進めた。
「大体、どうしてこの場所で昼食を取っているのかと言うと、そもそも、アメリアのせいだからな」
「まあ、どうしてですの?ラインハルト殿下」
「アメリア、お前が妙な勝負を始めて騒ぎを起こすから、庭に追い出されているんだ。反省しろ。これ以上、騒ぎを起こすと自分の家に送り返されるぞ。……ふむ、そういう手があったか。よし、アメリア、騒ぎを起こせ」
「い、嫌ですわ。そんな不名誉な事。そんな事があったら、お母様にお尻を打たれて、1週間おやつ抜きで部屋に閉じ込められてセルマンと一緒にお勉強三昧にさせられるんだわ。そして、ラディッシュと人参を山の様に食べさせられるのよ」
「そうなのか、セルマン?」
「はい。私としましては、ずっと一緒に勉強できますし。食事の際には私が隣の席に座って、嫌がるアメリアお嬢様に、『あーん』してラディッシュと人参料理を口に入れてあげる至福の1週間となります」
嫌だな、それは。
「大変だな、アメリアも」
「そう、大変なのよ。だから、次の勝負で最後にするわ」
もう最後なの?名残惜しいわね。楽しいのに。
もきゅもきゅとお肉を食べながら、アメリア嬢は、思案していた。
「アメリアお嬢様、もきゅもきゅしてはいけませんよ。可愛いですけど」
「だって、このお肉、美味しいのよ。セルマン」
確かに、美味しい。もきゅもきゅ。王城のご飯は、いつも美味しいけど、お友達と食べるから、もっと美味しいのかもしれない。もきゅもきゅ。
アメリア嬢の隣に座るセルマンが、アメリア嬢の口の端しに付いたお肉のソースをそっと拭いてやる。
セルマンが伯爵だからなのか、昼食はライ殿下、私、アメリア嬢、セルマンの4人で、テーブルを囲んでいる。
と言うより、セルマンはアメリア嬢の世話係だわよね。
「まあ、お前がどう足掻いても、私の婚約者はベルリーナ一択だ。王国の議会は、ベルの王国への貢献と業績、その魔力量の高さで私の婚約者として認め、私はベルを抱え込んだ業績をもって
昨夜、私は、王太子に内定した」
「「「王太子への内定、おめでとうございます」」」
私達は、カトラリーを置き、慌てて立ち上がって、座ったままのライ殿下よりも腰を低くして礼をした。
「内定だからな、まだ内密に頼む。母上から、余りにもアメリアがしつこく絡んで来る様であれば、この話をして良いと言われていた。さあ、昼食を続けるぞ」
スゴいですわね。ライ殿下は、5歳で王太子になるのね。こんなに可愛くて、賢くて、カッコいい、将来イケメン王太子。益々、ライバルが増えるわね。わくわく。
「ベル、フォークを口に咥えたままになっているぞ。何かまた録でも無いことを考えている様だが、この場合、ライバルが増えて困るのは私だからな。ベルの王太子妃は、決定事項だが、私が王太子になるのは、あくまでもベルと婚約しているからだ。だから、ベルが私の弟を気に入って結婚するとなると、私の弟の第二王子が王太子となる。
もっとも、ベルは、誰にも渡さないがな」
「はい、私もライ殿下を誰にも渡しません」
「第二王子のハルテシオン殿下は、3歳でとても可愛らしいんですのよ。私にお会いになる時は、したにたらす様な言葉で『アメリャ~』と、私の名前を呼びながら、ニコニコと走ってきて私に抱きつきますの」
「アメリアお嬢様、それは『したにたらす』では、なくて『舌っ足らず』では、ないでしょうか。
とにかく、第二王子殿下のお嬢様に対する態度は、腹立たしく、困ったものです」
セルマンは憤慨して、お皿の上のお肉が敵かの様に思いっきり突き刺していた。
お肉に罪は、ありません。美味しいです。もきゅもきゅ。
「それにしても、次のタイマンの内容ですわね。そう言えば、ペット対決と言うのはどうかしら。いかに、ペットを上手くしつけているか?とか?私は犬を飼っていますが、ベルリーナ嬢は、どんなペットを飼っているのかしら」
ペット、ペットと言えば……あれかしら?昨日の夜にうちに走ってやって来た……ダメ!ダメよ!それを考えちゃダメ、ベルリーナ!
私の脳裏にあれが浮かんだ瞬間、あれが反応してワサワサと駆け出した気がした。
来ちゃダメ~!こっちに、来るな~!
「殿下、失礼します。おいベルリーナ。今しがた公爵の元に急使の梟便が届いた。昨日の橘が、暴れているらしい。ガイが急いでイースタン公爵家の屋敷に帰って行った。今、公爵家の騎士が総出で何とか縛り付けているらしいが、お前、何か知ってるのか?」
叔父上が、仕事をほっぽりだして、ここまで来るような大事件だわよね。
「あー……。紙とペン頂けます?」
私は、どでかく紙に言葉を幾つか書いた。
「『待て、ハウス、お座り』?ベルリーナ、何だ、これは?」
私は、急いで紙ひこうきを作って、思いっきり飛ばした。とりゃあ~!
お莫迦、橘~!来るんじゃないわよ!あなたは、木、なんですからね~!ペットじゃ、ないわよー。
「はい、ライ殿下。うちのペット?が、勝手に私が呼んでると勘違いしてこっちに走ってきそうになったので、家に帰しました。この紙ひこうきにたっぷり魔力を載せたので、これで家で大人しくしてると思います」
「あー、昨日は夜中だったが、今は昼間だからな。あんなのが王城に走ってきたら、王都中がパニックになるぞ」
叔父上も、私に賛同した。
「そんなに大きなペットなんですの?」
「はい、アメリア嬢。私には従順なんですが、まあ、ここに呼ぶには大きすぎて」
はあ。ペットの事は、忘れて欲しいですわね。はい、忘れた忘れた。もう、考えません。大体、あれはペットじゃないわよ。
「そうねえ、令嬢らしいと言えば。ダンス?には、音楽が足りないわね。楽器演奏も、ここでは無理ですわね。
そうねえ、歌!歌は、どうかしら」
アメリア嬢は、さも良いことを思い付いたかの様に、目をキラキラ輝かせた。
そうして、アメリア嬢は、歌い始めた。アメリア嬢が歌い始めると、近くの花が光りを帯び、花が咲き綻んだ。
「私、歌は得意なのよ」
にっこり笑って、アメリア嬢は皆を見回した。光魔法。
そう言えば、魔力測定で、アメリア嬢は光属性という結果が出てたわね。
良いわね~光魔法。そう言えば、前世魔王だった時に、聖女がよく見せてくれたっけ。草ばかりの野原に光が溢れて、花が溢れて、光が踊った。キレイで幸せな思い出。勇者の妹の勇敢な聖女。
「ふふん。ベルリーナ、お前の実力を見せてやれ。思いっきり歌って良いぞ」
え?それは、ちょっと不味いのでは。
叔父上は、私を見てニヤニヤしている。
あー、どうなっても知りませんからね。叔父上が責任取ってくださいね。
私は、歌を歌い出した。
昔、前世で魔王に勇者が教えてくれた歌。
『もし、この花に名前が無いのなら
私が、お前に名前を付けよう
お前は私の花だから
私が、お前に名前を付けよう
お前は、私の名前を呼んでおくれ
私は、お前の名前を呼ぶから……』
そうして続くその歌は、名前が無かった私のために、名前を付けてくれた勇者の歌だ。
私の歌は、私の心をのせて空まで届く。私に名を付け、私に愛を与え、私に生きる意味を教え、死んでしまったあの人の元へ。
届け、届け、地の果てまでも。
辺りの植物という植物が、光を帯びて、大きく揺らぐ。木々は力強く育ち、葉を大きく繁らせ、花はより一層大きく咲き綻び、芳しい匂いを放つ。光の蝶が舞い踊る。
あの日の聖女の魔法の様に。あの日の勇者を想う私の心の様に。
想いが溢れて、そして、歌と共に世界に広がった。
ライ殿下が、私を抱き締めた。
「どうしたの?ライ殿下」
「ベルが何処かへ行ってしまうかと思った」
「私、何処にも行かないわ。ライ殿下を置いて、何処にも行かない。ねえ、どうして泣いてるの?」
「ベルが泣いてるから。切なくて、愛しくて、恋しいって、ベルの心が泣いていた」
「ライ殿下、大好きよ」
黒い影が辺りを覆い、突然、風が吹き荒れた。
「殿下、ベル、俺から離れるな。セルマン伯爵、アメリア嬢とこちらへ」
叔父上が、私達を引き寄せる。城中が騒然となり、近衛兵達がわらわらとライ殿下の元へと走り出す。
それは、大きな体躯にも拘わらず、静かに優雅に庭に降り立ち、翼を畳んだ。
古の魔獣『龍』。
「我に、名を付けよ。小娘」
「どうして?」
「我には、名が無い」
私の目を見て、龍は言った。私は、ライ殿下と共に前に出た。私達以外、誰もが動けなかった。
龍は、名が欲しいのだ。かつて、私の前世である魔王に名が無かったように。龍には、名が無いのだ。ああ、お前もまた、孤独の中で生きてきたのね。誰も、お前の名を呼ばない。あるのは、種族としての龍という記号だけ。
ならば、私が名をやろう。
「『イカロス』。お前の名は、『イカロス』」
「小娘、お前の名は?」
「ベルリーナ。ベルリーナよ、イカロス」
「ありがとう、ベルリーナ」
龍のイカロスは、そう言うと光輝き、黒い体躯は銀色へと変化し、私とライ殿下に頭を垂れた。
「ベルリーナ~!?わかってんのか?お前、今、龍と契約したんだぞ?」
叔父上が怒鳴った。皆も動けるようになったのか、剣を握り、龍を囲んだ。
あー、そう言えばそうですね、はい。
先程、龍に名を与えて、契約しましたわよね。
「この勝負、またしても私アメリアの敗けですわ。しかも、ペットまで負けましたわ」
「アメリア、お前のペットも、たいがいだからな」
「私の可愛いワンちゃんのケロスちゃんに、何て事言うんですの、ラインハルト殿下」
「お前のペットは、犬じゃないだろう。頭が3つもあるのは、魔獣ケルベロスだ」
ケルベロスをペットと認めるノースター公爵家。中々、豪傑だと思います。