第一王子は、夢の中の女に翻弄される
読みに来て下さって、ありがとうございます。
ベルリーナが殿下の部屋の現場検分に行かされている間の、ラインハルト殿下の話になります。
今回は、第一王子ラインハルト視点です。
第一王子ラインハルトside
昼食か終わり、魔術医が私の魔力を診断し、入れ替わりに、魔術師団長と、見覚えのある文官達が入ってきた。
昨夜の事件の事情聴取だ。ベルは、魔術師団副団長に部屋の外へ連れ出される。
一緒に居て欲しいけれど、そうはいかない。心細くて仕方がないが、これから団長に話す事は、ベルには聞いていて欲しくない。本当なら、団長にだって話したくないかもしれない。
「じゃあ後でね、ベル。行ってきますのキスは、ない?」
少しでも長く一緒にいたくて、そう言ってみた。
「今はムリですが、ただいまのキスなら出来るかも知れませんよ」
ベルは心配そうに、笑ってそう言って、部屋を出た。
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。
もう詳しくは思い出せない、思い出したくもない夢の中の女が誰であっても、私は事実を話さないといけない。
「ラインハルト殿下、近衛兵からの報告によると、10日前とその翌日に『夜中に誰かが部屋にいる』と、殿下から言われたとなっていますが、間違いないですか?」
魔術師団長が、報告書を片手に私に聞いた。
「そうだ。毎日続いたが、1日目と2日目に近衛兵に相談した」
「その後は、相談なされてませんね?どうしてですか?」
「最初は、アンナが私の様子を見に来たんだと思ってた。アンナや近衛兵に聞いても、誰も私の部屋に入っていないと言った。
私が寝惚けていたのかも知れないと思ったが、毎晩、誰かが部屋にいる気がして。
何度も聞くと臆病者だと思われる気がして、3日目からは、皆に聞くのを止めたんだ」
「何か他に変わったことは、ありませんでしたか、殿下?」
「毎日、変な夢を見た。いつも、同じ女が出てきたんだ」
団長に内容を聞かれたので、私はどんな夢だったか、話し出した。
部屋に誰かがいると感じた日から事件の前日まで、私の夢には、いつも、同じ女が出てきた。
その女は、私の手を取り、街中や野原など色んな所に連れ回したり、私を膝の上に乗せて絵本を読み聞かせ、抱っこしたり、頭を撫でたり、まるで私の母親であるかの様に振る舞った。
でも、その女が私を見る目は、ねっとりじっとりとした嫌な感じで、何かを私に訴えている様だった。
私は、その女に触られるのも見られるのも嫌だったけど、絶対逆らえなかった。
気持ちの悪い、嫌な夢。
毎朝、目が覚めると気持ち悪くて、吐きそうになった。
昨日、ベルに出会うまでは。
ベルに会った途端、私の目が覚めた様だった。世界が輝きだして、周りがハッキリ見えだし、ベルの声は天上の天使の声の様に……
「はーい、そこまで。そこまでで、殿下。それ以上は、惚気になりそうなんで。ストップしましょうね」
「でも、本当だぞ?」
「わかります。おそらく、ベルリーナの魔力が強すぎて、殿下に纏わりついていた他の魔力の残滓が消え去ったのかと思われます。殿下の場合は、それ以上の効果があった様ですが」
「ベルについて、よくわかっているんだな」
「それは、生まれた頃から、しょっちゅう一緒にいますしね。睨まないで下さいよ、殿下。嫉妬しても、無駄ですよ。ベルリーナは俺の姪なんですから」
それでも、何となく、団長が羨ましくて仕方がない。ベルの事は、まだ殆ど知らないからか、これが大人達の言う独占欲なのかは、よくわからない。
そして、聴取は昨夜の話になった。
アンナにてるてるぼうずを吊るして貰ったこと、私の夢の中にベルが出てきたこと、夜中に起きたら、スゴい音と共に何かが眩しく光って、ベッド脇にいた黒いものが崩れ落ちたこと。
そして、近衛兵や団長達が現れたこと。
それらを、私が覚えているだけ、団長に話した。
「ところで、殿下。侍女のヴィヴィアンの件ですが、いつ頃から殿下の周りにいたんですか?」
「今思えば、初めてその嫌な夢を見た日からだな。最初の二日間は、侍女に混じって新しい侍女が来たのかと思っていた。だが、アンナ以外の侍女達が居なくなって、アンナとヴィヴィアンだけが私の部屋の雑用をこなしていた」
「ヴィヴィアンは、何をしていましたか、殿下?」
「棚の上を拭いたり、額縁の埃を払ったり。よく考えれば、掃除ばかりしていたな。団長、私の他の者には、誰もヴィヴィアンが見えてなかったのか?」
「殿下の部屋付きの者は、誰もヴィヴィアンを見ていません。殿下並みに魔力が多い者は、殿下の部屋付きの者には、誰もおりませんので。
まあ、取り敢えず魔力の強い者を1人か2人、交代で、後で、殿下の部屋に回します。それまでは、出来るだけベルリーナの側を離れないで下さいね」
「ずっと、ベルで良いぞ。嫁にしてしまえば、ずっと一緒に居れる」
「……家に帰してやって下さい。発狂するやつがいるんで」
「父親も母親も、言うなれば、叔父も祖父だって、毎日、城にいるじゃないか」
「1人、登城してないやつが、一番厄介なんですよ。まあ、ベルリーナは、まだ5歳の女の子なんで、ご勘弁下さい。」
「1日も早く嫁に貰って、一緒に暮らしたいな」
「殿下もベルリーナも5歳ですから、まだまだ早いですよ。結婚は、成人する13年後までお待ちください」
「団長。王家の特例があるだろう?」
団長は、溜め息を吐きながら、私をじっと見た。
私だって、考え無しに『嫁、嫁』言っているわけではない。王家には、政略結婚の為の特例があるのだ。この特例によれば、生まれていさえすれば、何歳でも、結婚は可能になる。
「それだけは、ご勘弁を。殿下」
団長は、最後に私にそう言うと、私に退出許可を願い、事情聴取を終えて、出ていった。
「魔術師団長、殿下は、相変わらず大人びてますね」
「ブランド次席文官、どう考えたって、あれはガキだろ?欲しいものがあったら、手に入れたくって仕方ないガキだ」
「で、団長の本音は?」
「可愛い姪を、嫁にはやらん!」
ベルリーナの一族は、大概、『ベルリーナLOVE!』です。




