図書館に居るもの、其が名は本の虫
読みに来て下さって、ありがとうございます。
白じい、現在、傷んだ本の修復中です。がんばれ、白じい。
父上は、私を抱っこしたまま、図書館の扉を氷漬けにした。文字通り、氷漬け。扉の前に、分厚い氷が、ドンと貼ってある。機嫌が悪い証拠だわね。
氷漬けにされた扉を前に、図書館長や司書さん達が、アワアワと嘆いていた。
「魔法省長官、閉鎖を解いて下さい。いや、溶かして下さい。このままでは、王城図書館の蔵書が」
「ご無体です。後生ですから、私達を中に入れてから閉鎖して下さい」
「本が、本が。一刻も早く修復をしないと」
自分に縋り付こうとする、図書館関係者を、父上は冷たい目で見て、鼻で笑った。
「ふん、本の虫のじじいが、何とかするさ。今頃、喚きながら修復作業をしているぞ、きっと。心配するな」
図書館に踵を返して、父上は、私達を連れてライ殿下の部屋へ向かった。
「これだから、お前を今まで王城の図書館には連れて来なかったと言うのに。あの本の虫が、絶対に、絡んでくると思ったのだ。
お前は、私の妹にそっくりだからな」
部屋に着いた私と殿下は、アンナに毛布を巻き付けられ、温かいココアを飲まされていた。ココア、美味し。
「ショックを受けた時は、甘いものが良いんですよ」
そう言って、アンナはココアにマシュマロを浮かべてくれる。私と殿下は、ソファにお互いにくっついて並んで座り、ココアのカップを口に付けて、ニヘラと笑った。
ココアにマシュマロは、幸せの味がする。
「ベル、口の周りに白い髭が付いてるぞ」
マシュマロの髭をベロンと嘗めたかったが、殿下にハンカチで拭かれてしまった。
「そう言うライ殿下こそ、マシュマロ髭が付いてますよ」
殿下は、私が殿下の口の周りをハンカチで拭く前に、ベロンと自分の髭を嘗めてしまった。
ずるい。
「アンナ、私にはココアは、入れてもらえないのか?」
「魔法省長官様には、ございません。凍えてらっしゃるライ殿下とベルリーナ様の分だけでございます」
アンナは、私達を凍えさせかけた私の父上におかんむりだ。
図書館からライ殿下の部屋に運ばれた私達は、医師の診察を受け、速攻でお風呂に入れられ、着替えさせられた。
冬には少し早いけど、夏場でも極寒の地に早変わりさせる父上の氷雪魔法、私達は、風邪を引きかけていた。
ぷしゅん。
私のクシャミに、父上が、ばつが悪そうに目を泳がせた。
「まあ、なんだ。あの図書館の本の虫のじじいとは、少しばかり因縁が、あってな」
父上は、私とライ殿下の前の一人掛けソファに座ったまま足を組み、両手を自分の片足の上に置いた。
ライ殿下は、それに対抗して、足を組んで、私を自分の方に引き寄せて、寄りかからせた。
私の父上にマウントを取るライ殿下が、微笑ましい。ぬくぬく。
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その日、ハロルド(父上)と妹のハーミアは、父親に連れられて、初めて王城の図書館に来た。
初めて来た王城の図書館は、高い天井までもに本が並び、本棚が林立する森の様で、本が好きな2人はすっかり浮かれてしまった。
魔術書を探しに来たハロルドと別れ、ハーミアは自分の好きな本を侍女と探しに行った。しばらくして、ハロルドが従者と共に、ハーミアを探しに行くと、本棚の影から声がした。
「わしと契約すれば、この図書館の知識が、お前の物になるぞ。更に、わしは、お前と一緒に行動できるようになり、お前が訪れる地の書物の知識もわしを通じて引き出せる様になるぞ」
「嫌よ」
妹が、そう答える声が聞こえた。長い白髪に長い白髭の、フードを被った骨張った老人がハーミアに迫っていた。
ハーミアと一緒にいた侍女には老人が見えないらしく、キョロキョロとハーミアとその周囲を見回していた。
ハロルドは、老人とハーミアの間に割って入り、老人を睨み付けた。
「ほほう、小僧。お前も、この子と同じ様に私が見えるのか。2人共、余程、魔力が高いと見えるな。
お前もわしの好みの美しい銀髪じゃが、わしは女の子としか、契約は、しない主義でな」
老人は、そう言って、ハーミアの方に手を伸ばした。
「私は、嫌だって、言ってるでしょう。ムリよ」
ハーミアは、強ばった顔で、老人を睨み付けていた。
確かに妹の言うことは、尤もだ。老人の魔力は強く、ハーミアは、ハロルドほど魔力が高い訳ではないから、こいつと契約をすると、他に使える魔力が制限されてしまう。
「契約をするまでは、この本の森より出してやらんぞ」
ハロルドには、図書館に、結界が張られたのが、わかった。
ハーミアの侍女と、ハロルドと共にいた侍従が姿を消した。
「くそー、お前は魔力が強すぎる。結界の外には、出せんかったか」
老人は地団駄踏んだが、ハロルドは怯むことなく、図書館の中に吹雪を降らせた。
「吹雪は、止めろ!わしの愛する本達が、痛んでしまう!止めろ!」
ハロルドは、怯むことなく、更に霰まで降らせた。
「お兄様、吹雪を止めてちょうだい。本が痛んでしまうわ」
妹に蹴られて、ハロルドは、慌てて魔法を止めた。
ハーミアは、老人をねめつけ、
「良い事を教えてあげる。私の父の友人は、作家のジョーゼフ・マクガイヤーと言うの。ご存知?」
「おお、最近流行りの冒険推理小説家だな。中々、良い作品を書く」
「明日の朝、新刊が出るのよ、おじいさん」
「それは、楽しみだな。わしの事は、本の妖精と呼べ」
「ジョーゼフおじさまが、昨日私の家にやってきて、私にその新刊をくれたの」
「どうじゃった?」
「新大陸に渡ろうとした探偵モーデッカイは、船内で殺人事件に巻き込まれ、犯人の……」
「止めろーっ!」
《自称》本の妖精が叫んで飛び散り、一瞬にして、図書館の結界魔法が解かれた。
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「その手が、あったか」
ライ殿下は、ハーミアおばさまの機転に感心して、頷いた。
読んでいないお気に入り作家の推理小説の犯人を先に話そうとするとは、なんたる外道。流石、おばさま。容赦ないわね。プルプル、ああ、恐ろしや。
「私とハーミアが、図書館から出た後、丸一日、図書館は再び結界が張られて、嘆く老人の声が響いていたらしい。
翌日、図書館員が点検したが、本は一冊も痛んでおらず、老人も現れなかった。まあ、傷んだ本の修復でもしていたのであろうな。はぁ」
父上は、ここまで語ると大きな溜め息を吐いた。そして、目を泳がせた。
「以来、私は、本を痛めたと妹に詰られ、未だに手紙の一つも、貰えなくなってしまった」
そう言えば、そうだわ。他の皆へはおばさまから年始の贈り物が届くのに、父上には、カードの1つも、送られて来ないもの。
「それもこれも、あの図書館の《自称》本の妖精のせいだ。あんなくそじじい、『本の虫』で充分だ」
だから、白じいは、父上を怖がってたのね。まあ、白じいには前回の件で懲りなかった罰として、じっくりと、本の修復でも扉の修理でも何でもしておいて貰いましょ。
「主ーっ。忘れ物じゃぞ~。ほれ、『イラスト付きどうぶつ百科事典』
「白じい、器用ね。猫なのに、頭の上にその分厚い本を乗せて、走ってきたの?」
「何、猫は仮の姿で、本来は白髪白髭のキュートな老「それ以上、言うんじゃないわよ。想像してしまったわ」」
白いぶちゃいくペルシャ猫は仮の姿で、中身は、どうやっても、あくまでも、じじいの妖精です。あしからず。




