故郷を走る
私は大型トラックの運転手だ。
宮崎から仙台まで、長距離を毎日走る。
しかし故郷を走ることはなかった。
何もない、田舎町だからだ。
出庫する時、運転席に紙が置いてあった。
これから福岡へ荷物を降ろしに行く。
その帰りの仕事が書いてある。
積地は山口県、そして──
降ろしは私の故郷だった。
故郷に帰るのはたぶん7年振りだ。
色々と景色が変わっていた。
「あっ……。川田さんの店、まだあるんや」
「わ……。斎藤さんのスーパー潰れてる」
さまざまな感慨を抱きながら、昔125ccのバイクで走った道を、大型トラックで走る。
ついつい走るスピードが低速になる。
「あの裏路地に入ったとこの書店によく通ってたな……おばちゃん元気やろか。さすがに大型トラックじゃ入られへんわ」
「昔はコンビニなんか一軒もなかったのに、今はセブンもローソンもあるんやなぁ」
「うわっ! あのガソリンスタンド、セブンになっとる! 態度悪かったからなぁ……。ざまぁ」
ところどころは昔そのままだが、ところどころは変わっていた。
「葛尾のおばちゃん、元気かな?」
家がなくなっていた。
「あの店はさすがにもうないよな?」
リニューアルして綺麗になっていた。
母は今もこの町でパートの仕事をしている。
後の仕事が詰まっている。
顔を出している暇はない。
それでも電話してみようと思った。
できるなら顔も見せておこうかと──
電話帳に母の名前が見つからなかった。
「……ま、いっか」
どうせ母はいつでも同じ話しかしない。
従兄弟の兄が意地悪だの、あたしは世が世ならお姫様だの、他人を悪者にして、自分を立てる話ばっかり……。
電話するのを諦めて、次の積地へとトラックを走らせた。
懐かしい景色の中を、今の私が走る。
懐かしいけれど、思い出すのは──
「あっ。ここ、愛犬のチビタと一緒に散歩したなぁ」
「あっ。ここ、愛猫のイチゴが迷子になってたとこだ。懐かしいなぁ」
思い出すのはどうぶつとの思い出ばかり。
人間との思い出は特にない。
思えば何もいいことのない町だった。
母がパートで勤めるお菓子工場の横を素通りした。
また会えるよと心の中で呟きながら。
もう一生会えないかもしれないと、そんな予感を抱きながら──