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第69話 厄介


(ここは、どこ)


 リシェリアが目を覚ましたのは、知らない部屋だった。

 華美な装飾をされた部屋は、オゼリエ家の一室を思わせる。それも、いまのリシェリアの部屋ではなく、ゲームの部屋だ。


 見覚えがあるけれど、知らない部屋。

 しかも動こうとすると後ろ手に縛られていて身動きが取れない。


(どうして私はここにいるのかしら。確か――)



 数刻前――。


 リシェリアは、アリナと一緒に討伐訓練に参加した生徒たちの帰還を心待ちにしていた。

 門の辺りには多くの人々が集まっている。王太子であるルーカスがいるというのもあるが、訓練に参加した生徒の両親や知り合いなどがいるのだろう。

 討伐訓練は誰も大きな怪我をすることなく無事に終わったと伝え聞いている。それでも、家族などはその無事な姿を一目見たいと思っているに違いない。


 リシェリアもそうだった。ヴィクトルのことが心配だ。ルーカスのことも。

 それにこの後、ルーカスと会う約束がある。

 自分の隠し事と、思いを伝えるために。


 そう考えると腕が震えそうになるけれど、もう逃げないと決めていた。


 討伐訓練に参加した生徒たちは、昼前には門を潜ると伝令があったらしい。

 だからもうそろそろ戻ってくるはずだと待っていると、オゼリエ家の騎士が近づいてきた。


「お嬢様。ご主人様から伝言があるのですが」

「お父様が?」


 どうしていまなんだろう思ったけれど、父からの伝言を無下にはできない。

 騎士がチラリとアリナを見る。その様子を見るに、彼女がいる前では話せないことなのかもしれない。


「私、行ってくるわね」

「うんっ。早く戻ってきてね。じゃないと晴れ舞台が見れないよ」

「そうね。わかったわ」


 アリナに声を掛けてから、騎士とともにその場を後にする。


 そして路地裏で騎士と対面した時、ふと彼の瞳が目に入り――その後の記憶が、ない。

 だけどわずかな記憶を頼りに思い出すと、背後に誰かが立っていて、リシェリアの肩に触れた気がする。

 それに、あの時の騎士の瞳、なんだか赤かったような……。



「お目覚めですか、姫」

「ッ、あなた!」


 落ち着いた声音ながらどこかうっとりとした声とともに現れたのは、桃色の髪の男。ダミアン先生だ。


「ダミアン先生? どうしてここに?」

「ええ、僕です。ダミアン・ホーリーです。憶えてくれていたなんて、光栄です」


 忘れたくても、この男のことは忘れることはできない。

 リシェリアと同じ転生者だけれど、ゲーム通りにシナリオを進めようとして、ミュリエルを洗脳したりアリナを攫ったりしたのだ。

 しかもどこかうっとりとした瞳でリシェリアのことを見てくるのに、背筋がゾワゾワとする。


「こうして、また姫に会えるなんて……! 僕はなんて運がいいのでしょう」

「どうして……」

「ああ、そういえば説明していませんでしたね。ここはゲームの姫の部屋をモチーフにした、僕の憩いの隠れ家です。さすがにオゼリエ邸の警備を突破して中に入るわけにはいかないので、ここを僕の推し活用の部屋にしようと、ゲームのスチルをもとにいろいろ揃えたんですよ」


 早口でまくし立てるようにダミアンが語ってくるが、リシェリアが聞きたいのはそういうことではない。


「そうではなくて、どうして私がここに?」

「それは僕が攫ったからですね」

「攫った!?」

「はい。誘拐しました」


 さらりと言うわりには、ダミアンの笑顔からは罪の意識を感じない。まるで当然のことをしたまでと言った様子だ。


(でも、どうして私を攫ったのかしら。狙っていたのは、アリナじゃなかったの?)


 ダミアンが姿を消したという話を聞いてから、またアリナを狙ってくるかもしれないと思っていた。ゲームをシナリオ通りに進めたがっているダミアンにとって、ヒロインを洗脳するのが手っ取り早いから。

 それなのにどうしてリシェリアが標的になっているのだろう。


 そう考えていると、ダミアンがどこか寂しそうな眼差しになる。


「どうやら、今回のルートはもうすっかりゲームのストーリーから逸脱してしまっています。元のストーリーに戻すことは、僕の力ではできそうにありません。――ですので、はやくストーリーを終わらせようと思ったのです」

「それが、私を誘拐したことに関係があるのですか?」

「もちろんです。あなたも転生者なのでしたら知っていると思いますが、もうすぐゲームのエンディングです。エンディングには何があると思いますか?」


 ゲームのエンディングはルートごとに違っている。

 【時戻り】の魔法の使い過ぎにより闇落ちしたヒロインを、好感度の高い攻略対象者が助けることがハッピーエンドだけれど、好感度が一定数に達していないとバッドエンドになる。


 だけどここは現実だ。もうゲームのストーリー通りには進んでいないから、エンディングの後に何が待っているのかはわからない。未来がどうなるのかも。


「エンディングに待ち受けているもの、それは、そう! 姫の処刑です」

「!?」


 処刑。確かにゲームのリシェリアは、多くのシナリオ――それもルーカスルートで処刑されてしまう。

 それを回避するために、リシェリアは目立たないように地味な格好をするようにしたのだ。


(……問題ないわ。だって、私はゲームの悪役令嬢とは違うもの。処刑なんてされるわけがない)


 ダミアンは黙り込んだリシェリアの姿なんて視界に入っていないようだった。

 すっかり自分の世界に入ってしまい、恍惚とした笑みで語り続けている。


「実は僕、前世で姫を推していたんです。孤高の女王のような佇まいの姫が、ヒロインに嫉妬して道を踏み外していく……。その姿が愚かにも愛おしくて、気づいたら虜になってしまっていたのです。しかも、ゲームの姫は死の間際まで美しかった」


 ゲームのスチルに明確な処刑描写はなかったけれど、キャラの死を美しいと言えるなんて、この男はどこかおかしいのだろうか。

 

「僕がこの世界に転生して、何を喜んだと思いますか? それは推しの美しい顔を拝む機会です。…それなのに、今回の姫はせっかくの自分の美しい姿を隠してしまい、ヒロインは自分の使命を全うしようとしない。――だから、僕は早くエンディングを迎えて、この世界を終わらせようと考えたのですよ」

「……意味が解らないわ」


 この男が厄介なオタクだということは解った。

 だけどこの男の考えをリシェリアは一ミリも理解できなかった。


「あなたがゲームのリシェリアが好きなことは分かったわ。推しの姿を拝みたい気持ちは、私にもわかるもの。……でも、そんなに好きなら、推しの幸せを願うのがオタクなんじゃないの? 推しの死を願うのなんて、狂っているとしか思えない」

「……あなたにわかってもらおうとは考えていません。ですが、やはりその姿はいただけないですよね」


 ダミアンが近づいてくる。避けたくても、腕を縛られている状態だと何もできない。


「黒髪を取るだけです。痛くしないので、大人しくしていてくださいね」


 手が近づいてくるので、ギュッと目をつぶる。

 頭が軽くなる気配がした。


「ネットが邪魔ですね。これも取らせていただきますね」


 銀髪を被うネットが外されたのだろう。肩にさらりとした髪の毛がかかる感触がある。


「……ああ、これです。これこそが、推しの姿です。あの、目を開けていただけませんか? 僕をその瞳で見つめてほしいんです」


 ダミアンの言葉に首を振る。いま目を開けたら駄目な気がする。


「それは残念です。せっかく間近で推しを拝むチャンスだったのに」

「私を、洗脳するつもりですよね?」

「はい、もちろんです。エンディングを迎えるためには必須ですからね」


(エンディングエンディングうるさいわ。私たちの生活は、その後も続くはずだもの……!)


 ギュッと頑なに目をつぶる。


「姫、お願いです」

「嫌です!」

「どうしましょう、力づくは趣味ではないのですが……。だって推しの身体にみだりに振れるわけにはいきませんからね」


 ダミアンがブツブツ呟いているけれど、無視だ。

 

 誘拐されてしまったからと言っても、オゼリエ家の護衛たちは優秀だ。

 きっと今頃リシェリアのことを血眼になって探しているだろう。

 見つかるのも時間の問題のはず……。


 それなら、いまはダミアンの思い通りにならないようにしよう。


(早くきて……。お父様、ヴィクトル……それに、ルーカス様)


 想いが届いたのか、どうなのかはわからない。

 突如、大きな音が響いたかと思うと、ダミアンの不貞腐れた声が聞こえてくる。


「せっかくの姫との憩いの時間を……。邪魔するのは、どなたですか?」


 助けがきたことを悟ったリシェリアはそっと目を開く。

 そこにいたのは――。


 部屋の壁を破壊して入ってきた一人の人物。

 討伐訓練の帰りだからだろう。見習い騎士の制服に身を包み、剣を携えた金糸のような金髪の王太子。


 エメラルドの瞳でリシェリアの姿を確認したルーカスは、ただ一言、口にした。


「助けに来たよ、リシェリア」


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