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第68話 出征


「行っちゃったね」


 討伐訓練のために首都を出ていく王立学園の生徒たちを見送ると、隣でアリナが感慨深そうにつぶやいた。


 今年の討伐訓練は王太子であるルーカスがいるからか、出征式は盛大に執り行われた。

 多くの人々が見守る中、騎士服を着て馬に乗って先頭を行くルーカスの姿は凛々しく、その姿を見るだけで胸が高鳴った。


「ところで、何かあったの?」

「え?」

「ルーカス様と挨拶を交わしている時、なんか様子がおかしいなーと思ってさ」


 舞踏会でのあの告白ぶりに会ったルーカスは、普段とは変わらない様子だった。


 リシェリアの瞳をじっと見て、「行ってくる」と伝えたあと、優しく労わるように指先に口づけされた。

 それを見てさらに胸が苦しくなったけれど、リシェリアは意を決すると口を開いた。


「帰ってきたあと、話したいことがあります」


 事前にヴィクトルと話していたおかげで、その言葉は案外すんなりと出てきた。


 ルーカスはエメラルドの瞳でじっと見つめてくると、リシェリアの心を決めた瞳を見て何かを察したのだろう、静かに頷いた。


「必ず帰ってくる」


 討伐訓練は安全に配慮されているのに、ルーカスの眼差しはまるで戦場に赴く騎士のようでもあった。


「お待ちしています」


 対するリシェリアもそんな感じでお見送りをしてしまったので、似たものだけれど。


 そんなことを思い出しながらも、リシェリアはアリナと一緒にオゼリエ家の馬車に乗る。

 対面に座り、馬車が動き出してから口を開いた。


「実は、舞踏会の時にルーカス様から告白されたの」


 それを伝えた瞬間、アリナがカッと目を見開くと、キャーと悲鳴を上げた。

 リシェリアはその口を慌てて抑える。外にいた護衛が「どうなさいましたか」と聞いてきたので、「何でもないわ」と答える。

 護衛はノックをしてから馬車の中を確認すると、アリナの口を押さえているリシェリアを見て首を傾げたものの、異常がないと知ると「失礼しました」と言って扉を閉めた。


 アリナの口から手を離して、ほっと息を吐く。オゼリエ家の護衛は、リシェリアが魔塔で失踪するという事件があってからより神経質になっているのだ。まあ主に父が原因だけれど。


 悲鳴を引っ込めたアリナはなぜか顔をニヤつかせている。これ以上ないくらいに。


「それで、リシェリアはどう答えたの?」


 うっと声を詰まらせる。


「もしかして、答えてないの?」

「……うん」

「どうして? だってリシェリアって、ルーカス様のことが好きでしょ?」

「どうして知ってるの!?」


 そう声を上げると、またすかさず護衛が扉をノックしてから中の確認をした。

 護衛はすぐに扉を閉めたけれど、これだと落ち着いて話してもいられない。


「そんなの見てたらわかるよー」


 アリナはニヤニヤというよりも、見守るような眼差しをしている。例えるなら、そう、画面の向こうの推しの活躍を見守るファンのような。


「ふふ。まあ、でもよかった。リシェリアもやっと、ルーカス様の気持ちがわかったんだね」


 ルーカスの気持ちに気づいたのは舞踏会の夜のことだけれど、それでももっと前から彼は意思表示してくれていたのだ。

 それがキス。


 初めてのキスは、図書室だった。あの時はどうしてキスをされたのかわからなかったけれど、普通に考えればわかることだった。

 ルーカスは好きでもない相手にキスをするような性格はしていない。


 それをわかっていながらも、リシェリアはその気持ちを知らない振りした。

 悪役令嬢に転生して、そのままシナリオ通りに進んで行ったら、リシェリアは処刑されるかもしれないのだ。

 だからルーカスが自分のことをどう想っているのか。その部分に蓋をしてしまった。


「そっかそっかー。あとはもうリシェリアが気持ちを受け入れれば、最高のエンディングだよね」

「……でも、私は嘘を吐いているの」

「嘘って……。もしかして、その髪のこと?」


 再び頷く。


「だからこの髪のことを、話そうと思っているの」


 どうして銀髪を隠して地味な格好をしているのか。

 それを話してルーカスの気持ちが変わるかもしれない。だからそう簡単に彼の気持ちを受け入れられなかったと伝えると、アリナは気難しそうな顔になった。


「髪ぐらいじゃ、ルーカス様の気持ちも変わらないと思うけど。でも、髪のことを話すとなると……」

「ええ。前世のことも話そうと思っているわ。――というより、実はもうヴィクトルには話していて」

「え、ヴィクトル様に前世の話をしたの!?」


 今度はアリナが大声を出した。

 再び護衛が馬車の中を確認したが、ホッとしたように扉を閉じる。

 リシェリアとアリナは口を引き結び、お互いに顔を見合わせる。


「ここからは小声で話すわね」


 ヴィクトルに前世やここがゲームの世界であることを話したことを掻い摘んで伝えると、アリナは気難し気な顔になった。


「アリナが転生者だってことも伝えてしまったわ」


 勝手に話してごめんね、と伝えるとアリナは首を振る。


「別にいいよー。でも、そっか……。魔塔で地下に囚われた時に、ヴィクトル様と話したでしょ? その時に、ヒロインとかなんとか言っちゃってたから、勘づかれていたのかも」


 思えばリシェリアも幼いころにヴィクトルに処刑されるかもしれない未来のことを話してしまっているし、その時点で怪しまれていた節はある。


「ともかく、後はルーカス様に伝えるだけだよね。私、応援してるからね!」


 アリナが拳を握るので、それに倣いリシェリアも手を握りしめる。


「ありがとう」

「頑張ってね。二人が正真正銘の恋人になったら、私も美味しいし」


 やはりどこか見守るような、温かい眼差しをしている気がする。



    ◇



 ルーカスとヴィクトルをはじめとした剣術の授業を受けている生徒たちが、討伐訓練に向かってから一週間が経過した。


 あれから毎日のようにルーカスに隠し事を話すシミュレーションをしていたリシェリアは、とうとうこの日が来たのかと意気込んで、首都から外に続く門の近くまで来ていた。アリナも一緒だ。


 婚約者であるルーカスと弟であるヴィクトルのお迎えということもあり、オゼリエ公爵は出征式同様に騎士の護衛付きでの外出を認めてくれている。おそらく、学園が冬休みに入っている間ほとんど外出できていない、リシェリアを思ってのことだろう。


 オゼリエ家は公爵家ということもあり、騎士も精鋭揃いだ。陰から見守る護衛も多数いる。

 数人の騎士を残してほとんどの護衛はリシェリアの視界に入らないところに隠れているけれど、いざとなればすぐに護る体勢に入るだろう。祭りの時の二の舞にはならないように。


 だけど、それはあくまで外側からの敵の接近にしか効力を発揮しなかった。


 内側の敵――いや、裏切るように仕向けられた者がいたとすれば、少女ひとりを騙してかどわかすことぐらい、容易いことだった。


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