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第67話 勇気


『君にはがっかりだよ。まさかその髪が偽物だったなんて。おれとの婚約を、破棄してほしい』


 ルーカスは淡々と婚約破棄を告げた。そのエメラルドの瞳はゲームで見た時よりも冷たくて、リシェリアの全身も冷えていく。

 胸をギュッと掴まれるような息苦しさを覚えたが、ルーカスの顔色は変わらない。


 その瞳を向けられることは、処刑されて死ぬかもしれない未来よりも、辛いことだった。



    ◇



 ――はっと目を覚ますと、冬なのに汗を掻いていたようで全身びっしょりだった。

 頬を触ると涙で濡れている。

 まだ目覚めたばかりでボーとしている頭が働き始めるとともに、先ほど生々しく感じていた光景が夢なのだと気づいた。


(夢でよかった)


 昨日の舞踏会で、ルーカスから告白された。

 それに心踊るでもなく、自分がずっと彼に対して偽っていることに怖気づいて、その不安からあんな夢を見てしまったのだろう。


 ルーカスの前で黒髪のウィッグを取ったことは一度だけあるものの、あれは不慮の事故のようだった。ちょうど演劇のタイミングたというのもあり、きっとルーカスはあの銀髪を作りものだと思っているはずだ。


 ルーカスの気持ちを受け入れる前に、きっとこの髪のわけを話さなければいけない。

 それはわかっているが、夢のこともあり、さらに不安になるのだった。




 昼になってやっと部屋から出ると、ちょうど通りがかった様子のヴィクトルが、リシェリアの顔を見てギョッとしたように足を止めた。


「部屋から出てこないと思ったら、なに、その顔」


 ヴィクトルに言われて、リシェリアは自分の顔を触って確認する。

 よくわからないけれど、夢のことを考えて朝食も抜いてしまった。

 たぶん、酷い顔をしているのだろう。


「……もしかして昨日、殿下と何かあったの?」


 ヴィクトルの言葉にハッと顔を上げる。

 それを見たヴィクトルがため息を吐いた。


「やっぱりね。舞踏会の後から様子おかしかったからね。だから少し様子を見よと部屋の前で待っていて……」

「心配してくれたの?」

「ち、違うからっ。明日から討伐訓練がはじまるのに、身内がいまにも死にそうな顔をしていたら、誰だって心配するだろ」


(死にそうな顔……。そんなに酷かったんだ)


 実は昨日舞踏会が終わった後から――いや、ルーカスの告白を受けたあとからの記憶が曖昧だった。

 それほどまでに衝撃的な出来事で、それほどまでに気に病んでいたのだろう。


「で、何があったの。そんな顔するなんて、もしかして殿下に酷いことでも言われたの?」

「それは違うわ」


 ヴィクトルは何も本気で言ったわけではないのだろう。「そうだよね」と呟いてから、リシェリアの言葉を待ってくれている。


 その絶妙の間が心地よくて、リシェリアは深呼吸をすると口を開いた。


「昨日、ルーカス様に告白されたの」

「っ、へえ、殿下もついに直接伝えたんだね。……でも、なんでそんなに思い詰めた顔をしているのさ」

「それは……」


 きっと、いまがチャンスだ。

 いまを逃せば、明日からヴィクトルもルーカスも首都を発ってしまい、話すタイミングを失くしてしまう。だったら、いま話そう。


「私が、ルーカス様に嘘を吐いているから」

「嘘?」

「この髪のこと、ヴィクトルは知ってるわよね」


 今日は出かける予定がないのでまだ黒髪のウィッグをつけていない。

 それを見て、ヴィクトルは納得いった様子で頷く。


「殿下は知らないんだったね」

「そうよ」

「でも、それなら、それを素直に話せばいいんじゃないの?」


 もっともな反応だった。


【婚約破棄される前に、円満に婚約を解消してもらうためよ。そうしないとオゼリエ家は失くなってしまうから】


 幼いころ、ヴィクトルに銀髪を隠している理由を聞かれてそう答えたことがある。

 だけど、ヴィクトルは本当の理由を知らない。ここがゲームの世界で、シナリオ通りに進んでリシェリアが婚約破棄されると、彼も処刑されたり追放されたり散々目に合う。それを防ぐためだだということまで話していないのだから。


「もしかして、まだリシェは婚約破棄されるかもと恐れているの?」

「……そうよ」

「昔、婚約破棄されるとオゼリエ家がなくなるって言っていたけどさ、それってどういう意味」

「それは……」


 いざ口にしようとすると迷ってしまう。

 だけどもうこれ以上、隠しておくことはできなかった。


 再び深呼吸をすると、リシェリアは口を開いた。


「ここがゲームの世界だから」

「ゲーム?」

「ええ。ここは、私が前世(・・)に遊んでいたゲームの世界なのよ」




 リシェリアはこことは違う世界に産まれて生きていた記憶がある。

 その世界では、ゲームなどの創作物が多くあり、それに合わせた物語も複数存在した。


 そのひとつ――『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』というゲームのシナリオに登場するのがリシェリア・オゼリエだった。

 ゲームのリシェリアは、ヒロインを虐めたり陰惨な事件を起こしたりして苦しめる悪役令嬢だった。そのためエンディングの前に処刑されたり追放されるなどお決まりのパターンを辿るのが、悪役令嬢であるリシェリアの役割。

 だから悪役令嬢になる未来を回避するために、目立たないようにリシェリアは姿を隠すことにしたのだ。

 

 ――それらのことを話し終えてから顔を上げると、ヴィクトルは険しい顔をして眉を顰めていた。


「……ねえ、リシェ。こんなこと聞くのもなんだけど……もしかして、アリナさんも転生者なの?」


 長く思える沈黙の後、やっと口を開くとそのようなことを言った。


 肯定すると、ヴィクトルは「はぁー」と長いため息を吐いた。


「そっか。前にアリナさんが魔塔の地下でヒロインに相応しくないと言っていたのはこういうことだったんだ」

「おかしいとは思わないの?」

「うーん。確かに転生とか、前世の話とか聞かされてもいまいちピンとこないけどさ、でもリシェが嘘を吐く道理はないからね。――それに、なぜか納得できるんだよね。そういう理由でもなければ、こんな綺麗な髪を隠す必要はないからさ」


 ヴィクトルはリシェリアの銀髪を見て言った。


「で、リシェは、死ぬのが嫌で殿下と婚約を解消しようとしたんだね」

「ええ。このまま悪役令嬢として断罪されてしまったら、お父様にもヴィクトルにも迷惑をかけてしまうもの」

「いや、それは迷惑なんかじゃなんだけど。……でも、だから殿下からも逃げてたんだね」


 ルーカスといっしょにいたら断罪される可能性が高まると思っていた。

 現実にはそうではなく、もうゲームのシナリオはとっくに関係なくなっている。

 だから、もう姿を偽る必要もない。

 だけど、どうしてもルーカスにこのことを説明することが怖かったのだ。


 五歳の頃――婚約したころから、ずっとリシェリアはルーカスを騙している。

 いくらルーカスがリシェリアに好意をよせていたとしても、このことを話したら嫌われるかもしれない。

 そんな思いがずっと燻っているのだ。


「そんなことないと思うけどね」

「どうして、そう思うの?」

「これは本人から聞いたほうがいいから僕から伝えるのはやめておくけどさ、殿下はちゃんとリシェのことを受け入れてくれると思うよ」

「……そうかしら」

「絶対そうだよ。だから、勇気を出して」


 ヴィクトルの金色に輝く純粋な瞳は、確かな意思を持って向けている。

 その瞳を見ていると、なぜか彼の言っていることが嘘だとは思えなくて……。

 胸の内に湧き上がる想いがあった。


「明日から討伐訓練が始まるから、その間じっくり考えてもいいと思うよ」

「……そうするわ」


 嫌われるのを恐れていても、前に進めない。

 ルーカスの想いをちゃんと受け取るためにも、やはりこのことはちゃんと話さなければいけないのだろう。


「討伐訓練が終わったら、話そうと思うわ」

「それがいいよ」


 ヴィクトルのお墨付きもあり、気力を取り戻したリシェリアはやっと心に決めるのだった。


「ところで、ゲームのシナリオには僕も登場したよね。僕って、どんな役割だったの?」

「あ、それは……」


 その後、リシェリアはヴィクトルの要求とおり『時戻りの少女』のシナリオについて語った。ゲームのヴィクトルの境遇を話すのは緊張したけれど、彼は思いのほかすんなり受け入れてくれた。


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