第63話 黄色のドレス
「え、ダミアン先生がいなくなったの?」
ヴィクトルからその話を聞かされたのは、帰りの馬車の中だった。
どうやらヴィクトルは、ケツァールと連絡を交わし合う仲になっているらしい。
「うん。朝――ケツァール先輩から呼び出しを受けてね。それで聞いたんだ」
王室が魔塔の調査に入る前に、それを察したのかダミアンは魔塔から姿を消したらしい。ケツァールも独自に探しているが、まだ見つかっていないそうだ。
「そう、なのね。それで、ミランダさんは?」
ダミアンのことだ。ミランダも一緒に連れて行って、また何か企んでいるかもしれない。
そう思ったのだけれど、ヴィクトルは落ち着いた顔で首を振った。
「リシェが考えているようなことはないよ。ミランダさんは無事。というより、重要参考人として王室に保護されているんだってさ」
魔塔の地下を告発したのがミランダだった。ケツァールも手伝ったそうだが、彼は目立つのを嫌って名乗り出ていないらしい。
ケツァール自身も学園に入学する前に魔塔から逃げ出していることから、今回の魔塔の騒動とは関係ないところにいる。ケツァール自身、魔塔には嫌な記憶しかないから関わりたくないと思っているのだろう。
「とりあえず気をつけてだって。もしかしたらまたアリナさんを狙うかもしれないからさ」
「アリナにも伝えておくわね」
「うん、そうして。僕は、まだ避けられているみたいだから」
アリナは相変わらずヴィクトルのことを避けているみたいだった。
前にアリナと一緒に話していたところにヴィクトルがやってくると、変な声を上げて去って行ってしまった。そして遠くの物陰から、じっとこちらを見ているのだ。
その姿を見てさすがにリシェリアも何かおかしいと思ったけれど、普段と変わらないアリナに戻ってホッとしてもいた。
「それで、リシェに聞きたことがあるんだけど」
ヴィクトルが深刻そうな顔で座席から身を乗り出す。
「あの日からずっと気になっていたんだ。ダミアン先生が言っていた言葉なんだけど――。シナリオとか前世って、なんなの?」
喉の奥が鳴る。
あの日、ヴィクトルがいる前でダミアン先生と話していたから、きっといつか質問されるだろうとは思っていた。
だけど、まだ心構えはできていない。
ゲームのリシェリアは、ヴィクトルに酷いことをしていた。そんなことまで話す勇気はない。
いまのヴィクトルはリシェリアのことを家族だと思てくれていて、父からも受け入れられている。この幸せを、壊したくはないと思った。
じっとした視線から逃れるように、ギュッと握りしめた自分の掌を見つめる。
「……いまは、まだ話せないわ」
どうにか振り絞った言葉だったけれど、帰ってきたのは「そっか」という軽い声だった。
「別に話したくないなら話さなくてもいいよ。ただ、気になっただけだからさ」
「……ごめんね、ヴィクトル」
「え、なんで謝るの?」
「……なんとなく」
困惑した様子のヴィクトルを見て、リシェリアは安堵する。
いまはまだ勇気がない。けれど、いつかは話したほうがいいだろう。
◇◆◇
タウンハウスに戻ると、邸の門の前に大きな馬車が止まっていることに気づいた。
豪華に飾り立てられている馬車で、なじみのある紋章が付いている。
「あ、あれって、王室の馬車よね?」
「……そうだね」
隣のヴィクトルの様子を見ると、彼は驚きながらも呆れた声を出す。
王室の馬車から、綺麗に包装された荷物が運び出されていく。
荷物を運び終えると馬車はそのまま行ってしまったので、ルーカスが訪問したというわけではなさそうだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様、お坊ちゃま」
邸に入ると、家令が近づいてきた。
「お嬢様、王太子殿下からプレゼントが届いています」
(プレゼント? こんな時期に?)
不思議に思いながらも家令のあとについて、別の部屋に移る。
そこにあったのは、一着のドレスと一通の手紙だった。
『リシェリア。直接そちらに赴きたかったのだが、予定が入ってしまったので手紙で失礼するよ。冬の舞踏会用のドレスを用意した。当日は、それを着ている君をエスコートさせてほしい』
手紙はルーカスからで、要約するとそのようなことが書いてあった。
手紙を畳んで封筒に戻してから、改めてドレスを見る。まじまじと見る。
一目見て気づいたけれど、このドレスって……。
「さすが、殿下だね」
ヴィクトルがやれやれと言った声を出す。
ルーカスから贈られてきたドレスは、誰がどう見てもわかるほど、彼の色をしていた。
金糸のようなやわらかい黄色のドレス。ふんわりと滑らかに広がるそのドレスは、どこかルーカスの髪色を連想させる。
黄色いドレス自体珍しいものではない。だからリシェリアが着てもおかしくないのだけれど……。
「どうして、私にこのドレスを?」
建前とはいえ婚約者だからだろうか。でも、地味な格好をしている自分に、似合うとは思えない。
「……そろそろ気づいてあげてよ」
困惑していると、隣でヴィクトルがため息を吐いた。