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第62話 顛末

お待たせしました。

第6章開始です。



 馬車から降りたリシェリアは、そろそろとした足取りで校門に向かった。

 その姿を見ていたヴィクトルに、「不審者みたいだよ」と言われるが、リシェリアにはそうする理由があった。


 なぜなら――。


「おはよう、リシェリア」



 校門に入ってすぐ、まるで待ち構えていたかのようにルーカスに話しかけられたからだ。

 ルーカスは今日も表情の薄い顔で近づいてくると、リシェリアの手を取って口づけをしてくる。

 そう、口づけ。芸術祭以降、ほとんど行われてこなかった挨拶。


(わ、わ、わ、わ)


 さらりとルーカスの金糸のような髪がリシェリアの腕をくすぐる。

 涼やかな香りがした瞬間、あの日のことを思いだす。

 魔塔で地下から脱出した後、ルーカスに抱きしめられたときのことを。あの時は気が動転してしまい気を失ってしまったけれど、その時に漂ってきたのがこんな香りだった。ルーカスの香りだ。


 なんとか表情を取り繕おうとするが、顔が熱くなるのは止められない。

 キスをされた手を引っ込めると、なぜかルーカスが寂しそうな顔になる。


「おはようございます、ルーカス様。それでは、私はヴィクトルと教室に向かうので!」


 リシェリアを置いて先に校舎に向かおうとしていたヴィクトルの腕を掴む。不満そうな目で見られたけれど、ルーカスといると心臓が持たないのだ。

 そのまま一緒に校舎に向かおうとしたが、背後からルーカスに腕を掴まれてしまった。


「……おれに、教室までエスコートさせてくれない?」

「!?」

「じゃあ、僕は先に行くから。クラス違うし、用事もあるし」

「ヴィクトル!?」


 この薄情者、と去っていく背中をにらみつけるが、状況は変わらない。

 同じクラスで、それ以前に婚約者であるルーカスのエスコートを、断ることができるだろうか。


(……ど、どうしてなのかしら)


 最近のルーカスは、前にも増しておかしい。芸術祭のあとはなぜか距離を取っていたかと思うと、最近は距離を詰めてこようとしている。

 そんなルーカスに、最近のリシェリアは翻弄されていた。


(う、うう)


 行こうかと、ルーカスのエスコートで教室まで向かう。婚約者同士だからか、周囲の人も当然のようにこの光景を受け入れているけれど、当のリシェリアはなぜか居たたまれないのだった。



 ルーカスと一緒に教室に入ると、好奇の視線が突き刺さってくる。それもすぐに解放された。

 それはきっと、最近学校や社交界を賑わせているとある噂の影響だろう。ほとんどの人はその噂話をするのに夢中になっているに違いない。

 その内容は聞かなくても、リシェリアは知っていた。


 魔塔ツアーから、もう半月が経過している。

 その間に、魔塔の評判ががらりと変わる出来事があった。

 魔塔の闇が暴かれたのだ。しかもそれを先導したのが、ルーカスだというから驚きだ。


 どうやらルーカスが魔塔ツアーに参加したのは、王室に届いた一通の告発文がきっかけだったらしい。送り主の名前がなく、ほとんどの人はその告発をいたずらか何かだと認識していた。

 それでも調査をしないわけにはいかないので、ルーカスが魔塔に行くことになったのだ。

 そんな中、アリナが失踪して、続いてリシェリアとヴィクトルが姿を消した。


 特に王太子の婚約者であるリシェリアが失踪したのは重要視されて、アリナやヴィクトルの証言をもとに魔塔の地下に調査が入ることになったのだ。

 もちろん魔塔は抵抗したが、王室の前には虚しくも破れてしまった。


 かくして、魔塔の地下は明るみに出ることになり、魔塔は一度解体されることになったらしい。

 魔塔には何も知らない魔術師や子供たちもいたから、いつか再構成されることになるだろうが、それもまだ先のことだろう。


 リシェリアを席までエスコートすると、ルーカスは名残惜しそうに自分の席に向かった。

 それを見ていたハンナが近づいてくる。


「おはようございます、リシェリア様。お二人は仲がよろしいのですね。最近は特にそう思います」


 ハンナは芸術祭の時に侍女役をやっていた生徒だ。あれから彼女とは会話の回数が増えたのだけれど、最近は特にルーカスの話題が多い。

 芸術祭の後は鳴りを潜めていた挨拶も復活して、最近は事あるごとに近寄ってくる。逃げようとしても、先回りされている感がある。


(……どうして)


 理由は思い当たらないけれど、ルーカスがおかしくなったのは、あの日抱きしめられた時だった。武術大会の時に抱き留められた時とは全然違う。至近距離に清涼感のある香りとともに彼の吐息が耳にあたり、心臓があり得ないほど早くなり、耐え切れずに気絶してしまった。


(……もうすぐ、あれがあるのに)


 もうすでに十二月に入っている。十二月の下旬には、ゲームの一大イベントである、冬の舞踏会がある。ここで踊る相手によって、誰のルートでエンディングに向かうのかがほぼ決まるのだ。


 ウルミール王国の周辺には魔物の住む森がある。剣術の授業を受けている王立学園の生徒の中から希望したものが、討伐訓練のためにその森に一週間ほどこもることになる。

 その無事の帰還を祝うための舞踏会だ。

 全校生徒が参加することになっていて、婚約者のいる生徒は婚約者とともに参加するのがしきたりだ。


(……ルーカスの婚約者は私だから、きっと一緒に参加するのよね)


 ゲームのことを考えると不安だけれど、もうすでにゲームのストーリーは逸脱してしまっている。魔塔の魔術師が捕まったということは、きっとダミアンの洗脳の脅威からも解放されたはずだ。

 だから大丈夫なはずだけれど……。


(いまのルーカスは心臓に悪いわ)


 そんなことを考えていると授業が始まった。

 ダミアンのことを思いだして、そっと教室を確認すると、空白のままのミュリエルの席が視界に入った。


 魔塔ツアーの後、ミュリエルは倒れた。そして目を覚ましたのだけれど、ここ数カ月の記憶がほとんど抜けてしまっていたらしい。それで大事を取って学園を長期間休んでいる。きっと洗脳から解放された後遺症だろう。


 ミュリエルには思うところはあるけれど、記憶がなくなった彼女を責めることはできない。そもそも洗脳のせいもある。

 それに、多分記憶がないということは、リシェリアが銀髪を隠していることも覚えていないはずで……。それにはホッとしていた。


6章で完結しますのでよろしくお願いします。

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