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第61話 抱擁


「おや、思ったよりも早く目が覚めたようですね」


 感心するようなダミアンの声に顔を上げると、鉄格子越しにアリナと視線が合った。


「……リシェリアもいたんだ。……夢じゃ、なかったんだ」


 さっきまでとは違って、表情に生気が戻っている。


「アリナ、元に戻ったのね! よかったわ」

「うん。私は、私のままでいようかなって思って」


 洗脳が解けたからか、久しぶりにアリナの笑顔を見た気がした。

 アリナはヴィクトルを見ようとして、でもやっぱり目を逸らし、見ようとして逸らしを繰り返している。

 いつもの元気な姿を見て安心していると、ヴィクトルがアリナに鍵を取るように言った。


 アリナはそそくさと鍵を取り、ヴィクトルが鉄格子の錠前の鍵を開けた。

 それにより、アリナは解放されたのだけれど、この部屋には厄介な人物がひとりいる。


「残念ですね。せっかく、洗脳した人を試すための鍵なのに……。これじゃあ、意味がない。面白い部屋だと思ったんだけどなぁ」


 よくわからないけれど、洗脳されているかどうかを確かめるために錠の鍵を牢屋の中に保管していたのだろうか。洗脳していたら、鍵を持ってきてもらえるから。……なんかぞっとする。


 ダミアンはどうしたものかと悩んでいるようだ。

 その隙に、リシェリアはヴィクトルのもとに合流した。牢屋から脱出したアリナもいる。


 ヴィクトルの手には、ミランダから渡された移動のためのアイテムがある。

 これさえ使うことができれば、ひとまずは助かるはずだ。魔塔の一階にはまだルーカスや先生もいるはずだから。


(……そういえば、ルーカス様に何も言わずに来てしまったけど)


 突然の移動だったとはいえ、リシェリアたちはいきなり姿を消してしまった。

 さすがに先生たちも慌てているだろう。それに、きっとルーカスだって――。


(でも最近のルーカス様は、私に興味がなさそうだったわ)


 チラチラと視線を感じるものの、前ほど近づいてこようとしない。

 そんな彼のことを思いだしていると、ヴィクトルに手を掴まれた。


「リシェリア、しっかり。……もしかしてダミアン先生の目、見てないよね?」

「もちろんよ」


 黙ってしまったから心配させてしまったみたいだ。

 ダミアンはまだリシェリアを見ている。ヴィクトルやアリナもいるのに、なぜかリシェリアだけを。

 その目は少し熱っぽく、なんか身の危険を感じる。


 赤い瞳と目が合いそうになり、すぐに逸らす。

 あの瞳と目が合ってしまえばすぐ洗脳させられるだろう。前にアリナが、リシェリアは洗脳されやすいと言っていたから。


「……せっかく、こんなに近くに居るというのに……。推しに近づけないのは、寂しいですね」


 推し。その言葉に思い出す。

 ダミアン・ホーリー。『時戻りの少女』の隠れ攻略対象にして、おそらくリシェリアやアリナと同じ転生者だ。


 それも、シナリオ通りと口うるさく言っていたことから、きっと彼は原作に強い執着を持っている。

 リシェリアやアリナがキャラやシナリオを無視した行動をしていたから、それに怒っているのかもしれない。


 ダミアンが転生者だとわかれば、ミュリエルのあの行動にも納得がいく。

 芸術祭でのウィッグを奪ってきたときや、「悪役令嬢」と口にしたことまで。

 あれらは、ダミアンの仕業だったのだろう。


「今日はここまでのようですね。僕も力を使いすぎてしまいましたし、姉さんから魔法のアイテムまで貰っているようですから。……名残惜しいですが、またお会いしましょう」

「っ、待って!」

「姫にそう言われたら、待たずにいられない……って、駄目だ」


 背を向けたダミアンが、リシェリアの呼びかけになぜか葛藤している。

 その背中に、リシェリアは再び声をかける。


「ミランダさんを、解放してあげてください」

「姉さんは、姫とは関係ありませんよ? それに姫の要求はもう叶っているではありませんか。アリナさんは無事なわけですし」

「でも。……ミランダさんは」


 ダミアンとミランダは双子のはずだ。それなのにダミアンはミランダに対して、やはり冷たいというか、情を持っていないように見える。


(どうしてなんだろう)


「家族ですよね。それなのにどうしてミランダさんに対して、そんなに冷たいんですか?」

「家族?」


 振り返ったダミアンの顔に、表情は浮かんでいなかった。

 冷たいような、心底意味が解っていないような。


「姉さんは確かに家族ですが、あくまでゲームの登場人物にすぎません。僕はただ、ゲームのシナリオを堪能したいだけですから」

「……おかしい」

「僕からしたら、姫たちの方がおかしいですよ。せっかく転生したんだから、楽しまなきゃ損ではありませんか」

「…………」


 ダミアンの言葉に呆然としていると、赤い瞳を細めた彼はすぐにまた前を見ると歩いて行ってしまった。


「……リシェリアはおかしくないよ。おかしいのは、ダミアン先生だから」


 アリナの言葉に、リシェリアは辛うじて頷いた。




 移動のアイテムのおかげで、リシェリアたちはすぐに、魔塔の一階に戻ることができた。

 戻ってきたリシェリアたちを見て、すぐ生徒たちが気づいた。それにより案内を担当していた魔術師や、先生たちも集まってきて、ちょっとした騒ぎになった。


 アリナの姿を見て、先生が安堵している。

 魔術師も首を傾げながらも、リシェリアたちが無事に戻ってきて胸を撫でおろしているようだ。こうして会うと、案内人の魔術師は、ダミアンと別人だった。


 そして問題は――。


「リシェリア!」


 血相を変えたルーカスが勢いよく近づいてきたかと思うと、


「よかった。無事で。姿が見えなくなって、おれは……」


 抱き着いてきたことだった。


「!?!?!?!?」


「いきなりいなくなるから、驚いた。それに離れていて気づいたんだ。おれは、やっぱり自分の気持ちが諦められない。たとえ、リシェリアがおれのことをなんとも思っていないとしても、おれはずっとリシェリアのことが――」


 突然の抱擁。

 久しぶりに至近距離で見るルーカス。しかも抱きしめられるのは初めてのことだ。

 目を白黒させたリシェリアは、もうなんというか正気ではいられなかった。


 ルーカスの言葉を最後まで聞くことができずに、リシェリアは気を失ってしまったのだ。



    ◆◇◆



 ルーカスが魔塔ツアーに参加することになったのは、学園に届いたとある手紙が影響していた。

 魔塔を告発する内容だったが、いくら調査しても情報は得られず、きっと悪戯だろうと思われたが、それでも一度調べるために魔塔に潜入することにしたのだ。


 そうしたら途中で、リシェリアといつも一緒にいるアリナがいなくなり、そしてリシェリアの姿まで消えた。


 芸術祭が終わってからリシェリアとは距離を置くことにしたのに、彼女の姿をつい目で追ってしまっていることにルーカス自身も気づいていた。

 芸術祭以降、特に彼女の様子が気になってしまう。いますぐ近づいて、挨拶の一つや二つしたくなる衝動をどうにか堪えて過ごしていたのに、そんなリシェリアの姿が消えてしまった。


 その瞬間、襲ってきたのはどうしようもない喪失感だった。

 そして、焼き切れるような痛み。実際の痛みではない。身の内側から焦がすような……そう、これはまるで……。


 すぐにリシェリアを探すために、魔塔を壊そうかと考えたり、王国の騎士団を動かす手配をしていたとき、今度もまた突然リシェリアが戻ってきた。傍にはアリナやヴィクトルの姿もあったが、ルーカスの視界には入らない。


「リシェリア!」


 名前を呼ぶ。もう随分と長いこと、呼んでいなかった気がする。

 胸を焦がすような衝動とともに、ルーカスは気づいてしまった。


 たとえ、彼女が自分のことをなんとも思っていなかったとしても――。

 もうこれからは、この手の温もりを手放せそうにないということに。





 この後、王太子の婚約者であり公爵令嬢であるリシェリアが失踪した事件や、アリナやヴィクトルの証言をもとに魔塔に調査が入り、魔塔の地下の闇が暴かれることになったが、それはもう少し後の話だ。



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