第58話 闇
ミランダ・ホーリーと名乗った女性は、自分はダミアンの双子の姉だと自己紹介した。
彼女の名前を聞いた時、リシェリアは騙されたのではないだろうかとそう疑ったのだけれど、ミランダは美人なのに影のある微笑みで否定した。
「あたしは確かにダミアンに洗脳されていたわ。でも、それももう解かれているの。これもすべて、あの子のおかげよね」
暗い赤の瞳を細めて、懐かしむようにミランダは語り始めた。
ミランダとダミアンは双子として、とある伯爵家に産まれた。
ある時から自分に魔法の才があると気づいたミランダは、ダミアンをその魔法を使って騙そうとした。力があると知ったら、自分の力がどういうものか知りたくなるものだから。
だけど、ミランダは逆にダミアンに「洗脳」されてしまうことになる。
それからの日々は地獄、だったのだと思う。
洗脳されている間は、自分の意識がないことが多い。
知らないうちに悪事に手を染めていたり、わけもわからないまま魔塔の闇の手伝いをしていたり。
そんな日々を、助けてくれたのがケツァールだった。
ケツァールは魔塔で産まれて、魔塔に育てられた。生粋の魔術師として。
そんなケツァールに、ダミアンはたびたび接触していた。だけど当のケツァールはダミアンを胡散臭く思っていて、なおかつ嫌悪していた。
その嫌悪の瞳は、ダミアンの傍で粛々と働いているミランダにも向いた。
最初こそ、ミランダのことも嫌っていたケツァールだったけれど、次第にミランダの置かれている状況に気づき、時間をかけて「洗脳」をといてくれた。長時間洗脳されている場合だと、すぐには洗脳が解けないからだ。
「あたしが洗脳から解放されたのを、ダミアンはまだ知らないわ」
話を聞いているうちに、ミランダに対する疑いはどんどん薄まっていた。少なくともその赤い瞳が嘘をついているとは思えない。
なんて言葉を返せばいいの迷っていると、ずっと黙って話を聞いていたヴィクトルが口を開いた。
「さっきから聞いていたけど、ダミアン先生って何者なの?」
そういえばヴィクトルはダミアン先生のことを知らないのだ。
リシェリアはそんなヴィクトルに、ダミアンはこの魔塔に所属する魔術師であり、人を自分の思い通りに操ることのできる「洗脳」の魔法を使えることを教えた。おそらくアリナも操られているだろうことも。
秀才なだけあって頭の回転の速いヴィクトルは、すぐに納得したのか表情を険しくさせる。
「そうだったんだ。だから最近のアリナさん、様子がおかしかったんだね」
でも、とヴィクトルは疑いの瞳をミランダに向ける。
「その人は、本当に信じられるの? だって、操られていたんでしょ」
「……私も最初はそう思ったんだけど……」
ミランダの話に嘘はないと思う。少なくともリシェリアはそう思った。
リシェリアの様子を見て、ヴィクトルが険しい表情を緩和させて、ため息を吐く。
「リシェがそう決めたのなら、僕は従うよ。それで、これからどうするの?」
ヴィクトルの瞳を受けて、ミランダが口を開いた。
「アリナちゃんの居場所はもうわかっているわ。だからまず、あたしがダミアンをおびき出して、その間にあなたたちにアリナちゃんを救出してもらおうと思っているの」
ミランダが取り出したのは、どうやら地下の地図のようだった。
「何かに使えると思って、ずっと書き溜めていたの。もちろん、ダミアンに気づかれずによ。――アリナちゃんがいるのは、ここだと思うわ。ダミアンの裏の研究室があるのと、最近になってダミアンがよく出入りしている部屋だもの」
「……魔塔の地下に、こんな空間があるんだね」
地下の研究施設のことをヴィクトルは――いや、ほとんどの人は知らない。
リシェリアはゲームの知識として持っていたけれど、それでも実際にどうなってるかは目にするまでわからなかった。
(……ここで、子供たちを実験体に魔法の研究をしているのよね)
魔塔は主に魔法を使える者たちが、魔法を学ぶためにある。
だけど魔塔は魔力を持たない、幼い子供たちにもその門出を開いていた。
その理由が――。
「ここで、魔法の――いいえ、人工的に魔法を使えるようにする研究をしているのね」
リシェリアの呟きに、ミランダが「よく知っているわね」と驚いた顔をする。
この国に住むほとんどの知らないことで、魔塔に所属する魔術師も関わりのある一部しか知らないこと。
地下では、魔法の使えない子供たちに人工的に魔法を使えるようにする研究をしているのだ。
産まれてから当然のように魔法を使える人とは違い、魔法を使えない人にとっては喉から手が出るほどほしい力。
そんな魔法の力を得るために、魔塔の地下では研究が続けられている。
魔塔に入れば魔法が使えるようになる。そんな噂が囁かれるようになったのも、このせいだ。
ケツァールのシナリオでは、その魔塔の闇を暴くのが重要になってくる。
魔塔の闇が暴かれればケツァールは自由になることができて、失敗すると一生囚われることになる。
(……アリナを助けるのが先決だけれど、魔塔のこともどうにかできないかしら)
思案するリシェリアのことを、赤い瞳が見つめていた。
ミランダは、ふふっと細い笑みを漏らすと、そんなリシェリアに向けて呟いた。
「優しい子なのね、リシェリアちゃんって。でも、安心して。あたしも、あの子も、できる手は打ってあるから」
きっと、どうにかなるわ。
そう微笑むミランダは、どこか確信めいているようだった。