第57話 協力者
アリナの捜索に出ていた魔術師が十五分ほどで戻ってきた。
「この階にはいないようですね。これ以上皆さんをここに留めておくわけにはいかないので、とりあえず一階に戻りましょうか」
「アリナはどうなるのですか?」
「こちらで引き続き捜索させていただきます。大丈夫ですよ。きっと見つかります」
魔術師はそう言って朗らかに笑うけれど、その笑顔はどこかとぼけているようにも見えた。
ぐっと拳を握り固める。いまここで魔術師を問いただしても碌な情報は得られないだろう。逆効果になるだけだ。
だからまずは、ケツァールと連絡をした通り、協力者と会う必要がある。そのためにも一階に行かなければならなかった。
魔術師が端末を操作すると、ゆっくりと移動装置が下がっていく。
上ってきた時と同じ光景を眺めながら、リシェリアはもどかしい思いをしていた。
「リシェ」
表情に出ていたのだろう。ヴィクトルに咎められて、深呼吸をして心を落ち着ける。
行きと同じ光景に、他の生徒たちは様々な表情でガラスの外を眺めている。目を輝かせている者もいるが、不安そうにしている生徒もいる。
その内の一人、アリナと一緒にいた女子生徒が周囲を見回していたかと思うと、リシェリアの姿を見つけて近づいてきた。
「あの、オゼリエ様」
緊張した面持ちなのは、アリナがいなくなったからというのもあるだろうけれど、公爵令嬢に話しかけることになれていないというのもあるかもしれない。
「リシェリアでいいですよ」
「では、リシェリア様。私は、アシュベリー家のクロエと申します。クロエとお呼びくださいませ。……その、リシェリア様はアリナさんと仲良くされていますよね?」
「はい」
「アリナさんがいなくなったと聞きました。まだ見つかっていないみたいで不安で不安で」
クロエの気持ちはよくわかる。
私もですと頷くと、クロエはほっと息を吐いた。
「アリナさん、どこに行ってしまったんでしょう。こんなところで、急にいなくなるなんて」
「いま、魔塔の魔術師たちが捜索しているみたいですので、きっとすぐに見つかるはずです」
口ではそういったが、リシェリアは知っていた。
きっと魔塔はきちんと探していない。
表向き探す振りをして、のらりくらりと責任逃れをするだろう。学園や国が魔塔を怪しく思っても、いくら魔塔内を捜しても証拠のひとつも出てくることがないだろうから、このままだと捜査は打ち切りになるはずだ。ゲームでは少なくともそうだった。
ケツァールの好感度が高ければ捜しに来たケツァールによって助けだされることもあるが、うまくいかないとそのままケツァールともども捕まるか、ケツァールだけ捕まってバッドエンドだ。
(ケツァールのルートは何回かプレイしたけど、難しかったわ)
それにケツァールのバッドエンドは、えぐいものが多かった。
それらのことを何も知らないクロエに話すことはできないし、これからの計画のことが同じ空間にいる魔術師に知られるのも厄介だった。
だからリシェリアは気休めを口にした。
「そうですよね。アリナさん、最近少し様子がおかしく思えていたから心配ですが、きっとすぐに帰ってきますよね」
「たぶん道に迷っているだけだと思います」
クロエは納得したのか、すぐにリシェリアの傍を離れた。
「……よかったの?」
クロエが離れたのを見計らって問いかけてきたヴィクトルに、リシェリアは頷く。
「それよりも無事に協力者に会えることを祈りたいわ」
「そうだね」
案内の魔術師が戻ってくる前に、ケツァールと通話したことを思いだす。
ケツァールはアリナがいなくなったという話を聞いて、すぐに魔塔に囚われたことに気づいたようだ。魔塔の闇の部分にいちばん詳しく、魔塔の貪欲さをよく知っているからだろう。
リシェリアたちから話を聞き終えたケツァールは、すぐに協力者のことを教えてくれた。
どうやら魔塔から逃げる時に助力してもらえた人みたいで、いまでもたまに連絡を取っているらしい。
『ほんとは俺がそっちに行けたらよかったんだけどな。すまねえ、俺は魔塔から逃げてるからよ、戻ったらきっと捕まってしまう。……でも、近くまでは行くから、なにかあったら連絡してくれ。その時は、俺も覚悟するからよ』
あっという間に制限の五分が過ぎてしまったので、協力者についてそれ以上訊くことはできなかった。
「どういう人なんだろうね」
「魔術師だとは思うけど、わからないわ」
少なくとも、ゲームにそんな人物はいなかったはずだ。
◇
移動装置が一階についた。
魔術師とともに生徒たちが外に出ていき、リシェリアとヴィクトルは最後に移動装置から出た。
一階部分はきた時とほとんど変わり映えがしない。装置以外は何もない広い空間。それ以外に特徴はなく、他の人の気配は感じない。あえていえば先生が待っていたけれど、それでも先生が協力者とは思えない。
その時、ふと声が聞こえてきた。
『後ろに下がってください』
「ねえ、ヴィクトル、いま何か言った?」
「何も言ってないけど、どうしたの?」
ヴィクトルには聞こえていないようだ。
確かにすぐ傍で聞こえた気がしたのに。
とりあえず、リシェリアは後ろに下がった。
『右手を上げてください』
右手を上げると、ヴィクトルが首を傾げた。
『案内人にばれないように、もう少し下がって』
案内人は先生と話している。おそらくアリナについて話しているのだろう。険しい顔をした先生が、案内人に詰め寄っているのが見えた。
いまのうちにと、リシェリアは後ろに下がる。ヴィクトルもついてきた。
『もう少し。そこの少年も一緒に』
すこしくぐもっているからか、男なのか女なのかよくわからない声だった。
『さあ、軽くターンして』
言われるがままに振り返って、そしてリシェリアは「あ」と声を上げた。
景色が変わった。そこはいままでいた空間ではなかった。
狭い部屋のようだ。大きな机の上に、雑多に資料や本が所狭しと積み上がっている。壁側に本棚があり、そこにも本が並んでいるが、ところどころ隙間があったり、横に積み重ねてあったり――どうやら、この部屋の主は大雑把な性格のようだった。
「あなたたちが、あの子の言っていた子たちね」
蠱惑的にも思える大人の女性の声に振り返ると、はっと目を引く赤い瞳の女性がいた。桃色の髪は手入れもされていなくてボサボサに膨らんでいるが、その持ち前の美貌は隠せていない。
「あの子から久しぶりに連絡がきたときは驚いたわ。……お友だちが囚われてしまったのでしょう。あたしにできることなら、いくらでも協力するわ。あの子の、ためだもの」
その髪色と赤い瞳に、リシェリアは警戒を露わにする。
「あの、あなたは……?」
リシェリアの問いかけに、桃色の髪の美女は口元に儚い笑みを浮かべた。
「あたしは、ミランダ。ミランダ・ホーリーよ」