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第55話 暗闇


 ゲーム『時戻りの少女』で、魔塔を訪れた主人公が魔塔に囚われるルートがある。ケツァールのルートだ。今回のこの状況はそのストーリーと酷似している。


 王立学園に入学した平民の少女。

 魔塔は、まだヒロインの能力を把握できていなかった。

 だから夏祭りの時に、ヒロインの能力が何なのか調べるために誘拐を企んだのだけれど、それも失敗に終わっている。


 ヒロインが【時戻り】の魔法を使えば使うほど、魔塔はその魔法の存在を知ることになる。ケツァールに魔法の耐性があるように、魔塔にも【時戻り】の魔法に耐性のある魔術師がいるからだ。


 時を戻る力。あまりにも特別で、手に入れることができたらどんなにいいだろうか。

 魔塔の一部の魔術師は、それを研究したくてたまらなく、魔塔に訪れたヒロインを捕らえることにしたのだ。

 ゲームでは、ヒロインがいなくなったことにいち早く気づいた学園が魔塔に調査を送るが、ヒロインを見つけることは困難を極めた。

 なぜならヒロインが囚われていたのは、魔法で厳重に隠された地下の空間で、その存在を学園や王室は認識していない。知っているのは、一部の魔術師だけなのだから……。




 ヴィクトルと一緒に移動装置まで戻ったリシェリアは、待っていた案内人の魔術師に駆け寄る。


「遅かったですね。……って、あれ、一人足りないようですが?」


 魔術師にアリナのことを話しても大丈夫か迷ったが、黙っていることはできなかった。

 

「アリナが……生徒がひとり、いきなりいなくなったんです!」

「え? どいうことですか?」

「目の前で、いきなり黒い霧のようなものに包まれたと思ったら、消えてしまったのです。……その、なにか知りませんか?」


 話を聞いた魔術師が「うーん」と唸りながら首を捻る。

 魔術師の表情はフードで隠れていてよくわからない。本当に何も知らないのか、それとも知っていてとぼけているのか、判断ができない。


「とりあえず、周囲を捜してみましょう。あ、でも、何があるかわからないので、生徒のみんなはここにいてくださいね」

「その、私も一緒に」

「危ないので、お嬢様もここにいてください」

「リシェ、あの人に任せた方がいいと思うけど。闇雲に動くよりも、魔塔に詳しい人が捜したほうがいいでしょ?」

「でも」


 ヴィクトルの言葉に、反論できない。

 魔塔には隠された地下があって、そこでは怖ろしい研究が行われていて、アリナもそこに囚われているかもしれない――なんて話しても、信じてもらえないだろう。


 石のような通信装置で誰かとやり取りをしていた魔術師が話し終えたのを見計らい、リシェリアは近づく。


「あの、本当に何も知らないのですか? アリナは、魔塔内でいなくなったんですよ。もしかして――魔塔が、アリナを連れ去ったなんてことも考えられると思いますが」


 リシェリアの質問に、フードの下で息を飲む気配を感じた。


(やっぱり、知らないのかな)


 ふふっと、笑い声が聞こえる。


「どうでしょうね。魔塔内には様々な魔法が張り巡らされていますから、何かに飲み込まれてしまった可能性もあるでしょう」


 アリナがいなくなったというのに、どこか他人事のようなとぼけたような声だった。

 それに、少し憤りを感じた。アリナがいなくなっているというのにどうして魔術師は平気そうなのだろうか。もしかして――。


 思わず魔術師のフードに手を伸ばす。

 魔術師の驚く気配を感じたが、特に避けることはなかった。 


 リシェリアがフードを捲ると、そこには――。



    ◆◇◆



(あれ、ここは?)


 アリナが目を覚ましたのは、暗い空間だった。

 わずかな明かりが、目の前の鉄格子の間から見える。よく見ると、アリナの真上にも明かりが灯っている。


(どこなんだろう)


 少なくとも学園にこんな空間はない。寮にもないし、思いつくところもない。


「うっ」


 ここに来るまでに起こったことを思い出そうとすると、頭痛がした。

 かろうじて思い出したことから察するに、ここは魔塔の――地下、なのだろう。

 ゲーム画面で見た覚えがある。それも、最悪なシーンで。


 なぜかわらないけれど、アリナはその地下牢に閉じ込められてしまったのだ。

 地下牢といっても、普通の部屋のようなところなのが幸いかもしれない。出入り口は鉄格子で遮られているけれど。


(どうしてこんなことに)


 ここ数日のことを思い出そうとすると、また頭痛がする。

 そもそも、どうして自分は魔塔のツアーに参加申し込みをしたのだろか。それすらもわからない。


(魔塔にだけは、来たくなかったのに)


 魔塔は、ケツァールのルートで深くかかわる場所だ。

 ケツァールのルートはいちばん攻略が難しいとされていて、前世のアリナもクリアするのに苦労した。しかもケツァールのルートはバッドエンドが酷くで、さすがのアリナもストーリーの重さにしばらくご飯が喉を通らなくなったりもした。


(……私がここにいるってことは、いまケツァールのルートなのかな)


 それにしても、本当にいくら記憶を探っても、芸術祭のあとからの記憶が曖昧だ。

 二日目の最後にダミアンに会うために保健室に行ってからの記憶がないような気がする。断片的に覚えていることはあるけれど、この記憶の抜けはいったいなんなんだろう。


「……てか、ここって」


 明かりが少なく、暗い部屋の中。それは、どことなく前世の部屋を思い出す。

 引きこもりだったアリナは、暗い部屋の中でゲーム画面の明かりだけを頼りに、【時戻り】をはじめいろいろなゲームをしていた。


 じめじめと、すっかり布団に染みついた匂いを感じながらも、現実逃避をするかのようにゲームの世界に没頭していた。

 たまに家の手伝いをしてお小遣いをもらっていたけれど、ほとんど家どころか部屋から出ないで生活をしていたのを思い出して、さらに暗い気持ちになる。


 首を振る。

 いまはもう転生して、前世とは違う生活をしているのだ。

 ここにはアリナの黒歴史を知っている人なんていないし、学園にもちゃんと溶け込めているはずだ。リシェリアやクロエという友人もできたし、ゲームのヒロインみたいに悪役令嬢にやっかまれてもいない。


 だから、大丈夫なはずだ。


「よし。とりあえず、ここからどう出るのか考えないと。確か、リシェリアの前で消えたんだよね」


 目の前が黒いもので満たされる直前、見えたリシェリアの表情を思い出す。

 心配するように伸ばされた手が見えたかと思うと、目の前が黒い霧に包まれた。


(リシェリアなら、この状況を理解しているはず)


 だから大丈夫。 

 そう自分自身に言い聞かせるものの、暗闇に不安しか感じないのだった。


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