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第54話 研究所


「さあ、やってまいりました魔術石研究所です!」


 やけにテンションの高い案内人により連れてこられたのは、暗い部屋だった。


「魔術石は明るいところだと効力が落ちる場合があるので、通常はこういう薄暗い部屋で作業をします」


 部屋の中も廊下と同じように、壁際にほの暗い灯りが等間隔で並んでいる。


「魔術石についての説明がまだでしたね。魔術石とは、魔石に魔力が込められたものになります。これは魔塔の魔術師により生み出しており、皆さんが魔塔に来るときに乗った魔術列車や、移動装置の動力にも使用されております」


 魔術石はまだ発展途上で、使われているものは少ない。

 それでも、少しずつ国民の日常生活にも浸透してきている。


 饒舌に語る案内人の魔術師により、リシェリアたちは魔石に魔力を込める光景を入口から眺めていた。

 案内人曰く、魔石に魔力を込めるのは集中力が必要なので、中には入れないそうだ。扉付近に防音の魔法もかけられている。


「あれ、子供がいるよ」


 目ざとい生徒が、中で作業をしている人の中に子供の姿を見つける。

 それを聞いた案内人が、よくぞ気付いてくれましたとばかりに、口元に笑みを浮かべた。


「魔石に魔力を込める作業は、魔法を使う時に魔力をコントロールするのに役立つので、魔塔の生徒たちも勉強のためにたまに行っているのですよ」


 嬉しそうな魔術師に、リシェリアの心が痛む。

 ゲームのシナリオを知っているから、だろうか。


(そんな楽しい話じゃないのに)



「さて、魔術石研究所の案内も終わりましたし、これでツアーは終わりになります。じゃあ、また先程の移動装置に戻りましょうか」


 どうやら平和に、魔塔ツアーは終わりそうだ。魔塔から出るまで完全に安心はできないけれど。


 来るときに通った廊下を、再び生徒たちが戻っていく。

 その中にアリナの姿を見つけて呼び止めようとしたが、それよりも早く別の人物がアリナの名前を呼んだ。


「アリナさん、ですよね」

「……えっと?」


 誰だかわかっていないのだろう。ミュリエルはゲームには登場しないキャラだから。


「わたくしは、マナス家のミュリエルですわ」

「アリナです。その、どうしたんですか?」


 ミュリエルが鼻で笑う。芸術祭の二日目のあの時と似た、嫌な態度だった。


(もしかして、操られてる?)


 芸術祭二日目に起こったことをアリアに伝えてはいるけれど、その人物まではちゃんと話していなかったはずだ。だからアリナは、ミュリエルのことをよく知らないだろう。

 ほとんどの生徒たちが案内について行っているけれど、ヴィクトルや数人の生徒たちが、何事かと残ってアリナたちを眺めている。


 ここでダミアンの洗脳の話や、ミュリエルのことを話すことはできない。


「先ほど、ルーカス殿下とお話しされていましたよね」

「あ、はい。その、質問をされまして」

「……そうですか。ですが、相手は平民のあなたには到底及ばないほど身分が高い方です。それに、ルーカス殿下には婚約者がいます。それは、ご存知ですわよね」

「はい、もちろんです」


 視線を彷徨わせていたアリナと、目が合う。


「それなら話が早いですわ。――いい機会だから、忠告しておきます。ルーカス殿下に、話しかけるのはおやめなさい」


(……あれ? これって、もしかしてゲームの台詞?)


 魔塔ツアーの時に、悪役令嬢であるリシェリアが、ヒロインに向けて放った言葉に似ている。違うのは、言っている人だけ。

 ゲームだとここでルーカスが助けに来るけれど、ルーカスは先に行ってしまった。


「でも、私は……」


 答えに窮しているアリナを助ける形で、リシェリアは二人の間に入った。


「ミュリエル様。アリナは私の友人です。ルーカス様とも顔見知りですので、話していてもおかしくはないと思います」

「……あなたがそんなんだから、駄目なのですわ。平民なんかと親しくして……。それだと悪役令嬢(・・・・)らしくありませんもの」


 ミュリエルの口から出てきた言葉に、一瞬思考が止まる。

 でもすぐに納得がいった。


(やっぱり、まだ洗脳されているのね。ダミアン先生に)


 背後でアリナが息を飲む気配を感じる。


「でも、リシェリア様がよろしいのであれば、わたくしから口出しすることではありませんわね」


 何か言いたげな瞳を向けながらも、歩いていくミュリエル。その瞳はほんのりとだが赤く染まっているように見えた。

 他の生徒たちも騒ぎが収まったのをみて、移動装置に向かって行く。


「アリナ、気にしなくていいわよ」

「……」

「アリナ?」


 振り返ると、ビクッとしたアリナが一歩後ろに下がった。

 その瞳は狼狽えるように、左右に揺れている。まるで逃げ道を探しているみたいに。


「……あ、あの、リシェリア()

「アリナ、どうしたの?」


 明らかに様子がおかしい。これがヴィクトルが懸念していたことなのだろうか。


「あ、そうだ、アリナ。これ、アイテムの緑の羽根。ヴィクトルがケツァール先輩からもらったらしいわ」


 羽根を渡そうとした手を、怯えたように叩かれてしまった。

 

「い、いりません!」

「え、アリナ?」

「もう、やめてください。リシェリア様」

「どうしたの、アリナ。しっかりして」


 心配して近づこうとするが、その分だけアリナは後ろに下がってしまう。

 何に怯えているのかわからずに戸惑ったが、、リシェリアは彼女の瞳を見た瞬間に気づいてしまった。


(……私だ。どうして)


 アリナの黒い瞳は、真っ直ぐにリシェリアを見つめている。震える瞳で。


「私は、ルーカス様とは何もありません。ですから、もうこれ以上、私を……」


 アリナの瞳が見開かれる。


「……あれ、私はなにを」


 周囲を見渡して、視線が合う。


「……リシェリア……いえ、リシェリア様? あれ……」

「どうしたの、アリナ?」

「ごめん。リシェリア。……私」


 さっきよりもさらに様子がおかしいアリナに近づこうと手を伸ばすが、それを阻むように黒い霧が現れた。

 現れた黒い霧はアリナを包み込むと、そのままアリナと一緒に姿を消してしまった。


「アリナ!」


 叫んで周囲を捜すが、アリナの姿はない。


(これは……ッ)


「リシェ、いまのなに? アリナさん、どこに行ったの?」

「……わからないわ」


 ヴィクトルの問いかけに、リシェリアはそう答えることしかできなかった。


 ひとつだけ確かなことは、アリナが消えてしまったこと。

 それも、ゲームと同じように。


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