第51話 魔術列車
ウルミール王国の貴族たちは、昔から純血を保ってきた。それは魔法を使うためにはなによりも血筋が大切だとされていたからだ。いまでこそ、魔力量の多い平民を養子に迎え入れたりすることはあるものの、それでも昔から残る純血主義はなかなか消えないものだ。
魔法を使うのに必要な魔力――それを多く持っているのが貴族で、そのほとんどが魔法を使う適性を持っているが、平民はその限りではない。平民は魔力を持っていることすら稀で、生活魔法を使えるだけでも重宝される場合がある。
だけど、貴族を含めて多くの人が知らないことだけれど、魔法を使えない平民でも魔力を増やす方法が存在する。
それが、魔塔に入り、魔術師を目指す道なのだけれど――。
◇◆◇
魔塔ツアーの当日、リシェリアは他の参加者とともに魔術列車に揺られていた。前世にあった蒸気機関車に似ているけれど、動力は魔術師によりつくられた魔石により動いている。
『時戻りの少女』は中世っぽい世界を舞台にしているだけで、魔法もある世界なため文明は近代寄りだ。そのため、長距離を移動する手段として魔術列車があった。
(初めて乗ったわ)
リシェリアは父が宰相だということもあり、ほとんど王都のタウンハウスで暮らしていた。王都での暮らしに魔術列車を使うことはほとんどない。魔術列車は王国ではあくまで長距離の移動用として使われている。しかも一日に二回しか運行しないのと料金が高いため、普段利用しているのは王都外に暮らしている貴族や商人ぐらいだろう。
魔術列車の窓から外を眺めて、リシェリアは感嘆の声を上げた。
「すごい。まるで電車みたい」
「でんしゃ、ってなに?」
前の座席に座っていたヴィクトルが反応する。
「いや、その、なんでもないわ。昔読んだ絵本でそんなのがあった気がして」
「そうなんだ。……それにしても、列車に乗るのは初めてだけれど、馬車ほど揺れないし、乗り心地が良いよね」
「そうね」
馬車だと整備が甘い道を走ったりするときに、けっこう揺れることがある。
それに比べて魔術列車はほとんど揺れないし、確かに想像していたよりも心地いい。
(一度乗ってみたかったのよね)
ゲームでも魔術列車はチラリと登場するだけだった。それでも、転生してからたまに列車の噂を耳にするたびに、一度でいいから乗ってみたいと思っていたのだ。
リシェリアは窓の外を流れる景色に釘付けになっていた。
魔術列車に乗るまでは、魔塔ツアーに参加するのに憂鬱さを感じていたのに、いまはそれが嘘かのように引いている。
魔術列車がトンネルの中に入る。それにより、窓に列車内の光景が映った。
他の生徒もほとんどが魔術列車に乗るのが初めてみたいで、心なしか浮ついているように見える。アリナもクラスの友人らしき生徒と目を輝かせて窓の外を眺めている。
そんな中、エメラルドの瞳と、目が合った。
ルーカスは視線が合うと、すぐに逸らしてしまった。
(……ルーカス様)
魔術列車に乗って席に座ると、後から乗ってきたルーカスが近づいてきて横の席に座るのかと思って身構えていた。それなのに、彼は通路を挟んだ隣の席に座ってしまった。その様子を見たヴィクトルが怪訝な顔をしていたけれど、ルーカスはこちらをチラッと見ながらも、ぼんやりと窓の外に視線をやった。
芸術祭のあとから「挨拶」がなくなったとは思っていたけれど、それどころか会話すら少なくなった気がする。あちらから近づいてくることも少なくなったし、もしかしてルーカスの興味がリシェリアから逸れてしまったのだろうか。
そう考えると、少し胸の辺りが――。
(っ、いいことじゃない。このまま円満に婚約解消をすれば、悪役令嬢として処刑されることもなくなるし……)
願っていた通りになることは良いことのはずだ。
それなのに、モヤモヤするのはなぜなのだろうか。
「ここが、魔塔――」
魔術列車に揺られて駅に降りて、少し歩いたところにあったのは、雲の上まで届いているように見える、頂きの見えない黒い尖塔のような建物だった。
多くの生徒たちと同様、リシェリアは塔を見上げる。
「高いね。この国で一番高い建物なだけある」
隣でヴィクトルも見上げていた。
「はーい。皆さん、そろそろ気を引き締めてください。いまから魔塔に入りますよ」
引率の先生の声に、魔塔を眺めていた生徒たちが反応する。
先生の誘導により、生徒たちは魔塔の門を次々と潜り抜けていく。
(魔塔。実際に入るのは初めてだけど、ゲームのイメージを知っていると……)
足取り軽やかな他の生徒たちと違い、リシェリアの足が重くなる。この門を潜り抜けたら、もう戻って来られないかもしれない。
ゲームの魔塔は表向きは魔術師の育成機関のようなものだけど、知る人ぞ知る闇の部分があるところだ。ケツァールルートが一番難しいルートと言われているのもそれが所以している。
(……大丈夫、だよね)
思わず唾を飲み込んでいると、立ち止まったリシェリアに気づきヴィクトルが振り返る。
「リシェ?」
「……う、ううん。なんでも」
門の前で立ち止まっていたからか、こちらに厳しい視線を向けながらミュリエルたちが門を潜る。ルーカスがリシェリアをチラチラと見てから潜り、その後にアリナが続いた。
「アリナ」
呼びかける声が聞こえなかったのか、アリナはそのまま行ってしまった。
(……アリナは、私よりも原作に詳しいし、大丈夫よね)
他の生徒も門を潜り、残されたリシェリアは深呼吸をすると、足を踏み出した。