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第49話 鳥の羽根


 教室に入ると、隣の席のクロエとアリナが仲良く話している姿が目に入った。よくある光景のはずなのだけれど、ヴィクトルはつい首を傾げる。

 いつも遠くからじっと見つめてはヴィクトルと目が合うとすぐに逸らして逃げるように自分の席に戻っていたアリナが、最近は目が合っても逃げないことが多くなったのだ。かと思えば今朝のように、思い出したかのように掌で顔を被って悲鳴を上げて逃げていく。


(おかしい)


 理由はわからないけれど、アリナの様子はいささか変だ。

 いや、そもそもおかしかったのこれまでの方なんじゃないだろうか。

 遠くからコソコソこちらを見ていたと思ったら、目が合うとすぐに逃げていく。嫌われているのか、怖がられているのかよくわからなかった。もしかしたらこっちの方が正常で、これまでがおかしかったのかもしれない。


(おかしいと言えば)


 芸術祭が終わってから、ルーカスに呼ばれることがなくなった。

 リシェリアの様子もおかしい。今朝なんて窓の外をぼんやり眺めていたかと思うと、指で唇に触れて顔を赤くして悶えていた。何かあったと考えるのが自然だろうが、本人は首を振って否定していた。


(おかしい。僕の知らないうちに何かあったのか?)


 考えるが何も思いつかない。

 悶々としながら時間だけが過ぎていき、いつの間にか下校時刻になっていた。

 家に帰る前に剣術に訓練に行こうかと、訓練場に向かう前に中庭を抜けようとすると、どこからか話声が聞こえてきた。


「……違う」

「……いや、でも、一度だけ……」

「やめて…………触れないで」


 嫌がるような女性の声と、張りつめたような男性の声。

 物々しい雰囲気を感じたヴィクトルは、声の聞こえてきたほうに向かって行く。


「っ!?」


 そこは中庭の一角だった。校舎からは死角になっているところで、名前の知らない大きな木が生えている。さらさらと震える木の下で、ヴィクトルのよく知る生徒がいた。


「もう、大丈夫ですよ。私はなんともないし、それ以上近寄らないでください」


 いつも赤いカチューシャをつけている、黒髪の女子生徒――アリナだ。

 そして向かい合うようにして立っているのは、一学年上の生徒で、派手な外見と派手な行動で問題視されている男子生徒。確か、名前はケツァールと言ったはずだ。


 赤と緑のツートンヘアーの鳥の尾羽のような髪形をした変わった生徒で、見た目の派手さもそうだけれど、何よりも授業をサボったり、魔法でいたずらをしたりしていることで悪い意味で有名な生徒だった。誰も家名を知らないが、魔法が堪能なことから魔塔と関りがあるのではないかと噂されている。


(なんで、二人が一緒に)


 なんだか胸がもやっとしたが、それよりも二人の様子が変なことが気にかかった。

 アリナは明らかにケツァールを拒絶している。それなのに、ケツァールが腕を伸ばしてアリナに触れようとしている。


 自然にヴィクトルの体が動いていた。

 二人の間に入るとケツァールを見上げる。高身長なだけあって、ヴィクトルからしても迫力がある。その深緑の瞳でにらみつけられて、汗が頬を流れていく。


「あの、ケツァール先輩。何があったのかは知りませんが、嫌がっている相手に無理やり迫るのは紳士的ではありませんよ」

「あ、なんだおまえ」

「僕はアリナさんのクラスメイトです」

「俺は、アリナに用があるんだよ。どうしても確かめないといけないことがあってな」

「……あれ、ヴィクトル様?」


 間の抜けた声に振り返ると、アリナの黒い瞳と目が合った。

 至近距離だった。アリナはとたんに顔を赤くすると、背を向けてものすごいスピードで走り去ってしまう。


「あ、おい。アリナ!」


 ケツァールが叫ぶが、アリナの姿はとっくに校舎の中に消えていた。

 舌打ちをしたケツァールににらみつけられる。


「あと少しでわかりそうだったんだぞ」

「何がですが?」

「それはあいつが洗脳……いや、おまえには関係ねぇよ。あ、そういやおまえアリナと同じクラスだって言ってたよな? なんか最近、変わったことはなかったか?」

「変わったこと? 前と少し、様子が違うような気はしますが」


 ヴィクトルに対してはもともと変だったけれど、他の生徒とは変わらず話しているようだ。だから変化と言っても些細なことなのだけれど。


「やっぱりそうか。くそっ。少しでも触れられたら……いや、でも洗脳の進行状況によっては厳しいかもしれないな」

「さっきから洗脳って言ってますけど、それがアリナさんと関係あるのですか?」


 洗脳という物騒な単語は、聞き間違えているだけだと思った。だけどこう何度も同じ言葉を耳にしたら、なにかあるんだろうかと疑ってしまう。


「もしかして、彼女が魔塔のツアーに参加しようとしていることとも関りが?」

「は、あいつ魔塔のツアーに参加しようとしているのか!?」


 険しい顔のケツァールが近づいてくる。


「くそ、あの野郎」


 あの野郎は誰かはわからないけれど、忌々しそうに吐き捨てる。


「おい、ボウズ」

「……ヴィクトルです。ヴィクトル・オゼリエ」

「オゼリエ? なんか聞いたことがあるな。とにかくボウズ」

「だからヴィクトルだって」

「アリナから目を離すなよ。もし何かあったらこれで俺を呼べ」


 押し付けるように渡されたものを見ると、深緑色の鳥の羽根のようだった。


「五分ほどだが、これがあれば俺と会話することができる。同時に、俺に居場所を教えることもできるからな。……まあ、俺は魔塔には入れないが、きっと役に立つはずだ」

「いや、でも僕は魔塔ツアーには参加しないんだけど」

「とにかく頼んだからな」


 ヴィクトルの話なんて一切聞かずに、言いたいことを告げたケツァールの体が宙に浮かぶ。


「ちょっと、ケツァール先輩!」


 呼びかけるのも虚しく、ケツァールはそのままどこかに飛んで行ってしまった。


 その時、ふと空から何かが落ちてくる。

 手のひらで受け止めると、それは黄色い小さな花だった。


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