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第48話 変化


 目を瞑っていたけれど、確かに感じた吐息。

 柔らかい感触とともに、唇から感じた熱と痺れ。

 それを思い出した瞬間、リシェリアは熱くなる頬を押さえて頭を振っていた。


「リシェ、どうしたの? 怖いんだけど」


 学園に向かう馬車にはリシェリアのほかにもう一人乗っている。ヴィクトルだ。今日は朝練がないからと、一緒の馬車で登校している。

 彼は突然頭を振ったリシェリアに、奇異なものを見る視線を向けてきた。


「な、なんでもないわ」

「ふーん。そういえば最近……」

「どうしたの?」


 言いかけた言葉を止めたヴィクトルに問いかけると、彼は開けかけた口を閉じてからもごもごと呟いた。


「なんでもないよ」


(なんだろう?)


 疑問に思ったものの、リシェリアは揺られる馬車の窓を見つめ続けた。脳裏にはまた芸術祭二日目のあのシーンが浮かび、再び頭を振って追いだした。

 あれからもう一週間は経っているというのに、どうして消えてくれないのだろうか。



 王立学園の校門に着いて馬車から降りると、先に降りていたヴィクトルがなにやらキョロキョロと周囲に視線をやっている。


「どうしたの?」


 問いかけると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした後に首を振った。


「何でもない」

「ヴィクトル、今日は少し変ね」

「リシェには言われたくないよ。芸術祭のあとからおかしいだろ」

「そんなことないわ。普通よ」


 ジト目を向けられるが、リシェリアに身に覚えはなかった。いつもと変わらないように過ごしているつもりだからだ。


「ふーん。二日目の劇の後から、おかしいと思うんだけどさ。……そういえば劇でキスシーンがあったよね?」

「っ!? え、そうだったかしら」

「……その様子を見ていると、やっぱりあの時、何かあったんじゃないの?」

「べ、べつにぃ。何もなかったわ」

「ふーん。まあ、良いけど。それよりも芸術祭のあとから……やっぱりいいや」


 また何か言いかけたヴィクトルが言葉を止める。

 気になったが、いつまでも校門の前に立っているわけにはいかない。他の生徒たちが好奇の視線を向けてきていることもあり、リシェリアたちはとりあえず教室に向かうことにした。



 芸術祭からもう一週間が経っている。すっかり落ち葉が増えてきて、秋も終わりに向かってることを教えてくれる。

 そんな中、王立学園の一年生の間には、芸術祭の時とは違う活気に満ちていた。おそらく近いうちに開催される行事に対する期待からだろう。


 芸術祭のあとの一年生には、とあるイベントが待ち受けている。

 その名も、『魔塔ツアー』だ。

 一年生の中でも魔法の授業を選択している生徒や、魔法に興味のある生徒たちから選ばれた生徒たちが魔塔に見学に行くことができる。特に将来魔術師を目指す生徒にとっては喉から手が出るほど欲しいチャンスで、ゲームでも選択として出てきていた。


 ゲームでは、この選択によってヒロインの運命が決まる場合がある。

 特にケツァールのルートを進む場合、この選択は吉となる場合もあれば、凶になる場合もある。

 なぜなら魔塔はヒロインの能力を前々から狙っていて、隙あらば捕まえようとしているからだ。夏休み中に起こった誘拐のイベントも魔塔の仕業だったとこのルートで判明する。


「もう募集は始まっていて、そろそろ希望の参加者の名前が張り出されている頃かしら」

「――魔塔ツアーのこと?」

「うん。ヴィクトルは参加するの?」

「いや。ぼくは特に興味がないけど。選択科目は剣術だしね」


 ゲームの場合、ヒロインが参加するときにヴィクトルも仕方なくついていくよという台詞があったぐらいで、魔塔ツアーにはほとんど参加していなかった。

 リシェリアも参加するつもりはなく、ルーカスも参加しないだろう。


「あ、張り紙があるね」


 ちょうど生徒が少ないことから近づいてなんとなく参加者の名前を確認する。クラスメイトの名前を見つけて、ふと下の方を見ると、そこに信じられない名前が載っていることに気づいた。


「え、なんで?」


 リシェリアの呟きに反応したヴィクトルが、同じところを見て眉を顰める。


「アリナさん、参加するんだね」

「うん。でも――」


 アリナが参加するなんてありえない。だって彼女は、ヒロインにはならないと言っていた。だから今回の魔塔ツアーにも参加しないものだとばかり思っていた。

 それに魔塔のツアーに参加したら、運が悪いと一生魔塔に囚われたままになることだってあるのに……。


 険しい顔をしていたからだろうか、ヴィクトルが何か言いたげな視線を向けてくる。


(本人に直接聞いたほうがいいかしら)


 そう思ったけれど、最近アリナと会話をしていないということに、リシェリアは気がついた。


「気になることがあるのなら、本人に訊いたら。ちょうど、ほら」


 ヴィクトルの言葉に顔を上げると、アリナが登校してくるところだった。


「アリナ、おはよう!」


 呼びかけると、彼女はなぜか首を傾げた後、思い出したかのように笑顔を見せる。


「おはよう、リシェリア。……って、ヴィクトル様ッ!」

「おはよう、アリナさん」


 ヴィクトルが挨拶をするより早く、アリナが頭を下げる。


「じゃ、じゃあ、私はこれで」


 慌ただしく走って行ってしまった。問いかけることすらできなかった。


「……やっぱり、おかしいよね」


 ヴィクトルが小さな声でぼやいている。


(おかしいって、アリナのこと?)


 最近顔を合わせていなかったけれど、アリナの様子は前と変わっていないように思える。相変わらずヴィクトルの前だと挙動不審になっているし。


 ヴィクトルはため息を吐くと、教室に行くからと先に歩いて行ってしまった。


(変わったことといえば、アリナよりも……)


 ここにいない、ある人のことを思い出す。

 金糸のような髪に、エメラルドの瞳を。


 最近あまり「挨拶」をしてくれなくなった、婚約者のことを。


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