第47話 もう一人の
お待たせしました。
第五章の開始です。
この世界に転生してきたことに気づいた時、ダミアンは歓喜した。
前世やり込んだ乙女ゲーム――『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』。
男が乙女ゲームだなんてと友人に笑われたことがあるが、前世のダミアンはそれでもかまわずにやり込んだ。
なぜなら、『時戻りの少女』に激推しのキャラクターがひとりいたからだ。
ヒロインでもなく、攻略対象者でもない。
だいたいどのルートでも不幸な目にあう悪役令嬢、リシェリア・オゼリエ。
主人公よりも美しく、高慢な性格でヒロインに嫉妬して意地悪をしてしまうことも含めて推していたキャラだった。
(いますぐ、姫に会いに行きたい!)
そう思ったものの、転生したキャラが厄介だった。
ダミアン・ホーリーは『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の隠れ攻略対象だ。
性格は根暗で、姉の言いなりになることしか能のないキャラである。
転生した時期も最悪で、魔塔に入る前に、生家である伯爵家で双子の姉であるミランダに洗脳されている時期だった。
まだ十歳だったけれど、魔法を覚えたミランダは好奇心から沸き起こった悪戯で、弟であるダミアンに洗脳魔法を試すことにした。それがあまりにも面白く、そして彼女の心を歪めてしまった。
自分の言いなりに行動するように、時間をかけて徐々に弟の精神を蝕んでいくミランダに、ダミアンは抗えずにいた。ダミアン自身も洗脳魔法を使える才能があったが、姉よりも意志が弱いことが災いしていた。
ともかく、転生したのはその時期だった。
(このままだと僕は推し活が楽しめなくなる。それなら、逆に利用すればいいのではないだろうか)
そう考えたダミアンは、姉であるミランダを洗脳することにした。
前世の記憶を取り戻したことも幸いしていた。
ミランダの洗脳は苦労したが、しょせんは子供だ。前世のダミアンと比べると遥かに幼く、いくらでも洗脳のしようがあった。
十二歳で魔塔に入る頃には姉への洗脳は完了していて、魔塔に入ってからも自分の野望を叶えるためにいろいろしたのだが――それはひとまず割愛。
ともかくダミアンは王立学園に養護教諭として赴任することに成功した。
そして、姫の活躍を陰から見守るために心血を注いできたはずだったのに――。
最初の頃はよかった。
ゲームのストーリー通りの展開で進んでいた。
王太子ルートを進んだヒロインのお陰で、姫の処刑スチルを拝むことができた。
他ルートでも追放されたり、バッドエンドに入った時もそれはそれで歓喜した。
――そのはずだった。
ダミアンはゲームのエンディングを迎える度、なぜか入学式の時期に戻っていた。
最初は不思議に思ったものの、何度も繰り返すうちに楽しくなってきた。
これで何度でも、姫を拝める。それだけで充分だと思っていた。
だから基本的にストリーリーに介入することなく静観していた。
おかしいと気づいたのは、何回目かのループの後だった。
これまで何度も繰り返したことなのだが、魔塔から出られるのはどう足掻いても早くて二学期になってからだ。これ以上早くは無理で、夏休みのイベントも見ることができない。
その間は退屈で死にそうだったが、養護教諭として学園に赴任すれば、姫を堪能することができる。そう考えれば耐えられた。
それなのに、今回の学園はこれまでのループとは少し違っていた。
赴任してきてすぐ、まずは姫の存在を遠くから確認するのがダミアンの生き甲斐だった。
それなのにいるはずのクラスに姫はいなかった。その代わりに、見たことのない女子生徒がいた。黒髪を三つ編みにしていて、分厚い眼鏡を掛けている少女。地味な見た目をしているものの、その少女の持つ気品を隠すことができていない。
一目見てわかった。
彼女が推しである、リシェリア・オゼリエであるということに。
さらさらと指通りのよさそうな綺麗な銀髪に、意志の強い銀色の瞳が特徴的な悪役令嬢。彼女は死にざままで美しく、前世のダミアンはそれに魅了されていた。
それなのに今回の彼女はなぜか見た目を隠している。それも地味すぎる格好をして。
怒りが湧いたのは言うまでもなかった。
(何が起こっているのか、調べなければ)
ダミアンはまず情報を収集することにした。
生徒たちにちょっとした洗脳をすることにより、情報はすぐに集まった。
それによると、ゲームのストーリーはまったくと言っていいほど進行していない。
姫が姿を偽っていることもそうだけれど、ヒロインもゲーム通りに動いていない。
それを知ったダミアンは、その理由にすぐに思い至った。
姿を隠しているリシェリアとヒロインは転生者なのだろうと。それに触発されて、王太子やヴィクトルなどがゲームとは違う行動をとっている。
それに思い至った時、ダミアンは失望した。
せっかくゲームの世界に転生したのに、どうしてゲーム通りの行動しないのだろうかと。そうすれば、楽しめるはずなのにと。
だから、ダミアンはゲームのストーリーに介入することにしたのだ。
洗脳するのには段階がある。
軽い洗脳であったり、精神の弱い人間であればすぐに洗脳することは可能だけれど、意志の強い人や多くの人を洗脳するのには時間を掛けなければいけない。
その為に、ダミアンが考えたのは、推し活の布教だった――。
推しは誰もが心に抱いているものだ。
たとえそれが小さな記憶だったとしても、存在しない者だったとしても、その存在を強く胸に抱かせることができれば――。人を操るのは容易だった。