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第42話 お化け屋敷


「『美しい姫。早くその瞳を開けておくれ』」


 微かな吐息が鼻先にあたる。

 いま目を開けたら、ルーカスの顔面が目の前にあるだろう。


(や、やっぱり、人前でされるのかな)


 必死にギュッと目を瞑るが、期待していた感触は訪れなかった。

 客席から聞こえてくる悲鳴のような歓声とともに、目をうっすらと開く。

 目の前に、エメラルドの瞳があった。


 胸のドキドキはそのままに、劇は特にトラブルもなく幕を閉じた。



 制服に着替えて、ウィッグを取って髪の毛を整えると、リシェリアはジェーンと向かい合った。

 伯爵家の令嬢であり、ミュリエルと幼い頃から一緒にいる彼女は、言いにくそうに口を開く。彼女からは、ミュリエルのことで相談があると言われていた。


「ミュリエル様のことなのですが、芸術祭の準備が始まった頃から、よく保健室に行くようになったのです。体調が悪く見えたので、私たちが勧めたというのもあるのですが」


 講堂での練習の途中、ミュリエルが体調を崩して保健室に行っていたのを思い出す。

 アリナから保健室に現れる隠れキャラの話を聞いたのは、そのすぐ後だった。


「ミュリエル様の様子が、保健室に行きはじめた頃からおかしいのです。……もしかしたら、リシェリア様もお気づきかもしれないのですが」

「え?」

「……ミュリエル様、急に優しくなりましたよね?」


 演劇の役者決めの時、リシェリアが姫役に選ばれた際、ミュリエルたちが険しい顔をしていたのを思い出す。彼女はルーカスを王子役に推薦して、恐らく自分が眠り姫の役をやろうとしていたのだろう。彼女の目論見は外れてしまったのだけれど。

 そんなこともあり、あの後ミュリエルからこれまでのように嫌味を言われたりするんじゃないかと身構えていた。


 だけどそうはならなかった。ミュリエルは嫌味ばかり言っていた時とは違って、少し丸くなったのだ。

 リシェリアはそれを心境の変化だと思っていた。

 前に、推し活で領地にいた想い人の話を聞いたときに、いままでの行いを反省していたというのもあり、リシェリアはあまり気にしていなかったのだけれど……。


(変わったと言われたら、確かに変わったかも)


「やはり、変わったと思われているのですね」

「はい」

「その原因が、保健室にあると、私は思うんです」

「保健室?」


 保健室というと、隠れキャラのダミアン先生がいるところだろうか。

 アリナとの約束もあり、あれから一度も保健室に行っていない。


「どうして保健室だと思うのですか?」

「新しい養護教諭の方が、少し怪しいと思うんです。それを調べるために、もし時間があれば、これから保健室に一緒に行ってくれませんか?」


 ミュリエルの体調のことは気にかかっていた。

 そしてジェーンが養護教諭のダミアン先生を怪しむ気持ちも、アリナから話を聞いた後なので理解はできる。だけど――。


(約束だもの。保健室には行けないわ)


 まだあれから特に手立ては考えられていない。

 リシェリアにできることは、保健室には極力近寄らないこと。

 だからジェーンの誘いには乗ることができなかった。


「ごめんなさい。私、この後外せない用事がありまして」

「というと?」

「えっと……実は、ルーカス様と芸術祭を回る約束をしているんです」

「殿下と……」


 ジェーンが俯く。心配になったけれど、彼女はすぐに顔を上げると、優しく微笑んだ。


「わかりました。それなら仕方がないですね」

「ミュリエル様には、お大事にと」

「ええ、リシェリア様が心配されていたことは、しっかり伝えさせていただきます」


 ジェーンはお辞儀をすると、控室から出て行った。


(さて、私は――)


 アリナからは、時間があったらお化け屋敷に来てねと言われている。

 でも、ひとりで行くのは怖いし――。


 迷っていると、控室に使っている教室の扉がノックされた。


「リシェリア、いる?」

「――ッ、ルーカス様!」


 扉の向こうから聞こえてきたのはルーカスの声だった。


「入ってもいい?」

「は、はい。どうぞ」


 入ってきたルーカスは制服姿だった。演劇の王子の衣装を着ている時のルーカスは無表情だけど凛々しく見えたけれど、制服姿のルーカスも儚げな表情がプラスされて、こちらに近づいてくるだけでも絵になる――。


(はっ!)


 我に返った時には、もうすでにルーカスは目の前にいた。


「リシェリア。おれと、一緒に芸術祭、回ってくれないか?」

「――っ、あ、その」


 先ほどジェーンにルーカスと芸術祭を回ると嘘を吐いてしまった。

 それが、まさか現実になるなんて――。


(ここで断ると、ジェーン様に嘘を吐いてしまうことになるから、どうせなら)


 リシェリアは、ぐっと顎を下げて頷くのだった。



    ◇



 ルーカスと並んで歩いているからか、いろいろな視線が突き刺さってくる。

 さらさらな金糸の様な髪に、エメラルドのような瞳のルーカスは美しく、目立つ容姿をしている。儚げに見える眼差しの、長めの睫毛を眺めていると、瞼が震えてこちらを向いた。


「リシェリア。どうしたの?」

「っ、いえ、なんでも」


 つい横にいるルーカスをじっと見てしまった。

 慌てて目を逸らすと、視線の先におどろおどろしいお化けが描かれたポスターを見つける。お化け屋敷のポスターだ。


「あ、そういえば」

「……どうしたの?」


 つい口を開くと、ルーカスが屈み込むようにしてこちらの言葉を待っている。


「えっと、アリナから、クラスの出し物を見に来てと誘われていたんです」

「出し物?」

「はい。お化け屋敷なのですが」

「……お化け屋敷」


 ルーカスはポスターを見つめると、軽く頷いた。


「わかった。行こうか」

「でも、怖いですよ」

「おれ、怖いのは、平気だから」

「……わ、わかりました」


 怖いのが苦手なんて言い出せない雰囲気のなか、リシェリアは決意するとルーカスと並んで歩きだした。



 お化け屋敷で受付をしていたヴィクトルが、こちらに気づいて顔を上げる。


「あ、来たんだ」

「ヴィクトル、お疲れさま」

「……殿下も来たんですね」


 ルーカスを伺うように見た後、ヴィクトルがチケットみたいな紙を渡してくる。


「アリナさんから整理券を受け取っているから、いますぐ案内できるよ」

「整理券?」

「うん。思ったよりも反響が大きくってね、長時間並ばせるわけにはいかないから整理券を配っていたんだ」

「そ、そう」


 少し並んで心を落ち着けたかったが、他に並んでいる人もいないようだし、これはもういますぐお化け屋敷に入らなければいけないのだろうか。


「……リシェ、あまり無理はしないでね」

「がんばるわ」

「じゃあ、いってらっしゃい」


 ヴィクトルの案内で、入口の扉を潜り、リシェリアたちはお化け屋敷に足を踏み入れた。



 黒いカーテンで仕切られていた入口から部屋の中に入ると、お化け屋敷だけあって真っ暗だ。入り口で渡されたランプを持っているが、暗すぎて周囲の様子がわからない。


 しばらくそろそろと歩いていると、前方に灯りのようなものが見えた。

 それはどんどん近づいてくる。


(前のお客さんのランプかしら)


 そう思ったが、その光は上に下にふよふよと不規則に動いている。

 しかもランプの明かりではなく少し青白い。そうかと思えば赤くなったり、いややっぱり青白く。


「人魂みたいだね」

「ひ、人魂っ!?」


 ルーカスの言葉に短く悲鳴を上げる。

 でも言われてみれば、確かに人魂のような……。


(いやいや、本物なわけがないわ。ここはお化け屋敷なんだもの、偽物に決まって……)


 目の前までやってきた人魂がふっと消えたかと思うと、ブツっとランプの明かりも消えた。


「きゃあ!」

「……リシェリア、大丈夫?」

「る、ルーカス様、そこのいらっしゃいますか?」

「いるよ」


 震えていると、何かに腕を掴まれた。


「ひっ」

「おれだよ、リシェリア。暗いから、俺の腕を掴んで」

「は、はい……っ」


 ルーカスの腕を掴むと、そのタイミングでまたランプに明かりが灯り、悲鳴を上げてしまう。


「リシェリアは、怖がりなんだね」

「え、いや、そんなことッ。びっくりしただけ、です」

「……ふーん」


 ランプの明かりが戻ってきたので呼吸を落ち着けながら、なんとか平常心を保とうとしたリシェリアだったが、それは長く続かなかった。

 行く先々のお化けに驚かされて、何度も悲鳴を上げてしまった。

 お化け屋敷の中は迷路形式になっているようで、途中何度か行き止まりにあたりながらも、中盤辺りまで来たところだろうか。


 ふと道の突き当りに、ぼんやりと明かりが灯ったかと思うと、その下に井戸のようなものが現れる。


(あれは……)


 なんでだろうか。前世で実際にその光景を見たことがあるわけではないのに、とても懐かしい感じがする。


「あ、あそこに」


 ルーカスが声を上げて井戸に近づこうとする。

 その瞬間、井戸から長い前髪で顔を被った白装束のお化けが出てきて――。


「きゃあああ!!」


 リシェリアは今日最大の悲鳴を上げると、ルーカスの腕を掴んで逃げ出した。


「あそこに、道があるのに」


 ルーカスの呟きが耳に入らないほど必死になって。

 

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