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第38話 現実?


「――え、現実?」


 アリナが目をぱちくりとさせる。


「ええ。ここは、ゲームの世界と同じだけれど、現実でもあるのよ。私やアリナが意志を持って行動しているように、ゲームの攻略対象にもちゃんと感情があって、生きている人間だと思うの」

「それは、そうだけど……」

「生き抜くためにはゲーム通りのハッピーエンドを目指すのが理想だけれど、ストーリー通りにならなくてもおかしくはないと思うわ」


 ゲームとは違い、ヴィクトルは前髪で瞳を隠すのをやめて、勉学に励みながらも剣を手に取った。

 ルーカスもたぶん、ゲームとは違う。悪役令嬢であるリシェリアに一切の興味がなかったはずなのに、学園に入学したあたりからなんか様子がおかしいし……。


「……確かにそうだよね。ここはゲームの世界である前に現実なんだ……。それなのに私は……。だから、シオンは時戻り前に遊びだって言っていたのかも……でも……」


 ブツブツと呟いているアリナの顔は、まだ曇っている。

 懸念は、きっとシオンの態度がいきなり変わってしまったことだろう。


 アリナの話だと、【時戻り】前にシオンが口にしていた「一緒にケーキ屋さんにも行ってくれた」という言葉は、あきらかにおかしいと思う。

 一緒に行ったのはアリナではなくクラリッサらしいから、そうなると何か別の要因で、シオンがおかしくなったのかもしれない。


「シオンがおかしくなった原因に、心当たりはある?」


 アリナに問いかけるが、首を振られた。

 いちばん良いのはシオンに聞くことだけれど、どこで地雷を踏むかわからないのと、アリナが彼にすっかり怯えてしまっているので提案するのも憚られる。


「……つまり、現時点ではどうすることもできないというわけね」

「うん。――あ、それで今朝、理事長室に行って護衛を交代してもらえないかお願いしたの。そしたら今日の帰りから、別の騎士が付いてくれるって」


 アリナはどこかほっとした様子でもある。【時戻り】前のシオンは、どれほど怖かったのだろうか。


「朝の時点で、シオンはいつもと変わらなかったから、きっとこれから何かがあるんだよね」

「そうね。少し調べたいけど……芸術祭の準備で、それどころではないわ」

「私もだよー」


 もう芸術祭までには一週間を切っている。

 シオンの様子も気になるけれど、芸術祭を乗り切って、調べるのはその後にした方がいいだろう。


「とりあえず芸術祭の間はどうにか乗り切って、終わったら考えましょう」

「うん。私もなるべくシオンから逃げられるようにするね」

「何かあったらすぐに駆け付けるから、いつでも私を呼ぶのよ。あと、ヴィクトルにも気にかけるように言っておくわ」


 ヴィクトルという名前にアリナは躊躇う様子を見せたが、静かに頷いた。


「ねえ、リシェリア。そういえばさっきこの世界はゲームとは違って現実だって言っていたけど、リシェリアはどうなの?」

「え?」


 さっきまで泣いていたのが嘘かのように、アリナはニヤニヤとしている。何か悪巧みでもしていそうな顔に、嫌な予感がする。


「だってリシェリアって、ゲーム通りになるのが嫌で、ルーカス様から逃げているんだよね?」

「そ、そうね。……最近は、演劇とかで逃げられてないけど……」

「でもここがゲームの世界ではないのなら、ルーカス様の想いも違うんじゃない?」

「想い?」


 ルーカスの想い……。

 確かにルーカスは、ゲームのルーカスとは違ってリシェリアに興味を示している。挨拶、とかしてくるし。


「リシェリアは悪役令嬢だから自分はヒロインになれないっていうけど、ここが現実でルーカス様が生きている人間なのなら、きっとゲームとは違って――うぐっ」

「待って、違うわ!」


 思わずアリナの口を手で塞ぐ。


「私が怖いのは、死ぬことだから」


 ここはゲームの世界ではなく現実だ。

 だけど、もしゲームの強制力か何かが働いて、処刑されるエンドを迎えたら――。


 少なくとも、若いうちに死ぬのだけは嫌だ。

 ルーカスルートで、悪役令嬢であるリシェリアに待っているのは、ほとんどが死だけなのだから。


「……あ、そうだ強制力っ!」

「ん?」


 リシェリアの手の下でアリナが呻く。

 ずっと彼女の口を押さえていたことに気づいたリシェリアは、慌てて手を離した。


「ねえ、アリナ。もしかしたらシオンも強制力で」

「だとしても、早すぎるよー」

「そ、そうよね」


 何とか誤魔化せただろうか。

 そう安堵するリシェリアは気づいていなかった。


 アリナが軽くため息をついて、


「リシェリアたちのことは、観察している方が楽しいからね。いまはいっか」


 と呟いていたことに。



    ◇◆◇



 アリナから時を戻ってきたという話を聞いてから、あっという間に芸術祭の一日目を迎えていた。

 午前中の合唱は成功に終わり、午後の教室での演劇公演も無事に終わった。

 口づけのシーンで思った感触がなかったことになぜかモヤモヤを感じていると、ジェーンに呼びかけられた。


 実は公演中にミュリエルが体調を崩して保健室に行ってしまい、ジェーンに一緒に様子を見にいってほしいと頼まれていたのだ。


 慌てて普段の三つ編み眼鏡の姿に戻ると、ジェーンのあとについて教室から出る。


「あ、リシェ」

「ヴィクトル、どうしたの?」


 控室の前で、ばったりとヴィクトルに出くわした。

 ヴィクトルたちのクラスはお化け屋敷をやっていて、アリナはお化け役を、ヴィクトルは受付を担当してると聞いた。


「いや、ちょっとたまたま通りがかったから、報告がてら来ただけだよ」

「報告?」


 首を傾げていると、ため息を吐いたヴィクトルがジェーンに視線を向ける。

 

「あ、ジェーン様。少しヴィクトルと話があるので、先に行っていてくれないかしら?」

「……わかりました。必ず、来てくださいね」


 ジェーンはチラチラと振り返りながらも、廊下を歩いて行く。


「どこかに行く予定だったの?」

「うん。ミュリエル様が体調を崩したから、様子を見に保健室に」

「ミュリエル様って……ああ、マナス家の。そういえばいまの令嬢も見覚えがあるね」


 金色の瞳がすこし細くなる。これは機嫌が悪い時の顔だ。

 地味な見た目をしているリシェリアが、ミュリエルたちから陰口を言われていたことをヴィクトルは知っている。彼はミュリエルたちをどうにかしたいとよく口にしていたけれど、それをリシェリアが止めていた。


「仲良くしているんだね」

「同じクラスだもの」

「……そう」

「それよりもヴィクトル、アリナの様子はどう?」


 あの日、アリナに約束したとおり、ヴィクトルに彼女の周囲を気にしてもらっていた。特に、シオンが近づいてこないかを重点的に。


「いまのところアンぺルラ卿は見ていないよ。護衛が代わってから、一度もね」

「そう。ありがとう」

「……なにがあったのかは、いまは話せないと言われたから聞かないでいるけどさ、芸術祭が終わった後にでも教えてよ」

「……う、うん」


 リシェリアの返事に、ヴィクトルは物言いたげな顔になる。


「そろそろ、私は行くわね」

「そうだ。明日の講堂での公演は、観に行くから」

「っ、え!?」

「楽しみにしているからさ、へましないでよー」

「ちょっと、ヴィクトル! 演劇は観にこないって約束じゃ」


 もうすでにヴィクトルは背を向けて、歩いて行ってしまっていた。

 その後ろ姿を恨めしく思いながらも、リシェリアは保健室に向かって行く。


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