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第30話 推し活


 文化祭まで残り三週間を切っていた。

 稽古はもう本格的に進んでいて、今日は立ち位置の確認を重点的に整えていた。クラスの出し物である演劇は講堂ではなく教室で行われる。

 ルーカスの棒読み台詞は変わらないままだけれど、それでも彼の動きはまるで童話の王子そのもので、棒読みの台詞にさえ目を瞑れば見えるようにはなるだろう。

 

「ミュリエル様、それってっ」

「ええ、例の推し活グッズ、ですわ」

「まあ、試されているのですね」


 推し活グッズ?

 衣装係の令嬢たちが集まって話しているところに出くわした時、前世で聞きなれた言葉に思わず足を止める。前世のリシェリアにとって馴染みある単語ではあるものの、この世界では耳慣れない言葉だ。

 それなのにどうしてミュリエルが「推し活」を知っているのだろうとつい食い入るように見つめてしまったからか、その視線にすぐミュリエルが気づいた。


「リシェリア様。もしかして、推し活というものをご存知ですか?」

「え、いや、その……」


 知っているけれど、ミュリエルの知っているそれと同じとは限らない。

 言葉に詰まっていると、彼女はリシェリアが知らないことだと判断したようで話しを続ける。


「最近王立学園の生徒たちの間で流行っているのらしいのですわ。わたくしも噂を聞いて試していますの」


 そう言いながらミュリエルは腕に付けたブレスレットを見せてくれる。緑の欠片を散りばめたようなデザインのブレスレットだ。


「これはこっそり想い慕う方をイメージした推し活グッズですの」


 推し活グッズ。


(いや、それよりも緑色って、もしかして――)


 緑といえば真っ先に思い浮かべるのがルーカスだ。

 彼女はルーカスの婚約者であるリシェリアに、昔から何かと突っかかってきた。

 だからついブレスレットを目で追ってしまっていた。それに気づいたミュリエルが、ふっと優しそうな笑みを浮かべる。


「わたくしが想い慕う方は、ルーカス殿下ではございませんわ」

「っ、そう、なのですか」

「ええ。わたくしは五歳まで、領地で過ごしていましたの。そこで出会った平民の殿方の瞳の色が、ルーカス殿下よりも深い緑色だったのです」

 

 言われてみれば、緑と言ってもルーカスの瞳より少し濃い色だ。


「ミュリエル様の想い慕う方というのは、もしかして」

「……わたくしたち貴族の結婚が、自由ではないのはリシェリア様もご存知ですよね?」

「……はい」


 貴族は血筋を守るため、または一族の繁栄や維持のために、当主に決められた相手と結婚する。それが当たり前で、自由恋愛など夢のまた夢だ。

 たとえ心に想う人がいたとしても、その想いが報われることはない。


「わたくしは幼少期一緒にいたその平民の殿方に惹かれていましたの。いま思えば淡い想いだったのでしょう。ですが相手はただの平民。結ばれるはずがない。幼い心ながらにそれに気づいたわたくしは、彼と距離を置くことにしたのです」


 そう語るミュリエルの瞳は遠くを見て懐かしんでいるようで、少し温かいものを感じる。


「それからわたくしは公爵令嬢の義務を全うしようと努めて参りました。そのために父の願いであった王太子殿下の婚約者の座を狙っていたのですが、王家が選んだのはマナス家ではなくオゼリエ家でしたわ。……リシェリア様、わたくしはあなたを初めて目にした時からずっと憤りを感じていました。その見た目もそうですが、あなたは王太子の婚約者の座に執着があるようには見えませんでしたので」


 ミュリエルと初めて会ったのはルーカスと婚約をした後だった。

 初めての挨拶の時に、キッとにらまれたのをいまでも覚えている。


「ですがそれは間違いでした。いままでの無礼をお詫びします。リシェリア様、申し訳ございませんでした」


 立ち上がると、ミュリエルが頭を下げた。いつもの取り巻きたち――ミュリエルの友人たちもつられて頭を下げている。


「許しますので頭を上げてください」

 

 頭を上げたミュリエルは憑き物が落ちたような顔をしていた。前までの彼女では考えられない、穏やかな表情だ。


「わたくしはきっと、推し活に出会わなければ己の過ちに気づいていなかったのでしょうね。先ほども言いましたが貴族は自由な恋愛はできません。心で想うことすら許されないことだと思っていたのです。――ですが、それはどうやら勘違いだったらしいのですわ」


 貴族が自由な恋愛をできないからといって、心まで欺くことはできないだろう。

 そのための推し活。


 前世では好きなアイドルやキャラクターを応援したりすることを「推し活」と表現していたけれど、この世界ではどうやら許されない恋の相手をひっそり想うことをそう言うらしい。

 どうしてそういう表現になったのかはわからないけれど、自由な恋愛ができない貴族令嬢にはそれが新鮮に映ったのかもしれない。


 たとえば平民に想う相手がいたとしても、平民と貴族が結ばれることはほとんどない。隠れた血筋とか、よっぽど優れた――それこそ、珍しい魔法が使えるとかでもなければありえない。

 貴族の結婚でもそうだ。憧れの子息子女がいたとしても、互いの利害が一致しない限り結ばれることは希だ。


 だけどひっそりと心の片隅で想っていたい。 

 そんな結ばれない相手だからこそ、イメージカラーのグッズを身につけることにより少し身近に想うことができる。それを一時の安らぎにしているのかもしれない。


「想う心は別らしいのです。ひっそりと、想い人の色をイメージしたグッズを持つことぐらいは許されてほしいのですわ」

「……そうですね。想うことは、別ですから」

「リシェリア様も、そんな相手がいらっしゃるのですか?」

「……私は……」


 ミュリエルの問いかけに答えようとしたところ、背後から名前を呼ばれた。


「リシェリア。そろそろいい?」


 振り返るとルーカスがいた。

 そろそろ約束をした練習の時間だ。


「リシェリア様、応援していますわ」


 ミュリエルの応援に曖昧に微笑む。彼女が応援しているのはきっとルーカスの演技がより良いものになることだろう。

 だけど数日前からルーカスとふたりで演劇の練習をしているけれど、彼の棒読み演技が改善される兆しはいまだに見えない。


(……どうしたらいいんだろう)


 気が重く感じながらも、リシェリアはルーカスの後について行った。


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