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ファンタジーの裏歴史

作者: 雨澤はる


 ファンタジーの裏歴史は有名だと思うのですが、検索しても出てこないし、ファンタジーの文献にあたっても見た記憶がありません。

 そこで、「本格ファンタジーを書きたい」と思っている皆さんに、ファンタジーの裏歴史をちょっとお教えしたいと思います。参考になれば幸いです。なお、ここでいうファンタジーは、大人向けファンタジーのことです。

 登場人物は4人。ひとりめ、作曲家のワーグナー。ふたりめ、学者で小説家のトールキン。さんにんめ、SF作家のル=グウィン。最後が、アニメ監督の宮崎駿さんです。


 さいしょは作曲家のワーグナーです。

 19世紀に活躍し、ナチに利用されまくった大作曲家ですが、この人とんでもない作品を残しています。『ニーベルングの指環』というオペラです(正確にはオペラではなく「楽劇がくげき」といいます)。この作品こそが近代ファンタジーの始祖だと思われます。「なるほどそうか、『ニーベルングの指環』というオペラのDVDを借りてくればいいんだな」と思ったあなた、ちょっと待って。

 オペラ『ニーベルングの指環』は、通して見ると14時間かかる超大作です。「えっ、14時間? どうやって上演を?」と思われたあなた、とても正常な感覚の持ち主です。

 ニーベルングの指環は、4作からなっています。1作目「前夜祭 ラインの黄金」、2作目「第一夜 ワルキューレ」、3作目「第二夜 ジークフリート」、4作目「第三夜 神々の黄昏」の4作です。通常、1日に1作ずつ上演されます。

 なお、主要DVDはほぼ廃盤なので、見るときは図書館で借りるか配信になると思うけど、この順番で見てね。CDのハイライト盤は、音楽の良さは分かっても内容は頭に入って来ないので、DVDか配信をおすすめ。WOWOWあたりだと、数年に一度放送しているようなので、その期間だけ加入するのはありです。NHKはここ10年くらいニーベルングの指環4部作を放送していません。ワルキューレの放送があったくらいかな。

 このニーベルングの指環4部作、見るととてつもなく面白いんです。雨澤は20歳くらいのころNHKで放送されたものをVHSに録画して見ましたが、最初こそ退屈だったものの、最後の『神々の黄昏』では泣いていました。そして、震えるほど感動しました。

 クラシック音楽界は、ワーグナーの登場によって二つに分断されました。ワーグナー派と反ワーグナー派に。ワーグナー派の代表的な作曲家がブルックナーやマーラーです。反ワーグナー派の代表的な作曲家がドビュッシーやラヴェルです。ワーグナーの影響はそれほど大きかったのです。

 さて、このニーベルングの指環のあらすじはこうです。「世界を征服する力を持った指環を巡って、神々や、人間たちや、小さい人たちなどの愛憎劇が繰り広げられる」といったところでしょうか。

 トールキンの『指輪物語』に似ていますね。ニーベルングの指環と指輪物語は、同じ神話をモチーフに作られたので似ていて当然です。

 ワーグナーのニーベルングの指環4部作を、近代ファンタジーの初代チャンピオンに認定して良いでしょう。あるいはゲーテから始めてもいいのですが、『ファウスト』は現代では通用しないだろうと考えて外しました。モーツァルトのオペラ『魔笛』は、なんとなく外しました。

 ワーグナーの影響下にあるファンタジーを、「ワーグナータイプ」と呼びましょう。


 ところで、ニーベルングの指環には、致命的な欠点がいくつもあります。

 たとえば、この作品のあらすじ、上記以上に詳しく書けません。ネタバレになるからとかではなく、現代のモラルにあきらかに反しているからです。書いたら「えっ? 18禁?」というような内容がてんこ盛りです。「なんでもあり」がワーグナータイプの特徴といっていいでしょう。内容を詳しく知りたい人はウィキペディアへどうぞ。

 具体例を少々あげるなら、この作品には、ニーベルング族という小さい種族が出てくるのですが、その人たちを「醜い小さい人」と平気で呼んで差別意識丸出しだったり、単純な善悪二元論に陥っていたりと、本当に欠点だらけです。

 ですが音楽は本当に美しい。この世のものとは思えない壮麗さです。

 ワーグナーは史上最高の作曲家のひとりです。


 そのワーグナーに挑んだのが、トールキンです。

 トールキンは、ワーグナーがモラルを無視して好き勝手にやったのを観察したのでしょう、倫理的にほぼ問題がない、ファンタジー小説『ホビットの冒険』と『指輪物語』を産み出しました。

 トールキンの作品群は、多くが映像化されていて見た方も多いでしょうから、あらすじは書きません。とても感動的な作品ですね。とくに、指輪物語を読んで、「ああ、ぼくはファンタジー小説を読むために生まれてきたんだ」としみじみ思ったものです。

 トールキンの指輪物語の登場によって、それまで存在しなかった「大人向けファンタジー小説」というジャンルが成立してしまったことは驚嘆すべきことです。呆れるよりほかありません。

 ワーグナーが小さい人の種族、ニーベルング族を「醜い小さい人」と設定したのに対し、トールキンは小さい人、ホビット族を「純朴な存在」と設定し、ワーグナーが陥った善悪二元論を器用に避けたように見えます。

 トールキンは『指輪物語』を擁して、ワーグナーを破り、ファンタジーの2代目チャンピオンになりました。

 トールキンの影響下にあるファンタジーを、「トールキンタイプ」と名付けましょう。


 ですが、ワーグナーが陥った善悪二元論を、トールキンが器用に避けたのは『ホビットの冒険』までです。ホビットの冒険では、ゴラムやオークやトロルは、自然界に存在する脅威程度の描写です。いなくても作品は成立します。

 ところがトールキン、後日談の指輪物語を書くときに、(作品のスケールアップが狙いでしょう)ゴラムやオークやトロルを悪の存在ともとれるように書いてしまいました。単純な悪ではないのですが、結局、ゴラムたちは悪い存在に変わってしまったのです。

 ワーグナーが陥った善悪二元論に、トールキンもハマってしまったのです。


 そのトールキンに挑んだのが、SF作家のル=グウィンです。

 彼女は、トールキンの指輪物語が善悪二元論に陥っていて完全ではないことに気がついたのでしょう。そこで彼女は、ファンタジー小説『ゲド戦記 影との戦い』で善悪二元論の克服に挑戦し、みごとに成功しました。

 宮崎駿監督はゲド戦記からの影響を隠したりしませんし、映画『スター・ウォーズ』シリーズもゲド戦記の影響下にあるように見えます。

 こうして、ル=グウィンはファンタジーの3代目チャンピオンになりました。

 ル=グウィンの影響下にあるファンタジーを「グウィンタイプ」と名付けましょう。


 ですが、ル=グウィンのゲド戦記にも弱点があります。

 モラルを重視し善悪二元論を克服した結果、作品がお上品になりすぎてしまい、娯楽作品としては少々退屈になってしまったのです。


 そして、ル=グウィンに挑戦したのが宮崎駿監督です。

 宮崎駿監督は、「善悪二元論を克服し、なおかつ面白い娯楽作品を作るぞ」と思ったのでしょう。そうして、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』などを世に送り出しました。

 宮崎駿監督はインタビューなどでよく、『指輪物語』や、それを映画化した『ロード・オブ・ザ・リング』の悪口を言っていますが、おそらく「いつまでも古典をありがたがってるんじゃないよ」という思いからのことでしょう。でも、その彼も、『崖の上のポニョ』を制作中に、ワーグナーのワルキューレのCDを聴いていましたよね。NHKのドキュメンタリーで見ましたよ。トールキンはダメで、ワーグナーはええんかいッ!

 こうして宮崎駿監督は、ル=グウィンを破り、ファンタジーの4代目チャンピオンになりました。

 彼が現役のファンタジーのチャンピオンだと推定します。

 宮崎駿監督の影響下にあるファンタジーを「ミヤザキタイプ」と名付けましょう。


 さて、お気づきになられましたか。

 ファンタジー界では、挑戦者が王者に挑み、打ち破ることによって、ファンタジーの欠点を少しずつ潰して、基準を引き上げてきたのです。そうやってグレードアップしてきた、これがファンタジーの裏歴史です。


(しまった。ル=グウィンと宮崎駿の間にジョージ・ルーカスを挟むべきだったかな。でも『スター・ウォーズ』シリーズは純然たるファンタジーと言えるのだろうか?)


 この裏歴史があまり知られていないのは、作品が多分野に渡るからではないでしょうか。オペラ、小説、アニメ映画ですからね。

 雨澤はたまたま全作品に触れていたので、裏歴史を知っていたのです。


 ぼくは、「小説家になろう」系のネット小説をあまり読みませんが(読書ペースがたいへん遅いのでアマチュアの作品まで手が回らないのが実情です)、おそらく、なろう系の小説の多くは、なんでもありの「ワーグナータイプ」で勝負しているのではないでしょうか。

 ぼくはそれを一概に悪いことだとは思いませんが、本格ファンタジーをこころざす人は、ワーグナータイプではなく、ミヤザキタイプで勝負すべきでしょう。そうでなくとも、少なくともトールキンタイプかグウィンタイプであって欲しいと願っています。

 宮崎駿監督も、『ルパン三世 カリオストロの城』や『天空の城ラピュタ』など、善悪二元論の作品も作っています。気晴らしにそういう作品を創作するのはアリですが、そればっかというのはどうでしょう。歴代の挑戦者たちが必死にファンタジーの欠点を潰してきた労苦を、産みの苦しみを、なんとも思わないのでしょうか。

 ワーグナータイプは時代遅れなのです(音楽はほんとうにいいですよ)。


 ですが、宮崎駿作品にも致命的な欠点があります。

 それは、彼の作品を見るとなかなか現実に戻ってこられないことです。

 たとえば、ぼくが『もののけ姫』を見ると、1週間くらい心が作品のなかに入ったままで、なかなか現実に戻ってこられません。トールキンの『指輪物語』を読んだときは、翌日には現実に引き戻されます。読み返すとまたすぐに「中つ国」に舞い戻るのですが、いずれにせよ、読んで1週間も引きずられることはありません。

 つまり、宮崎駿監督は、観客を現実に戻すのが下手なのです。これが宮崎作品の最大の欠点であると思われます。


 観客を現実に戻さない(戻せない)ことの何が問題なのか。

 これは、ファンタジーの本質そのものに関わるものです。

 原始時代、トラウマを抱えた子供がいたとしましょう。好きな人に振られたとか、病気がちだとか、お腹が空いているとかで。その子供が、「魔法使い」や「妖精」や「ドラゴン」を夢想して、現実逃避して、少しだけトラウマを癒やして、現実に帰ってくる。これがファンタジーの基本的な原理です。

 そう、現実逃避にはトラウマを癒やす力があるのです。そして、現実逃避の傾向が一番色濃く出るジャンルがファンタジーなのです。ですから、ファンタジー以外のジャンルの作品も、現実逃避の傾向が強いと、「心あたたまるファンタジー(読むとたいていファンタジーではない)」とか「○○の魔法(まず魔法使いは出てこない)」などと宣伝されたりします。あっ、現実逃避のしすぎは良くないですよ。何事もほどほどが肝心ですよ。

 話を戻して、狩りの最中の成人男性が現実逃避したらどうなるでしょう。そうですね、肉食獣に襲われて死亡です。ですから、現実逃避は子供にだけ与えられた特権だったのです。大人に守られている子供だからこそ、現実逃避が可能だったのです。

 世界各地に大人になるための通過儀礼があるのは、「これからはお前たちも大人だから、もう現実逃避はやめなさい」という意味もあるのでしょう。

 大人になったら現実逃避をやめる、この慣習は近代まで続いたと思われます。

 その掟を破ったのがトールキンです。

 彼の『指輪物語』は世界中で大ヒットして、「いい大人が現実逃避してもいいじゃん。もう原始時代じゃないんだから」というムーブメントを起こしました。

 とはいえ、いくら原始時代ではないとはいえ、現実逃避を続けていたら危険なのは自明です。家を出れば、気を付けなくてはならないものがたくさんありますからね。自動車や暴漢や……、子猫など。

 というわけで、宮崎作品の、「なかなか現実には戻れない」は少々危険なのです。現実に戻れないということは、現実逃避しっぱなし、ということですからね。


 そして、現代の本格ファンタジーに課せられたミッション、それは宮崎駿さんに挑戦し、打ち破り、ファンタジーをグレードアップさせること。

 でもまぁ、宮崎駿監督までで、ファンタジーの問題点はだいたい片づいてしまっているんですよね。それでも、宮崎駿監督には、観客を現実に戻すのが下手という欠点があるし、探せばほかにも欠点があるかもしれない。

 さあ、みんなで宮崎駿監督に挑みましょう!

 えっ、「ムリムリムリムリ!! 宮崎駿監督に勝つなんて絶対ムリ!!」ですって!? ぼくが思うに、宮崎駿監督は、たぶん待ってますよ。知恵と勇気のある挑戦者をね。彼だって若いころは、無謀にもル=グウィンに挑戦する下っ端アニメーターに過ぎなかったわけですから。

 かくいうぼくも、挑戦者のひとりです。勝てる見込みは、まぁ99%以上ないんだけど。でもゼロでない以上、戦いを挑みます。

 でも雨澤は、読むのも書くのも遅いんだよなあ。


 宮崎駿監督に挑む気のない人は、好きなだけワーグナータイプ、つまりなんでもありのファンタジーを書けばいいと思います。ぼくは強制はしません。また、子供向けファンタジーを書いているひとも、このエッセイはあまり役に立たないでしょう。

 でもね、「せっかく宮崎駿監督と同時代に生きているという幸運に恵まれたのに、そんでファンタジーの作り手なのに、チャンピオンに挑まないの? もったいないな~」と雨澤は心底思います(ぼくはアマチュアの上、まだ長編を一作も完成させてないけれどね)。

 ほんと、もったいないですよ。


 以上、ファンタジーの裏歴史でした。

 このエッセイが何かの役に立ったのなら望外な幸せです。

 なお、雨澤の読書量の少なさから、間違いや抜け落ちている点が多々あるでしょう。それらに気がついた人に言います。

「自分で書いてください。それをネット上で発表してください」以上です。


 皆さんの健闘を祈ります。



   おわり



2022年3月上旬

世界情勢を憂いつつ記す




追記


 ニーベルングの指環のDVDが廃盤だと書きましたが、調べ直したところ、ジェイムズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場の手堅い上演のものが復刻されていました。たいへん失礼しました。

 2022年現在、「ラインの黄金」「ワルキューレ(「ヴァルキューレ」表記)」「ジークフリート」「神々の黄昏」の4部作の廉価盤が、バラで発売されています。全部合わせて1万円ちょい、値引きしているところで買えば1万円を切るようです。

 この上演の演出はオーソドックスで、初心者には最適かも知れません(オペラはここ数十年、ヘンテコな演出が多いが、これは大丈夫)。ですが、このメトロポリタン歌劇場の上演のものには2つ弱点があります。1つ、テレビサイズ収録であること。ハイビジョンテレビで見ると画面の左右がカットされます。まぁ、これは許容範囲ですかね。2つ……はぁ、言いたくないけれど、この上演の指揮者、ジェイムズ・レヴァイン氏がその後、セクハラで干されたこと。しかも、容疑が普通のセクハラじゃないんだよなあ(普通のセクハラでももちろん大問題ですがね!)。

 どんなセクハラかは、ここではちょっと書けないので、自分で調べてください。

 今現在、ニーベルングの指環4部作を新品のDVDで見ようとしたら、このジェイムズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場のDVDしかないようなので、諦めて買いましょう。指揮者は大問題だけど、オーケストラや歌手や演出など、上演に関わったほかの人たちに罪はありません。


 ちなみに、オペラの輸入盤のDVDやBDは、日本語字幕がついていない場合がほとんどなので、初心者は手を出さないほうがいいと思います。

 上記のメトロポリタン歌劇場のDVDは国内盤なので、もちろん日本語字幕はついていますよ。



おわり



2022年3月中旬




追記2


「ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』を見てみたいが、いまさらDVDを買う気になれないなぁ」というファンタジー好きのみなさん。

 超のつく朗報です。


 アマゾンのプライムビデオで、ワイマール国立歌劇場の楽劇『ニーベルングの指環』4部作が、なんと1020円で売られています(2025年3月28日現在)。

 安すぎて、「何かあるのでは?」と勘ぐってしまうレベルです。


 このワイマール国立歌劇場の指環は、2008年上演のものなので、とうぜん映像はハイビジョンで、音声も5.1チャンネルです。

 この2点は、レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場のDVDに対するアドバンテージです。


(実は、メトロポリタン歌劇場の指環は、ハイビジョン制作の新しい録画があるのですが、なぜか日本では発売されていません)。


 デメリットも書いて起きましょう。

 ワイマール国立歌劇場の指環は、字幕に誤字脱字が少々アリ、また誤訳も少しあったように思います。

 ですが、値段を考えれば許容範囲です。

 歌手とオーケストラと指揮者は、頑張っていますが、やや平凡です。

 これも、値段を考えれば許容範囲です。


 問題は演出です。

 オペラのヘンテコな演出のことを、「現代的演出」や「読み替え演出」というそうです。

 中世の騎士や神話の神々などが、Tシャツにジーパンや、スーツなどの格好で舞台に立ったり、あるいは、舞台を違う国や時代に置き換えて上演したりするので、「現代的演出」や「読み替え演出」と呼ばれているそうです。


 なぜそのような演出が流行っているのかといえば、予算が少ないことが原因のようです。

 たとえば、ニーベルングの指環は、神話の時代の物語です。古典的な演出をしようとすれば、出演者全員の衣装や、小道具や、豪華なセットを一から作らなければなりません。

 それには、メッチャお金がかかる。


 ということで、予算が足りない場合は現代的演出・読み替え演出の出番、ということらしいですね。

 Tシャツやジーパン、スーツなどは、既製品を使えば安く上がりますからね。

 それで現代的演出・読み替え演出が流行っているのですね。


 さて、ワイマールの指環……残念ながら現代的演出・読み替え演出です。

 神話の時代なのに、ポットが出てきたりします。いささか興ざめです。

 正直、指環の初心者に、この上演は勧めたくありません。


 しかし、安い上にディスクレスで見られる。

 最近の若い人は、DVDプレーヤーすら持っていないという話。

 う~ん……。


 メトロポリタン歌劇場のDVDを買いたくない人は、このワイマール国立歌劇場の指環でいいので、1020円で買って見てください。

 ヘンテコな演出でも、ワーグナーの偉大さの片鱗は伝わると思います。

 また、メトロポリタン歌劇場のDVDを持っている人も、この値段なら、見比べるのに買って損はないでしょう。


 ニーベルングの指環を見て、ワグネリアンになるのも一興、アンチになるのもまた一興です。(ワーグナーの熱狂的なファンのことを「ワグネリアン」と言います)。

 見たうえで「ふ~ん、興味ないね」と無視するのはご自由ですが、それは、見もしないで無視しているのとは次元の異なるものです。


 プライムビデオで、「ニーベルングの指環」か「ワーグナー」で検索すると出てきます。

 1020円で買える今がチャンスです。

 ぜひ、買って見てください。


 それにしても1020円か。

 どうしてこんなに安いのだろう?

 よほどDVD・ブルーレイが売れなかったのかな?



 余談になりますが、近代ファンタジーのチャンピオンは、ゲーテから始めるとすると、演劇(『ファウスト』)、オペラ(『ニーベルングの指環』)、小説(『指輪物語』)、小説(『ゲド戦記』)、アニメ映画(『もののけ姫』等)と来ていますね。

 次のチャンピオンは……、ひょっとするとゲームかな?



おわり



2025年4月上旬





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