第9話 イジメられっ子、メンチを切る
「2年3組の志賀泰造くん……よね?」
「は……はい。3年2組の松本唯音さん? なんの用ですか?」
「……ちょっと話したいことがあって」
彼からは、なぜか怯えているようなオーラが放たれていた。そのオーラは、見えない壁や境界線のように感じられた。彼の、僕に対する尋常じゃないほどの警戒心が感じられた。
ただでさえコミュ力なんてないのに、こんなにも露骨に話しかけないでオーラを出されては、言葉に詰まってしまっても仕方がないだろう。僕は声をかけたはいいものの、黙りこんでしまった。
彼は足早に僕の横を通ろうとした。一言もなしに立ち去ろうなんて、なんてイヤなやつなんだと思った。だが、ここで逃がす訳にはいかない。高みを目指すためには、仲良しこよしではダメなのだ。実力ある者を引きいれるとき、そこに好き嫌いといった感情は関係ない。
「おい、お前文化祭でバンドやるんだろ。僕たちも出るためにそちらさんを蹴落とす覚悟と実力があるけど、中学生活最後の大舞台を潰されるなんてどんな気分だ?」
僕は鋭い睨みを効かせ、ガラにもないヤンキー口調で殺意を向けた。僕の顔を見た彼の目は、どこか笑っていた。食いついたのだ。
「やれるもんならやってみな。手も足も出ねぇまま、悔し涙を流すことになるのはお前の方だぜ」
彼はヲタク独特の早口でそう言いかえしてきた。思惑通り、彼はこのネタを知っていた。これは最近流行ったアニメのワンシーンを模したものだった。
彼からは僕に対する警戒心が消え失せていた。そう、話せば分かるのだ。
「バンドやりたいんですか、松本さん。でもごめんけど、俺はもうガチピュアっていうのに入ってるんです」
「知っとーよ。やけんお誘いにきた。うちのバンドに来ん?」
「もう組んどっとですか?」
「おん。あとドラムだけ」
彼の目は迷っていた。まだ可能性はあると感じた。だが逡巡したあと彼は、こう言った。
「僕たちがバンドをすっとば三年の不良に知られて、つまらん演奏ばしたら殴るって脅されてるんです。今更バンドば抜けたら、メンバーともどもイジメられんか不安です。いやもうイジメられとるばってん、エスカレートせんか怖いです。本当はそのせいでバンドばすること自体怖かったとですけど、同じ闇属性の同級生とか後輩たちに、自分たちの実力を学校中に知らしめたいからと説得されて意を決しただけやけん、裏切りたくもないです」
「凄い人は人と違うけんいじめられるもんやろ。それにどうせイジメとるとるとは、それに不良のアイツら頭悪いけん気にせんちゃよか。それに、イジメられっとはいつも主人公ばい。イジメられるだけの特異な才能があるからやろ」
僕の言葉に、彼は笑った。その笑いは、不意打ちを食らって妙に納得してしまった恥ずかしさや、驚きを隠す笑いだった。
「1本取られた」
そう言って彼は頭を2度ほど掻いた。
「ガチピュアが名前と違って色物じゃなか実力派なんも知っとーし、即断即決させるつもりもなか。まず僕たちのバンドの実力ば見てからでも遅くなか。実力を見せつけたいのが動機なんやったら、実力で後輩の許ば離れるとも道理やろ」
「そうやね……じゃあ動画とかある?」
「ある。昨日撮った」
志賀泰造……ガチピュアのドラムで怖い見た目とは裏腹に、ネタに乗っかる茶目っ気がある。
モデル……真矢。