第5話 連絡先
黒木みかさを探すも見失ってしまった唯音。どうしてもバンドに誘いたい唯音は、担任の教師から連絡先を貰うため、職員室へ出向く。
テストのあと、僕は1人で考えこんだ。なぜ、みかささんが学校に来たのかについてだ。彼女は、話に聞く限りでは、中学に上がる前から不登校であり、中学には1度も来たことがないようだった。
彼女がなぜ、中学3年のこの時期に登校したのか、その意味を考えた。普通に考えればテストを受けるためだろうが、僕はそうでは無いと思う。もしそれが理由であるならば、過去3年間に於いても、テストを受けに来ている筈だ。希望的観測かもしれないが、彼女は文化祭でバンド演奏をしたいのではないだろうか。
不登校といえば、引きこもりがセットになっている印象がある。その裏付けとしてみかささんはかなり小柄だった。きっと日頃から体を動かす習慣がないのだろう。
だとすれば、ヲタクの僕よりも狭い世界で生きている彼女が、バンドなんて組むことは難しかろう。もし彼女がテスト中に歌詞を書いた理由が、音楽好きだからであるならば、そして文化祭でバンド演奏が行われることを知っていたのならば、僕は彼女と仲良くできそうだ。
そう思って僕はすぐさま学校中を探したが、彼女は見つからなかった。だから僕は教師に連絡先を聞くことにした。僕はその日の授業を終えてから、職員室に行った。
3年2組の担任の二井先生。つまり僕とみかささんの担任な訳で、担任であるなら連絡先くらいは知ってるだろうという算段だ。
「こんこん。あ、校長少しいいですか?」
「口でこんこんなんてあざとかぁ。どがんしたね?」
「二井先生はいますか?」
「あぁ、あそこにおるよ。一枝くん、2組の唯音くんだよ」
どうでも良いが、二井一枝という名前を聞くと、いつもこう思う。まるで外国人のような名前だ。
「あぁ唯音くん。なに用ね?」
「先生って、神は死んだとか言ってそうな名前ですよね」
「そがん下らんことば言いにわざわざ来たとね?」
九州の方言は、少しキツイ。言い詰められたように感じるが、これは普通のやり取りだ。そんなことはどうでもいい。僕はそんなことを言いにきたわけではないのだ。
「黒木みかささんの連絡先を教えてほしくて……」
「みかさちゃんねぇ。知っとーけど個人情報やけん、教えれんばい。理由次第では教えてもよかばってん」
「みかささんと、文化祭でバンドやりたいなぁって思ってて。その、みかささん、バンド好きなんじゃないかって思ってるんです」
「なんでみかさちゃんがバンド好きと思ったと?」
二井先生は僕に質問した。先生は何故か少し微笑んでいて、何かを期待しているような感じだった。先生は僕の母親がV系バンド狂いなのを知っているし、最近の僕が、Almeloの音楽ばかりを聴いているのも知っている。だからやっぱりみかささんは、文化祭でバンド演奏をして、思い出を作たいから登校してきたんじゃないかと思った。先生ならば、みかささんが登校してきた理由を本人に聞いていても、何ら不思議では無い。そして先生なら、不登校のみかささんが校内でバンドメンバーを見つけることがほとんど不可能であることも、分かっているだろう。
だからこそ、僕がバンドメンバーに誘おうとしていることに、こんなにも嬉しそうな顔をしているのだろう。
でも言っていいのだろうか。テスト用紙の裏面に歌詞を書いていたなんて、教師からしたら落書きじゃないか。みかささんは怒られはしないだろうか。
僕が口ごもっていると、二井先生は優しく微笑んだ。
「唯音くんは優しか子ったいね。みかさちゃんが怒られんように黙っとっちゃろうが?」
「え、知ってるんですか。テスト用紙に私的なことを書いてたって」
「表面には名前すら書いとらんかったばってん、名前ば書いとらんとはみかさちゃんだけやけん分かっとっとよ」
「まぁ……普通に考えたらそうですよね。テストを回収してるし、なんならテスト中は教室にいるんだし知ってるに決まってます。でも……」
「でも万が一唯音くんのせいでみかさちゃんが先生に怒られて、学校に来るのが嫌になったら……って言いたかっちゃろ?」
先生はそう言うと笑った。先生はなぜか楽しそうだった。そしてひとしきり笑ったあと、こう言った。
「みかさちゃんも文化祭でライブばしたがっとるばい。連絡先教えてあげるけん、話してみんね。みかさちゃんも喜ぶよ」
二井一枝……唯音ら3年2組の担任。
名前のモデル……フリードリヒ・ニーチェ。