勇者8
すると、奥にいた黒のローブが動き出した。
泣いている子どもの元に来る『ウルサイ』と言って木のような触手で殴った。子どもたちは意識を失い静かになった。
木の触手はスルスルとカナタに巻き付いて、持ち上げられると黒のローブの元へと運ばれた。
「ユキノ……、カナタ」
名前を呼んだが子どもたちは返事をしない。
男は立ち上がろうとしたが激痛で立ち上がれず、膝が床についてしまった。それでも椅子に手をかけ立ち上がった。その時……
「うっ……」
妻の苦しそうな声した。
慌てて、妻のほうを見ると黒のローブから伸びた木の触手に妻が殴られていた。妻の顔は真っ赤に晴れて動かなくなった。
男は身体の痛みを忘れて妻に駆け寄り、彼女の口に触れた。妻の呼吸が正常であることを確認すると彼は安堵した。
『オ前モ反逆スルノカ』
冷たい心のない声が頭に響きわたり、男は黒のローブを見た。
黒のローブは木の触手で意識のない子どもを指さした。
『反逆者ノ子ハ排除スル』
男は黒のローブに殴り掛かりたい気持ちを手を握りしめて抑え込んだ。
『オ前ハ息子ガ勇者ノパートナー二ナレテ、嬉シイナ』
男は気絶する妻を横目に無理やり笑顔をつくると大きく頷いた。
『ナラバ』黒のローブは男向かって大きな鉈を投げてよこした。『反逆者二首ヲ切レ』
その言葉に男の動けなくなった。相手の言っていることを頭が受け入れるのを拒否した。
『首ヲ切レ』
再度黒のローブの言葉が頭に響いた。
男が動けずにいると、カナタを捕まえている黒のローブの触手がユキノの方に伸びた。
「ま、待ってください」
震える声で言うと男はゆっくりと鉈を持った。その刃は鋭く光っていた。
「あ、あなた……」
妻が目を覚まして、男を見た。彼女が目覚めてことは嬉しかったが悲しかった。
彼女の手がゆっくりと男の頬に触れた。それは暖かく優しいものであり、彼の目から涙があふれてきた。
――できない。
男が鉈を床に置こうとした瞬間、彼女が鉈の柄に触れた。
「子どもたちを守って」そう言って、妻は鉈を勢いよく自分の首に持っていった。しかし、力が入らず鉈は彼女の首の四分の一程度で止まった。
「うぅ……」
妻は苦しそうに声を上げた。首からはどくどくと血が流れ彼女の服を赤く染めていった。
「あぁぁぁ」男は大きな声を上げると鉈に力を入れて妻の首を胴体から離した。真っ赤な血で男も床も家具も染まった。
『オ前ノ忠誠心ハ認メル。息子ガ勇者ノパートナーヲヤメタ時ハ娘モオ前モ排除スル』
そう言って、黒のローブはカナタと妻の死体を持って去っていった。
そこからの記憶はない。気づけばいつものベッドで寝ており、ユキノは隣で安らかな寝息を立てていた。
慌てて、居間へ行くと綺麗に片付き血の跡もなかった。
「夢か」
そう思い妻とカナタを探したが部屋のどこにもいなかった。考えていると「父さん?」というユキノの声がした。
「どうしたん?」彼女は首を傾げて男を見た。「母さんとカナタは?」
男が唸ると、ユキノは「探しに行きたい」と服の袖を引っ張るので彼は頷いた。
家を出ると勇者村の前にある広場の方から 騒がしい声が聞こえた。
男は不思議に思い、向かうと驚愕した。
妻の首がさらしてあった。その横には立て看板があり『反逆罪。勇者のパートナーとなった息子を誘拐しようとした』
男は慌ててユキノの目をふさぐと、走って家に戻った。
キョトンとして首を傾げる彼女の様子を見て、安堵した。そして、覚悟を決めた。
「ユキノ、カナタは勇者様のパートナーに選ばれた」男はユキノの肩に両手を置いて微笑んだ。「素晴らしきことなんだ。だから魔導士様のもとへ修行に行った」
「すごーい」ユキノは目を輝かせて言った。そんな彼女に男は罪悪感を持ったが首を振り深呼吸をした。
「しかし、お母さんはそんなカナタを勇者様のパートナーにしたくなかったんだ」
男が眉を寄せて困った顔をするとユキノは「なんで?」と首を傾げた。
「どこかに連れて行って売ろうとしたんだ」男の胸は刃物で刺されたように痛んだ。しかし、言葉を続けた。「だから勇者村の方々に捕まった」
「売る……?」幼いユキノには意味が分からなかったようで、言葉を繰り返して首を傾げた。
「カナタを他の人に渡してお金にしようとしたんだ」そう言い切った男の心は剥ぎ取られえて痛みを感じなくなった。
「えー。母さんダメだ」
「だから、お母さんとは会えないよ」
「そっか」
ユキノは妻を罵った。
それに男は笑顔で頷いた。
ユキノが独り立ちした今、男にとって自身に価値はなかった。
ふらふらと外出ると、家の横にある倉庫を見た。そこには妻を殺した鉈が入っている。
「あら」
突然、声を掛けられビクリと身体を動かし振り向いた。そこには、赤いワンピースを着た真っ赤な髪の女性が立っていた。
その目立つ風貌に男は目を見開き思わず一歩下がってしまったが、小さく息を吐いて笑顔作った。
「こんにちは」男は頭を下げた。「娘さんはご出発なされたのですね」
「ええ」女性は寂しそうに笑った。「貴方のご子息も勇者様を追いかけていったのでしょう」
「まぁ……」男は頭をポリポリとかいて下向いた。
「お互い嫌な親を演じるのもこれで終わりね」
男は女性の言葉に首を傾げた。
「あら、演技じゃなかったの?」彼女はイタズラした子どもの様に笑った。「子どもがパートナーを辞めて家にいたいって言わないように居心地の悪くしてたんじゃないの?」
女性は一仕事終えたような顔をして、青い空を見上げた。
暖かい風が男と女性の髪をなびかせた。
「親といたいと言わない様に意地悪な態度をとったでしょ」
――そうだったか……。
「でも、もうそれも終わり」ニコリと女性は笑った。「帰ってきたらたくさん甘やかしてあげるわ」
――帰ってきたら……。
「以前、魔王討伐に成功した勇者様のパートナーはダイ様よね。豪華な一軒家に住んでいらっしゃるそうじゃないですか」女性はうっとりするような顔をした。「勇者様はどこかの国の王族と結婚したと言うし楽しみだわ」
言いたい事だけ言うと女性は去った。
「帰ってくる……」男はボソリとつぶやいた。「帰ってきたら……」
子どもと共に幸せに暮らす事は妻が望んでいたことだ。彼女は何より子ども事を一番に考えていたのを思い出した。
「カナタ……、ユキノ……そうか」男は何度も深く頷いた。「アハハ……。これからあの子らを可愛がればいい。そうすれば妻も喜んでくれる」
男はにこやかに笑うとふらふらと自宅に向かった。
森の中で、カナタはウサギ型の魔物を数匹捕まえると捌き焼いていた。
「日中暖かいが夜冷えるな」と言いながら、カナタは火に手を向けて暖まった。
いつもは黒いローブを着ているが今はそれを着るわけにいかなかったので寒く感じた。
その時によく知った魔力を感じた。
「あ〜……」面倒くさいと思った。
チリチリと火から音がなり、魔物がこんがりと焼けていた。それに手を伸ばそうとした時。
「美味しそうね」
真後ろから声が聞こえた。
「食べる?」
カナタがそう言うと、真後ろにいた姉、ユキノはニヤリと笑ってカナタの隣に座った。
「ありがとう」ユキノはカナタから魔物を受け取ると、豪快にかじった。「ここに来た理由とかカナタの居場所分かった理由とか聞かんの?」
「あ〜」カナタは新たに焼けた魔物にかじりついた。「俺と一緒に行きたいだろ。場所は……」
食べている手を止めてカナタは少し考えた。そして、師であるダイの家の方向を見た。
「家に帰んねぇ事は知っただろうし、すると先生家に行ってから隣の街に向かう。すると時間的ここらで一泊する事になる。そんくらいは姉貴なら分かるんじゃねぇ」
「そっか」ユキノは頷きながら、魔物が刺さっていた枝を地面に突き刺した。「で、いいん?ついて行っても」
「俺に頼んなよ」
カナタは数ヶ月前、自分を助けに来た彼女の姿を思い出した。髪を振り乱し、真っ赤な顔をして全力で戦うユキノは立派な戦士だ。
「私は戦える」
彼女の言葉にカナタは強く頷くと顔がにやけた。本来はアオと行く予定であったが一人になり寂しく感じていたためユキノと旅に出るには嬉しかった。
「それに赤の勇者様に特訓してもらったんよ」
嬉しそうに、両手を脇で握るユキノにカナタは目を細めた。
カナタのその様子にユキノは不安そうな顔をすると「ダメ?すごくない?」と言いながら握った手を降ろした。
「いや、そうじゃなくて」カナタは眉を下げて、魔物が刺さっていた枝を投げ捨てると頭をかいた。「勇者様は皆強いんだろうけど、俺はアオしか見たことねぇし。だから、どれだけ強いのかわかんねぇつうか……」
カナタはなんと表現していいか分からなくなり、言葉を止めると乱暴に頭をかいた。
「そっか」と言いながらユキノはじっと自分の手を見つめた。
「赤の勇者様ねぇ」
カナタはそう呟きながら、勇者仮面をつけたアオを思い出した。
「こんにちは」
師の家の扉が開くと、そこには勇者仮面をつけたアオがいた。
「は、初めまして」カナタは笑いを必死に堪えて、跪くと頭を下げた。
本来、勇者とそのパートナーは魔王討伐一週間前に初めて顔を合わせる。だから、カナタもアオと会うのは今日が初めてという設定になっていた。しかし、カナタはそれが可笑しくて笑いを堪えるのが必死であった。
「はぁ」奥にいたダイの大きなため息が聞こえた。「ようこそ勇者様。仮面をつけると勝手が違いますゆえ、森で肩慣らしをされてはいかがでしょうか」
そう言われ、カナタとアオは森に出た。
ダイの家から少し離れると、カナタはこらえきれずに大笑いをした。
「これそんなに可笑しいかなぁ」アオは自分の勇者仮面を取るとじっと見た。「僕とお前の瞳の色をした石が入ったもんだよ。絆って感じでいいじゃないか」
「えっ」カナタはアオの言葉に、笑うのをやめて眉を下げた。「アオは平気で恥ずかしいこというよな」
「嬉しいくせに」
ニヤリと笑って勇者仮面をつけるアオにカナタは小さな声で「そうだけど……」とつぶやいた。
「あ、勇者村卒業おめでとう」カナタは恥ずかしさを隠すように大きな声で言った。「これで、青の勇者様だな」
「あぁ、晴れて正式なパートナーだ。よろしく」
アオが手を出すと、カナタはそれを力強く握りしめた。一週間後にアオと共に魔王討伐の旅に出ると思うと胸が高鳴った。
「じゃ、先生に言われた通り肩慣らししようぜ」
「あぁ」
アオはカナタの言葉に頷くと彼の手を離した。腰にある剣に手をにぎり森の中を進んだ。
カナタは気を引き締めると彼の横を歩いた。するとすぐに、魔物の魔力を感じた。
「アオ、囲まれたな」
「そうか」アオは嬉しそうに剣を抜くと構えた。
カナタは人差し指と中指を立てるとアオを身体強化魔法で覆った。
「全部で二十体。おそらくオオカミとトリかな」カナタは早口でアオに情報を伝えた。「剣を十秒強化する。それ以上だと剣壊れるからな」
アオは鼻で笑うと、地面を蹴り魔物に向かった。その瞬間カナタは以前、剣のいれた魔力の塊を目印に位置確認をした。それに向けて強化魔法を掛けた。アオ自身も強化しているため魔物は彼の剣に触れた途端、頭部が飛んだ。
「あ~」カナタは、胴体と頭部が離れた大量の魔物を見て小さく息を吐いた。早すぎる剣で切られた切り口は綺麗であり血もほとんど出ていない。十秒後、笑顔のアオが戻ってきた。
「楽勝でしょ」
微笑むアオにカナタは眉を寄せた。カナタのその表情に彼は首を傾げた。
カナタは右手に小さな魔力の塊を作ると、アオに向かって飛ばした。塊はアオの頬をかすめると、真後ろから来たトリ型の魔物に当たった。魔物はうめき声を上げて地面に落ちた。
「後、八体足りねぇだよ」
カナタは地面を蹴り、飛び上がると更に二体のトリ型の魔物に魔力の塊を叩き込み地面に落とした。
「ごめん」アオは謝りながら残り五体の魔物を真っ二つに切った。血が噴き出しながら魔物は地面に落ちた。その血がアオの頬を赤く染めた。
「あぁ」カナタはアオの側に来るとニヤリと笑った。「全部倒せばきれいなままだったのにな」
馬鹿にしながら、アオの背中を叩くと彼は「次はやるさ」と言って頬の血をぬぐいカナタにつけると「お揃い」と言って笑った。
「てめぇ」とカナタが睨みつけるとアオはその場にいなかった。手を振りながら、走って行ってしまった。
カナタはため息をついて師の元に戻った。
「どうだった?」
帰宅するとすぐにダイに様子を聞かれた。
カナタは剣に掛けた強化魔法で十二体しか魔物を倒せなかったアオの話をした。
「それはすごいな」ダイは感心した。「剣はかなりの重さなるはずだよ。僕じゃ持てないねぇ」
「マジか」
カナタが驚いていると、ダイは壁に立て掛けてあった剣を床に転がすと「やってみろ」と言った。カナタはさっきと同じように魔力の塊を剣に入れてから強化魔法を掛けた。そして剣に触れて驚いた。
「持ち上がらねぇ」
「でしょ」ダイは大きく頷いた。「本来は身体に使用する魔法だからね。身体なら血液に魔力が流れるから重くならないが剣ほど強化はできない。つうか、なんでも物に魔法掛けられるの?教えてないよね?」
「あ……」カナタはバツの悪そうな顔をして頭をかいた。
「物には魔力がないから強化魔法を掛からないはずだが……」
ダイに睨みつけられてカナタは乾いた笑いを浮かべた。しかし、白く長い眉毛の奥にある橙色に瞳に見られると誤魔化すことができなかった。
「あー……」カナタはため息をついて頭をかいた。「以前魔力の塊をアオの剣に入れといた」
「カナタから離れたら効果がなくなるでしょ」
「いや、意識切って自動にしたから」
ダイの大きなため息が聞こえた。
「青の勇者様とは今日初めてあったんじゃないの?」
ダイの事にカナタは目を大きくした。すると、ダイはまた大きなため息をついて椅子に座った。
「正直なのはいいがバカをみるよ。旅に出たら僕は助けられないんだからね」
優しく諭すように話すダイにカナタは「先生には嘘つきたくなかったんだ」と大きな声出した。そして、ボロボロと涙を流した。
「先生は年寄りだから……」
「はぁ?」アオの言葉にダイは長い眉を上げて橙の瞳を見せた。
「俺が帰ってくる頃には死んでるじゃん」カナタは涙と鼻水で、顔をぐちゃぐちゃにしながらダイのもとにくると抱き着いた。「最後かと思うと嘘もごまかしもしたくねぇ。俺はアオと今日初めてあっ……」
そこまで言うと、ダイは人差し指を立ててカナタの口の前に持って行った。そして、優しく微笑むとぎゅっと抱きしめてくれた。長い髭にたくさんの鼻水と涙をつけた。
ダイはそれに見て、ため息をつきながらも笑っていた。
アオと魔王討伐に行くのは楽しみであるが師と離れることにカナタは寂しさを感じていた。
カナタは朝日と共に目を覚ますと木の下を見た。
ユキノがすでに起きていた。
「姉貴」と声を掛けると鳥の丸焼きを投げられた。それを掴むとカナタはかじりついた。
「よく木の上から落ちないね」
「あ〜慣れだなぁ」カナタはピョンと地面に飛び降りた。「地面なんかで寝たら魔物の餌食だ」
ユキノは小さなため息をついて、背中をさすっていた。「それはそうなんだけど……」
ぼやくユキノを見てカナタは苦笑いをして幼い頃の自分を思い出した。一年間木の上を就寝場所にされた時は地獄であった。しっかりと睡眠がとれないのに師による訓練とアオから出された課題とで黄泉の国が見えた。
「睡眠しっかりとらないと死ぬよ」
カナタが言うとユキノは青い顔をして頷き「顔洗ってくるわ」と川に向かった。
「俺も」
と言ってカナタは走りながら服を脱ぎ木に投げると川に飛び込んだ。
「どうした?」
服に手を掛けたまま、戸惑っているユキノを見てカナタは首を傾げると彼女は大きなため息をついた。
「あんたが出たら入るわ。見張り必要でしょ」
カナタはユキノのセリフに首を傾げ「今、どんな奴に襲われても平気だけどな」と言いながら川の中に潜った。
数分経つとカナタは何も隠さず裸でユキノの前に来ると「出たぞ」と笑顔で言った。
「そういう奴だよね」
ユキノは何かをあきらめたように脱ぎ始めた。
「見張り必要か?」服を着たカナタはユキノの肌を見ても同様することなく平然と言った。
「私はさ、あんたの姉だけどさ。ちょっとは気を遣えん?」
怒ったユキノに服を投げつけられた。カナタはその服を持ち裸になったユキノを見て首を傾げた。
「気を遣う……?」
「あ~」ユキノは手で胸を隠しながら「見張りいらんから、荷物片づけてろ」と怒鳴られた。
カナタはユキノが怒っている意味が全く理解できなかったが、頷くと川を離れてキャンプをしていた場所に戻った。
片付けと言っても食べた魔物骨や燃やした木々を埋めるだけであった。それが終わる頃、背後で名前を呼ばれた。振り向くと手で身体の一部を隠したユキノが真っ赤な顔をして怒っていた。
「服、なんで持っていくん?」
「あ~」カナタは手にしていた服をユキノの方へ投げた。「魔物に取られるだろ」
そう言うカナタに彼女はため息をついて服を着た。
「分かった。街に向かおうか」
呆れた顔をするユキノにカナタは笑顔で「おう」と答えると足を進めた。
目的の街についた頃には太陽は真上に来ていた。
「隣街とは言っても歩くと結構あるんね」
ユキノは肩で息をしながら街の門を見上げると、疲れた色一切見せないカナタは「そうか」と頷いていた。