勇者7
「この男の子は……?」カナタは写真をじっと見て眉を寄せた「先生か。勇者のパートナーだったころの。隣は勇者だよな。仮面つけてるし」
カナタは慌ててダイのもとに戻ると彼は椅子に座って紅茶を飲んでいた。
「先生、コレ」
写真をダイに見せるように詰め寄ると彼は眉を寄せた。
「強盗め」ダイは紅茶を一口飲んでから丁寧にテーブルに置くと、写真に手を伸ばした。「師の大切な写真を持っていくつもりか。それはもう二度と撮れない写真なんだ」
「二度と撮れない……?」カナタは仲良く二人が写る写真をじっとみた。「勇者はもうこの世にいないのか?」
ダイは立ち上がり、部屋に入るとパンパンになった布の袋を持ってきた。
「族には戦いで大切な人間を失った者の気持ちはわからないだろう」ダイは持っていた袋をカナタに差し出した。「これをやるから写真を返せ」
「え……はい」カナタは返事をすると写真を渡し布袋を受け取った。「こんなに……?」
カナタは袋に中に入っていた多くの金や物に驚いた。
「早く、出ていけ」ダイは虫を追いやるように手を振った。「そして、二度と村に戻ってくるな」
「え……」驚いていると、ダイの防壁魔法で背中を押され家から追い出された。再度、家の中に入ろうとしたが、扉のノブに触ることすら叶わなかった。
カナタはダイにもらった布袋を握りしめて、ダイの家を見た。
「防壁魔法で家を囲ったのか」小さな声でつぶやいた。
――先生の勇者は戦いで死んだ……。
カナタはゆっくりと足を踏み出しダイの家を後にした。
それをダイは窓からじっと見ていた。カナタの背中が見えなくなると、写真を抱きしめてその場に座り込んだ。
「エレナ……」
「ちょっと、どこ見てんのよ」
大きくて今にもこぼれそうな乳が喋った。ダイ慌てて、乳を支えようとすると頭に強い衝撃を食らった。
「ふざけんな」
豊満な乳の持ち主は黒髪を頭部の一つにまとめた長い手足を持った女性であった。彼女の橙色の石が入った勇者画面が光った。
「これから何するか分かってる?」
彼女の後ろに大きな門があり、それは禍々しい雰囲気であった。
「魔王討伐ですぅ」地面に膝をついていたダイは頭を抑えながら黒いフードを上げてエレナを見上げた。「でも、その前におっぱいがおちたら大変ですから」
「落ちるか」
頭へ更に強い衝撃をくらった。
「いい加減にしろよ」
エレナは呆れた顔でダイを見た。
そんな彼女の表情がダイは好きだった。
「まったく、魔王を封印したらいくらで触らせてやるから」
「えっ」ダイは目を大きくした。
エレナは頬を赤く染めて「その変わり最後まで責任持てよ」と小さな声で言った。
ダイは慌てて立ち上がると大きく何度も頷いた。涙が出そうなくらい嬉しかった。
ダイは気合を入れて、黒いローブをかぶり直し整えた。
「でもさ」エレナがダイに近づき、腕を指さした。「勇者の印に魔王封印すんじゃん。それって、魔王と生活することになるけどいいの?」
首を傾げるエレナにダイはゆっくりと首をふった。
「僕がその印に永逝魔法をかければ魔王は勇者様の中で死滅すると師は言っていましたぁ。そして勇者様の三十年で死ぬ呪いが解けるらしいです。ただ……」ダイはすこし不安そになった。「その魔法は魔王専用らしく使ったことないんで不安なんですけどねぇ」
そう言いながら、ダイはエレナの揺れ動く胸から目を離せなかった。
「誰に話してるんだ」
エレナの低い声が響いた。
「エレナ様ですよぅ」
ダイはニヤニヤしながら、エレナの胸を見つめていると頭に衝撃を食らった。
「いい加減いくぞ」
エレナの気合の入った言葉にダイは「はい」と元気よく返事をすると、門の中に入るエレナを追った。
「魔法が魔力のそのものってのか厄介だね」
エレナは矢を放ちながら言った。
「エレナ様に見えなくても、僕の魔法で攻撃は当たりませんから」
ダイの防衛魔法を使えば魔王の攻撃は一切エレナに通じなかった。
霧状の魔王を封印するのは大変でありできた時には二人とも体力の限界であった。
「永逝魔法かけます」
「おう」エレナは満面の笑みを浮かべた。
ダイはエレナの勇者の印にかざし詠唱した。 すると勇者の印が消えた。
「やりました。終わりましたよ」
大喜びでエレナに声を掛けると、彼女は真っ青な顔をして口から血を吐いていた。
「エレナさま……?」
目を白黒させていると、エレナは苦しそうな顔をして倒れた。ダイは慌てて支えるとそっと床に寝かせた。
「うっ、あ、そ、そういうことか……」エレナは苦しそうに話した。「ま、ま……魔王……ふ、う、印し……て、ゆ、う者ごと、し……死滅……。だ、から、ゆ、う……へかんじょ……ない」
「え、え」ダイは彼女の言葉で自分の犯した罪に気づいた。「ぼ、ぼくは……」
「ダ、ダイお前は悪く……ない。あ、あたしのせ……い」
目から涙が溢れて、エレナの顔がよく見えなくなった。
「さ、さいご……、胸ではなく、顔見てくれるんだな」エレナはダイの顔に手を伸ばした。ダイはそれをギュッと握りしめた。
「ほ、僕は、エレナ様を……なくしたら……」
「ダイ……」小さな声で名前を呼んだエレナに引き寄せられ、彼女の顔とダイの顔が近づいた。「あたし……の、あとはおうな……。ゆ、勇者の……パー、トナー…としての…やく…は……?」
「……ゆ、勇者様が……し」涙と嗚咽でダイは上手く言葉が発せなかった。「死しても……い、生き残り村への報告及び後進者の育成」
エレナの口角が微かに上がり声は発しなかったが……。
『好きになってごめんな』とハッキリ聞こえた。
それを最後にエレナは言葉を発しなくなった。ダイは涙を流しながら自分の黒いフードを取り彼女の勇者仮面を外した。
彼女は閉じ、自分と同じ色の橙の瞳はもう見ることはできない。
ダイはそっとエレナの唇に自分の口を合わせた。最初で最後の口づけは血の味がした。
「エレナ様……」
そう言いながら、ダイは写真に写るエレナを見つめそっと胸のポケットにしまった。
その時、外で異変を感じ立ち上がると、ダイは棚からカミソリを出すと長い眉毛と鬚を剃り落とした。すると、橙色の瞳が現れた。
「エレナ様と同じ、橙の目」ダイは鏡に映る自分を見てつぶやいた。「エレナ様がいなくなってから同じ色の瞳も見ることはできませんでした」
ダイは自室に入り箪笥から黒いローブをだし、見つめた。小さく息をはくとローブを羽織った。
「エレナ様、僕は九十になりましたよ。ご指示通り沢山のパートナーを育てましたが、あれから誰も魔王を倒していません。真相を伝えているじゃないかと疑われたよ」ダイはヘラヘラと笑った。「魔王城まで行くのは大変なんですよね」
その時、大きな音がした。
ダイはため息ついて、自室から出ると扉や窓だけではなく壁がなくなっていた。
「乱暴ですね」ダイは落ち着いて、壁を壊した犯人たちを見た。
彼らは勇者のパートナーと同じような黒いローブで身を包んでいるが、鳥のような仮面をかぶり地面から数センチ浮いている。
『橙ノ勇者ノパートナーダイ』
彼らは声を発せずに直接脳に話しかけてきた。その声には感情がなく機械が話しているようであった。
『機密漏洩ノ罪デ身柄ヲ拘束スル』
「機密漏洩?」ダイは鼻で笑った。「カナタに写真を見せたことですか?勇者様が戦いで亡くなった事を伝えたからかですかね?」
『両手ダ。ナニヨリ、我々ヘノ反逆心ガ感ジラレタ』
――不義魔法か。
ダイは彼らに向かって防壁魔法を放ったが虫でも払うように手を動かしただけではじかれてしまった。
『貴様ノ魔法ハ効カナイ』
「そんなに強いなら貴方達が魔王討伐すればいいじゃないですか」
ダイは更に防壁魔法を放ったが全てすべて、はじかれてしまい彼は覚悟を決めた。
『無駄』
「ふーん」と言いながらダイが手を自分の胸につけて詠唱を始めた瞬間、手が勝手に背中に行き動かなくなった。
『死ナセナイ』
ダイは彼らを睨みつけると自身を防壁魔法で覆った。
『勇者村行キガ、怖イカ。ナラ、青ノ勇者ノパートナーノ攻撃ヲ受レバヨカッタダロ』
「カナタに本気で殴られたら死にますね」ダイはニヤリと笑った。「カナタを人殺しにしたくないですよね」
彼は足を大きく開くと深呼吸をし、目を大きくあけた。
風で、ダイのローブが大きく揺れ動いた瞬間、彼は倒れた。
『何ガアッタ?』
黒のローブの集団は、ダイを取り囲んだ。しばらく、ダイを見ると黒のローブは口々に検証結果を言い始めた。
『脳ガ破壊サレテイル』
『防壁魔法デ脳ヲ囲ンデイタノカ』
『囲ンデタ防壁魔法ヲ収縮サセタ』
『魔法ハ防イダハズ』
『今デハナイズット囲ッテイタ』
『長期間ノ魔法使用等ナミノ魔導士デハデキナイ』
『コレヲ解体検証』
『検証』
黒のローブはダイを数センチ浮かせたが、すぐに床に降りてしまった。
『ナンダ』何度もダイを浮かすがやはりすぐに降りてしまう。『ドウナッテル』
黒のローブから木の根のような触手が出てきて、ダイに触れようとしたが弾かれた。複数の黒のローブが何度も触手を伸ばしたが触れる事は敵わなかった。
『処理』と言うと黒のローブはダイを囲んだ。しばらくすると、ダイが爆発し何もかもか吹っ飛びなくなった。
黒のローブたちはふわふわとダイとその周囲を確認した。
しばらくすると黒のローブの一箇所に塊、動き始めた。
黒のローブは一軒の家の前に来ると枝のよう触手を伸ばして扉を叩いた。
「は〜い」と気だるそうな声がすると扉が開き、中年の男が出てきた。彼は黒のローブたちを見ると目を大きくして跪き頭を下げた。
「勇者村の方々、どうなさいました」
『青ノ勇者ノパートナーハドウシタ?』
「はい」男は頭を下げたまま「青の勇者様を追い、村を出ました」と答えた。
『ソウカ』
黒のローブがそう言った瞬間、家の中でドタバタいう音がした。男は地面を見ながら顔をしかめた。
「あ、父さんこんなところで何を……?」
出てきたのは、男と同じ真っ黒髪の少女だ。彼女は短い髪は走った勢いで揺れていた。
「ユキノ、頭を下げなさい」
男が慌てて、ユキノの手を引くと彼女の頭を無理やり下げた。ユキノは嫌な顔をしたが、黒のローブが視界に入ると慌てて自ら頭を下げた。
「失礼いたしました。勇者村の方々」
『オ前ハ、アレノ姉カ』
男はユキノが顔をしかめているのを発見すると、慌てて彼女の手を叩いた。ユキノはすぐに気づいて顔から表情をなくし返事をした。
『オ前ハ何処カヘ行クノカ?』
「はい」ユキノが頷くと男は顔を歪めた。「カナタと共に……」
男はユキノの言葉を途中で止めようと、口元に手をやった。しかし、すぐに交わされ彼女は言葉をつづけた。
「青の勇者様を追い共に魔王討伐を行います」
「いえいえ、こんな無力の娘では青の勇者様やそのパートナーの邪魔をしてしまいます」
即座に否定すると、ユキノは大きく首を振った。
「先日、赤の勇者様に特訓をつけて頂きました」
「なんだそれは」男が大きな声を上げた。
その時、黒のローブから強い圧を感じた男は口を閉じて頭を下げた。
『イイダロ』
黒のローブの言葉に、男は頭を上げて「コイツは使えません」と言って勇者のパートナーとの同行を拒否した。
するとユキノは不満そうな顔で男を睨んだ。
『無償デハナイ。オ前ノ家カラ、二人出スノラ資金ハ倍二スル』
「いえ……」それでも男は食い下がろうとした瞬間、黒のローブの木のような触手を出してきた。「わ、わかりました」
男は頭を下げて承諾すると、黒のローブは布袋をユキノの頭の前に落とし、その場を去った。袋は地面に落ちるとチャリンと音がした。
小さく息を吐いた男は少し頭を上げた。黒のローブがいない事を確認と立ち上がった。遅れて、ユキノが立ち上がり布袋を拾うと中身を確認した。
「なにこれ」ユキノは布袋の中に入っている大量の金に目を大きくして叫んだ。
男は布袋も中に入った金は禍々しく見えて触れる気にもなれなかった。
「あ〜」
唸り声上げながら男は、家の中に入って行った。
「ねぇ」
後ろからユキノの呼ぶ声がした。彼女が言いたい事は想像できた。その言葉を聞きたくなて無視し足を進めた。しかし、小走りで追ってきたユキノに乱暴に手をつかまれた。
「父さん。勇者村の方々が許可下さったんよ。お金もくれたのだから言っていいんよね?」
「……」
男は眉を寄せて彼女の手を振りほどいた。そして、乱暴に椅子へ座った。
勇者村の決定に意義を唱える事はできないが、彼の心は不満でいっぱいであった。
「勇者様の旅は危険だ」
「知っているよ」ユキノは男とテーブルを挟んで目の前に座ると、金銭の入った布袋を置いた。「カナタ、弟が向かったんよ」
「アレは青の勇者様のパートナーだ」男はユキノだけではなく、自身にも言い聞かせるようにハッキリと言った。
「勇者村の方々にも伝えたけど、私は赤の勇者様に特訓して貰ったんよ」
「……」男は眉を寄せて、ユキノを見た。
気になっていた言葉であるが、聞き間違えだと自分の中で流した。しかし、再度言われたら逃げられない。
「そうか」
興味のないような返事をした。
内心、詳しい話を聞きたかったがそれで彼女のやる気を増させる訳にはいかない。
魔王討伐など無理だと思ってほしかったが彼女の顔を見るとそれも難しい事悟った。
「じゃ、行くから」
ユキノはリュックの中にテーブルの上に置いた布袋をいれた。
大声出し引き止めたかった。しかし、勇者村の判断となるとそれも叶わない。
「あれ?」ユキノはカバンを背負うとニヤリと笑った。「さっきまで散々止めたのに何も言わなんのな」
「……」男は黙って下を見た。
「勇者村の方々直々のお言葉だもんね。それを否定するなんてありえんよね」
ユキノは何も言わない男に小さなため息をついた。
「ねえ」彼女のまっすぐな瞳は男をとらえた。「以前は父さんも自衛団にいたんよね。どうして辞めたの?私、憧れてたんよ」
「……」娘の問いかけに男は何も言えずに黙って、彼女の顔を見た。ずっと子どもだと思っていたがもう自分の意志を持ち行動できるほど大きくなった。
ユキノは大きなため息をつくと出て行った。
男は彼女が出て行った扉をじっと見ていた。 そのうち、目から涙がこぼれた。
「俺は……」
男は十三年前まで、ユキノが所属している自衛団にいた。腕に自信がある方でなかったため毎日必死に狩りをしてやっと食事にありつけた。
今よりずっと金はなかったが、家に帰れば妻と二人の子どもが出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
帰宅すると、いつもよりも豪華な食事がならんでいた。それを見ていると足元に何かくっついてきた。「とーちゃ」小さな身体から出るとは思えないほど大きな声がした。
「カナタ」男はくっついてきた息子の名前を呼びながら抱き上げた。
「カナ、三…よう」カナタは指を三本立てると、それを嬉しそうに男に見せた。
「カナタ、おめでとう」
男は笑いながら、カナタの頭をなぜると食卓に向かった。
テーブルにすでに娘のユキノが座っており、目の前のごちそうを前に輝かせて見ていた。
「お父さんも帰ってきたんし。食べようか」
妻は大きな皿に乗ったケーキをテーブルに置くと座った。
「カナタ、誕生日おめでとう」
三人が一斉に祝うとカナタは少し照れくさそうな顔をして「ありあと」と言った。
食事を始めてからしばらくすると、扉を叩く音がした。妻は首を傾げながら、扉に向かった。来客から何かを受け取った妻の表情は一遍した。
慌てて、部屋に行ったかと思うと上着を羽織ってきた。
「あなた」
彼女に鬼のような形相で上着を投げられた。
食事の途中であったが、彼女はユキノに上着を渡すとカナタにも着せ始めた。
「おい」突然の行動に男は眉をひそめた。すると、彼女は先ほどの来客からもらった手紙を渡してきた。
手紙を受け取ると、彼女はすぐに鞄の中に食材や日常品を詰め込み始めた。
「……なんだんだ」男は手紙を開き、見ると絶句した。「カナタは勇者パートナーなのか」
「そう。きっと明日にでも魔導士様のところに連れていかれるんよ」彼女はヒステリックになっていた。「魔王討伐なんて危険なことをされられん。逃げなんと……」
『何処ヘダ?』
突然、感情のない声が頭の中に響いた。
声のした扉の方を向くと、黒のローブを着て地面から数センチ浮いた者が二名いた。
「……勇者村の方々」
その異様な風貌は村でも有名だ。
黒のローブに逆らってはいけない。近づいてはいけない。というのは国中の人間が知っている話だ。
妻は荷造りをする手を止めて、震えだした。
黒のローブは宙を滑るように進むと妻に向かっていた。男は慌てて、妻をかばうようにして立った。
「お待ちくださいませ。何を……」
その瞬間、男は頭に衝撃をくらいテーブルに突っ込んだ。豪華な食事はぐちゃぐちゃになり皿が割れた。呆気にとられていた子どもたちは大声で泣き始めた。