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勇者4

立っていたのはユキノよりも十センチ以上高い赤い髪の少女だ。彼女は長い髪に触れながら赤い瞳でユキノを見た。

容赦も性格も強烈な彼女をユキノは好ましく思っていなかった。

「ミサキ様、何か用ですか?」

「あら、冷たいのね。せっかく、青の勇者様に捨てられて手まで失くしたお兄様のお見舞いに来たのに」

ねっとりとした嫌味な言い方が癇に障った。

「ご足労おかけ致しまして恐縮でございます。兄は心身ともに衰弱しておりますので控えて頂けると幸いにございます」

「あらら」わざとらしく、眉を下げた。「残念ね。私たち、近いうちに出発するからそれの挨拶も兼ねてと思ったのに。同じ勇者様のパートナーとしてね」

頬に手をあて、クネクネと身体を動かすミサキが気持ち悪かった。

「お兄様はこれからどうするの?青の勇者様に捨てられたならこの村にいられないわよね」

「そんな規則はございません」

ユキノはイラついている内心がバレないように表情を動かさずに話をした。

「そりゃ、勇者様に捨てられた人なんていないもの」ニヤリとミサキは嫌な笑いを浮かべ、左手を頬に持っていった。「そうじゃなくて、貴女のお父様がそんな恥ずかしい人間を家におくわけないのではじゃなくて?」

「……」

ユキノが何も言わないでいると、ミサキは勝ち誇ったように笑い「それじゃ、準備があるから」とその場を去って行った。

ユキノは自信満々に歩くミサキの背中を見ていた。

彼女が目的地に向かってぶつかることなく真っすぐ歩いている。それができるのは彼女が勇者のパートナーであるため周りの人間が気を遣い、道を譲ってくれるからだ。

勇者とそのパートナーへの好待遇はどこへ行っても同じだ。

「それだけ、皆魔王がいなくなってほしいんだよね」

ユキノは森の方を見た。

結界があるため村には入って来ないが一歩外にでれば魔物がいる。

「ユキノ、ここに居たか。もう暗くなる」

後ろから、父の声がして振り返った。

父の手招きに呼ばれ近くに行くと彼は「帰る」と言うので一緒に自宅に向かった。

「なあ、カナタはどうしている?」

思いもよらない父の言葉に驚くと同時に、嬉しく感じた。

「回復しているんよ」

「そうか」

父は感情ののっていない声で答えた。それでもカナタを気にかける言葉は喜ばしかった。

「うん。でも、もうそろそろ村を出るっていうんだよ」

怒ってと言うと父は嬉しそうに笑った。

「え……?」

ユキノが目を細めて父を睨んだが、彼は気にする事なく「よかった」と楽しそうであった。それにカッなり、父の背中を殴った。

父は「おっと」と言ってよろけたが、なんでもない顔をして家の中に入った。

そんな父に苛立ち「ちょっと」と大きな声が出てしまい、周囲の注目を浴びてしまった。ユキノは慌てて自分の口を抑えて家に入った。

室内で父を探すと彼はテーブルに大量の酒を並べていた。それは祝杯をあげているようだった。

「ちょっと、なんで?カナタは完治していないのに、もう青の勇者様の後を追うって言っているんよ」

「それは、素晴らしいことだ。安心した」

父の様子に嫌悪感を抱いた。

「もしかして、お金?」

父が酒を置いているテーブルを思い切り叩いた。彼は真っ赤な顔をさせながらゆっくりとユキノの顔を見上げた。

「勇者村に行ってきたん?」

父は大きく頷いた。

「そうだ」彼は酒の入っているコップを楽しそうに揺らした。「アイツが青の勇者様に捨てられた時は終わったと思ったが、勇者村の方々はアイツが青の勇者様を追って魔王討伐に行くなら今まで通り資金援助はやめないとおっしゃられた」

グビグビと喉を鳴らして酒を飲む父の姿をユキノは悲しい目で見た。

「そう」

「あぁ、お前もいい加減、剣術なんてやめて人生を楽しんだらどうだ? 金ならいくらでもある」

下品に笑う父に嫌気がさして剣を握ると家を出た。

父の声が聞きたくなかったから、家から少し離れた広場まできた。

辺りは暗くなり広場の周りには誰もいなかった。

「クソッ」

感情に任せてひたすら剣を振った。

カナタが勇者のパートナーとして魔導士の家に行ってからずっと剣の練習をしている。   

その甲斐あって村の護衛団の隊員になり魔物を倒してきた。

だから……。

カナタが魔物に襲われている時やれると思った。最初は辛かったが次第に魔物が弱くなり一瞬で蹴散らせるようになった。

――アレは私の力ではなくカナタの魔法。しかも、自分が動けなくなるくらいの量の魔力を使っていた。

「あぁぁぁ」

ユキノは大きな声上げて、力いっぱい剣をふった。

頬が濡れるのを感じた。

持っている剣を地面に刺し自分の頬を叩いた。

ジーンと痛みが広がった。

「泣くな、恥を知れ」

再度、剣を両手で握り構えた時……。

「うるさい」

どこからか声が聞こえた。驚いてあたりを見回したが見つけられなかった。

「うぬはどこを見ておる」

声は真後ろで聞こえた。振り返り、視線をだいぶ下に下げると真っ黒なおかっぱ頭の少女がいた。彼女の真っ赤な瞳は全てを見透かすようであった。

「ぬしは……」そう言って、彼女はユキノを上から下までみた。「なるほど」

「な、なんですか?」

幼い少女の外見にそぐわない異様な雰囲気に警戒した。

――村で見たことのない。外の人間……?

「うむ、剣術の練習か?」

「そうですが、貴女は誰でしょうか?」

剣を降ろして、じっと少女を見下ろした。

彼女の真っ赤な瞳を見ると、生意気な勇者パートナーミサキを思い出したが彼女とは全く雰囲気が違った。

「ほう、なら手合わせをしてやろう」

外見に似合わない言葉遣いをする少女は、ユキノの話を全く聞かない。

「我は素手だが」少女はユキノに向かって拳を向け、足をひき構えた。「うぬは遠慮なく剣を使え」

「いえ、その……。私は」ユキノは両手と首を振るが、ニヤリと笑う少女にはユキノの声が聞こえていないようであった。

戸惑っていると少女は地面を蹴り飛び上がると殴りかかってきた。

「え」

慌てて、持っていた剣を構えようとしたが遅かった。気づくと地面に倒れて、頬がジーンと痛んだ。

「うぅぅ」何が起こったが分からず、うなりながら目を開けると少女の足が目の前にあった。     

その後ろにはさっきまで振っていた剣がある。口に中が切れていたようで血の味がした。

「遅い。うぬに剣は重いのではないか? 素手でこい」

見下ろす少女はユキノの肩ぐらいしか身長がないのに、クマのように大きく見えた。

「立て」いつまでも地面に横たわるユキノを少女は怒鳴った。

戸惑うユキノを見て少女は大きなため息をつかれた。

「うむ、見込み違いか」そう言って少女は背を向けた。

それにユキノは焦った。少女が誰だか分からなかったが、このままではずっと弱い人間でいる気がして嫌だった。

――カナタが勇者を追うなら私も行きたい。

頬の痛みをこらえて立ち上がった。

「待ってください」大声で少女を呼び止めた。「立ちました。大丈夫です」

「ほう」振り向いた少女はニヤリと笑うと両手を構えた。「では、我が拳をよけろ。そしたら終わりにしよう」

「え、ちょっと待って下さい」と、ユキノが叫んだ瞬間に少女の拳が腹に入った。

「うっ……」あまりの痛さに膝が地面についた。更に脇腹を蹴られ地面に倒れた。

呼吸が乱れて、胃から何かが上がってくるのを感じた。

「うぇあぁ」

胃の中にあった物を地面にまき散らした。それは少し赤身を帯びていた。腹を抑え必死に呼吸を整えようとしていると、少女に拳が降ってきた。拳は顔の真横の地面にめり込みそれを見てユキノは肝を冷やした。

「休憩か。余裕だな」

恐怖で心臓が止まりそうになった。全身に激痛が走ったが無理やり立ち上がった。その瞬間、拳が飛んできた。必死に避けたが回避できずに左腕に当たった。

「おぉ、ズレたな」少女は楽しそうに笑った。

彼女とは三十センチ近く身長差がはずだが、脚力でそれを補っていた。繰り出される拳や蹴りを必死で避けたが、どれも避けられず防御することも叶わない。

痛みで感覚がなくなり、立っていることも不可能になり真っ暗な空がぼやけて見えた。

「うむ」少女はつぶやいた。「そんな顔をするな。今日はもう何もしない」

少女の言葉に安堵して身体の力が抜けた。

「うぬは我のことを知らないようだな」

「……」

答えようとしたが、言葉が出なかった。

その時、遠くの方で聞いたことのある声がしたが何を言っているのか分からなかった。 

しばらくすると、身体が軽くなり意識もはっきりとした。空も見えるようになった。

ゆっくりと起き上がると辺りには誰もいなかった。しかし、あれだけ攻撃を受けたのが嘘のように身体が軽かった。

――回復魔法?

不思議に思いつつ帰宅と、寝室から父の大きなイビキが聞こえた。

ため息をつきながら、リビングに行くとパンと焼いた肉が置いてあった。父が飲み食いした物は全て綺麗に片づけられていた。

「そういう所は、ちゃんとしているんよね」

テーブルにつくと父が用意してくれた食事を食べた。いつもより空腹を感じて食が進んだ。腹が満たされると、シャワーを浴びでベッドに入った。

身体が軽かったが疲労しているようですぐに入眠することができた。

翌朝。

起きるとすぐに身支度をして朝食をとった。 父が気になったが、寝室からイビキが聞こえたので顔も見ずに家を出た。

ユキノは護衛団棟に出勤すると制服を見てため息をつきながら着替えた。

護衛団は国立であり物資はすべて国から送られてくるから文句を言えない。しかし、ユキノは制服が好きではなかった。

上半身は胸を半分しか隠しておらず、下半身は太腿から下がむき出しのショートすぎるパンツであった。膝上のブーツを履くため足はそこまで出ないが上半身は下乳が見える。

男性制服は足出ず二の腕のみの露出であった。

羽織物に規定はなかったため、ユキノはいつも長袖の上着を着て乳と腹を隠していた。

本日は村入り口付近にいる魔物の討伐だ。

ここ一体には小動物型の魔物しかいないため、数名の護衛団で問題なく討伐できた。ユキノは五人の護衛団と一緒に村の入り口付近に向かった。

到着するとすぐにウサギ型の魔物が数匹から現れた。仲間と共に剣を構えた。

――剣が重い。

魔物は素早く動き、護衛団のメンバーを翻弄していた。

「……?」

何度も剣を握り直すユキノを不思議に思った仲間が「どうした?」と心配そうな顔をして声を掛けた。

「いえ」ユキノは頭を振り、目の前にいる魔物に集中した。

自分の足元にきた魔物に剣をまっすぐに下ろした。剣に貫かれた魔物は悲鳴を上げて倒れた。その調子でユキノは次々と魔物を刺していった。

――やっぱり

五匹以上倒して、疑惑は確信に変わった。剣は重いが魔物の動きがいつもよりも遅かった。

「すげーな。ユキノ、いつもの倍以上の収穫じゃねぇか」

護衛団棟に戻ると今日の成果を仲間に褒められた。

ユキノは自分の手を握りしめてじっと見た。 不思議な感覚であった。

――今日も広場へ行ってみよう。

はっきりと実力がついているのが嬉しく感じた。

「カナタの旅についていけるかも」

嬉しくて思わず言葉に出てしまった。それを聞いた護衛団の一人で一番長身の男が頭を上げた。

「なんだ? 魔王討伐にいくのか?」

長身の彼は討伐した魔物のさばく手を止めて聞いた。

「ええ」返事をしながらユキノは悩んだが、隠しても仕方ないと思い「カナタが希望しているのです」とはっきり答えた。

「カナタ様は青の勇者様に捨てられたんだろ。青の勇者様に実力がないと言われたなら危険じゃねぇのか」

長身の男は心配そうな顔をした。

彼はユキノが入団してからずっと面倒を見てくれている良き先輩だ。

「そもそも、魔王は倒せず勇者様による封印だろ。勇者様がいなきゃ討伐できねぇだろ」さばいた魔物の肉を袋詰めしている髭の護衛団員が忠告した。「だから、魔王討伐は封印できる勇者様とそれを補佐できる魔導士がいくんだろ」

「そうですが……」

ユキノは弱々しく答えた。

できるなら、自分が代わりたかった。弟を旅に行かせるのは心配だった。

「あぁ、早く魔王を討伐してほしいねぇ」と言いながら女団員が一番奥で袋に詰めした魔物肉を箱に入れていた。「そしたら、こんな魔物になった動物じゃない物が食べられるだからね」

「そうだな」髭の護衛団員が大きく頷いた。「魔王がいなきゃ。魔力に侵されていない美味しい動物が食べられるし、魔物にも怯えないで生活ができる」

「魔力に侵されていない美味しい動物ですか?」

ユキノは魔物の数を数え終わると、現場業務を引退して事務作業をしている老人に話しかけた。

「あぁ」老人は頷いた。「わしが生まれた当時は魔王がいなかった。子どもの頃は隣町へ一人でいったものだ。八歳くらいだったか。結婚してしばらくすると魔王が復活したと噂が流れてきて一年で森の動物はみな魔物になってしまったよ」

「そうですか」

「確かに、魔物がいない生活がしてーな」長身の男がゲラゲラと笑いながら、討伐した魔物を全てさばき袋に詰めて今日の作業が終了した。

これらの肉は全て店に売られる。

ユキノは着替えると、報酬と肉を貰い帰宅した。

父はどこかに行ったようで家はガランとしていた。荷物を片付けると、今日は手ぶらで広場へと行った。

日が沈みかけ、空は真っ赤に染まっている。

広場に誰もいないと思った瞬間、「魔物臭い」と言う声がした。

驚いて後ろを振り返ると視線の下に少女がいた。

「うぬは背後を取られすぎ。死ぬぞ」と言う言葉と共に足が飛んできた。避けよとしたが間に合わず、膝で受けた。足に力をいれることで何とか倒れかったがジーンと足がしびれた。

「すいません」

弱弱しい声で謝ると少女に睨まれた。

「なぜ、謝る?」

少女の大きな赤い瞳に見られて、手から汗がでた。人形のような可愛らしい顔をしているが、眼力が強い。

「いえ……」

ユキノが戸惑った表情をしていると、少女はバカにしたように鼻で笑った。

「うぬは我に許しをこうているのか?」

少女の圧に押されながら、ユキノは小刻みに首を振った。

「我は、『背後を取られると死ぬ』と警告してやったのだ」

彼女の言うことは最もであった。癖のように謝罪してしまう自分を恥じた。

「はい。そうですね」ユキノは頷くと頭を下げた。「ありがとうございます」

すると「うむ」と言いながら少女は微かに口角を上げた。少女がはじめて見せる笑顔にユキノはドキリとした。

「笑った顔、可愛いですね」気づくと思いを言葉にしていた。すると、少女は真っ赤になって頬に両手当てて体を左右に揺らした。

大人びた少女の年齢相応な姿を見てユキノは微笑ましく思った。

「何を笑っている」

少女に睨まれて、ユキノは慌てて表情を整えた。

「いえ、今日は私の話を聞いてくれるのですね」

「あー」少女は顎に手をあてた。「あぁ、あれは聞きたくなかったら無視した」


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