泉に入るよう言われる
「あ、あの…」
ニノンは挨拶をしなければと思う。だが先程の神の様子に、多分神は自分達の思っているような寛容で人間を愛していらっしゃる優しい存在などではないと知った。色々衝撃的で…どうするべきか、何を言うべきかわからない。
「ああ」
「…お初にお目にかかります?」
「…ははっ!お前、存外愛らしいな?」
多分、褒められてはいない。愛らしいの意味がきっと違う。
「えっと…ニノン・ロール・ウジェーヌです」
「ああ、知っているとも。可愛いニノン。お前は俺の守護するこの国のためによく尽くしてくれた。とても良い行いだと言える」
にこにこと微笑む神に、なんだかニノンはとても畏怖を感じた。ホワイトドラゴンに感じたそれよりも、もっと根本的で本能的なそれ。
「俺は、そんなお前に俄然興味が湧いた。可愛いニノン。どうかその本性を俺の前で曝け出してくれ」
その言葉に多大な悪意が見え隠れする。しかし、ニノンに断るなどという選択肢は用意されていない。
「…何をすれば良いでしょうか?」
「ははっ。勝気だな?だが話が早い。本当にお前は愛おしいなぁ」
そういう神の瞳は、まるで獲物を捕らえた猛禽類のそれ。ニノンは内心縮み上がるが、公爵令嬢として毅然とした態度を見せた。そんなニノンに気付かない神ではなく、その健気な姿に嗤いを咬み殺す。さすがに、笑うのではなく嗤う姿は人には見せない。神のプライドに瑕が付くからだ。
「その泉に入るといい」
「泉に…」
「ああ、呼吸なら心配ない。中央教会とやらの聖なる湧き水と同じようなものだ。中でも息が止まることはない」
「そうなのですね。泉に入って、どうすればいいのですか?」
「奥へ進め。奥へ奥へ潜って、落ちて、その先で出会いがあるだろう」
神の言葉に耳を傾ける。
「その出会いに、俺は期待しているのさ。それはきっと、とても面白い。俺にとって、退屈しのぎくらいにはなるだろうさ」
「…わかりました。えっと、そのまま直接入ればいいのでしょうか」
「ああ、それで構わない。期待しているぞ、ニノン」
にっこり笑う神に、会話を見守って口を挟まなかったホワイトドラゴンはどの口が言うとジト目で見つめた。そしてニノンに視線を寄越して、ぐるると喉を鳴らした。
「なんだなんだ?ブロン、お前までニノンをそんなに気に入ったのか。いつの間にそんなに仲良くなった?」
「空中フライト中に、ホワイトドラゴン様がとても良くしてくださって」
「ふうん…」
ニノンはホワイトドラゴンに笑って言った。
「無事戻ってきますので、見守っていてくださいますか?」
「ぐるる…」
「では、ホワイトドラゴン様、神様。行って参ります」
ニノンはそう言うと、泉に思い切り身を投げた。
「…普通、そろそろと足から浸かっていくものじゃないのか。あの子供、勢いが良すぎないか?ブロン、お前どう思う?」
「ぐるる…」
ホワイトドラゴンも神もニノンのあまりの躊躇の無さに割とドン引きしたのは、ニノンには知る由もなかった。




