聖域に招かれる
空中フライトももうすぐ終わる。聖域に近付いたホワイトドラゴン。ニノンは、その清廉な空気に緊張が和らぐのを感じた。言葉にするのは酷く難しいが…懐かしさと温かさ、それに安らぎを感じるのだ。遠い昔、〝ニノン〟として目覚める前。同じような空気のところに居たような気がした。それがどこかなんて、彼女にはわからないけれど。
「ぐるる」
ホワイトドラゴンは着地を告げるように喉を鳴らし、聖域に降り立った。その大きな手をそっと地面に差し出して、優しくニノンを下ろした。
「…ここが聖域」
ニノンは、初めての光景なのに懐かしさを感じた。不思議だとは思うが、とても心地が良い。木々の緑、差し込む日の光。泉は美しく空を写し、生まれて初めてみる妖精達は光を放って美しく舞い踊る。
「なんだか…とても…」
「懐かしさを覚えるんだろう?」
ニノンはその、鈴の鳴るような清廉な声に振り向いた。そこには幼い少年の姿。しかし、何故かわかる。この方が…自らが信仰する、神様だと。
「…あ」
挨拶をしなければと思うが、ニノンはどうしてか声が出ない。それどころか、指先一つ動かない。
「聖域に降り立った人間はみんなそう言うんだ。多分、魂の在処。俺達の父の治める根源の底の空気を思い出すんだろうな」
「…」
「人間も、それ以外の生き物も。生を与えられる際は、必ず根源の底から掬い上げられた魂を元に作られる。そして、腹や卵や種に宿るんだよ。面白いだろう?」
にっこりと笑う神に、どこか違和感を覚えるニノン。この方は、どちらかといえば。生き物を…侮蔑しているように感じる。
「父から魂を分け与えられたのは、我ら神だけ。他の生き物の根源は、みんなあそこだ。だから、懐かしくて当たり前だろうな。」
「…」
「そして、根源から魂を得た生き物達はやがて終わりを必ず迎える。その際には、肉体は土に還り魂は根源の底へと還る。そして溶けて混ざり、また新たな形を与えられて生きる。その繰り返しだ。…俺には、父上が何を思ってそんなサイクルを繰り返すのかはわからないが」
神の瞳が一瞬、憎悪に染まった。
「…父は、お前達人間を心底愛していらっしゃるよ。魂を分け与えた俺達神よりも、脆弱で醜悪なお前達人間の方がよっぽど可愛いらしい。よかったな、人間」
しかし、その後は何もなかったかのように笑う。
「父上は相当に悪趣味でいらっしゃるだろう?まあだが。そんな父上だからこそ俺達は心から仕えることが出来るのさ。お前もそう思うだろう?」
ニノンにそう言って、それからぽんと手を叩いた神。
「ああ、そうか。お前達は俺の許可なしには、俺の前で言葉すら発せないんだよな。これはうっかりしていた。喋っていいぞ。動いてもいい。お前はお前の思うままに振る舞え。俺はそれを見たい」
その神の言葉に、ニノンはやっと自由を得た。




