彼と彼女の行く末は
「…」
オンブルの本部、その地下にある牢に忍び込んだアルスラーン。オンブルは魔法犯罪者を取り締まる組織。当然ながらあらゆる魔法の対策をしている。それを知っていてもなお、アルスラーンは自ら敵地に飛び込んだ。全ては愛するアリアの救出のために。
「待て」
「…誰ですか?」
しかし、誰かに行く手を阻まれた。フードを目深に被り、仮面まで付けている。おまけに、完璧といえるほどの認識阻害魔法がかかっていて男か女かさえわからない。
「私が誰か、などと気にする余裕があるんじゃな。面白い奴よのぅ…」
「…そこを退いてくれませんか。手荒な真似はしたくない」
「…ふむ。良いぞ。私の質問に答えてくれるなら、返答次第では多少の協力もしてやろう」
「…協力?」
アルスラーンに立ちはだかるその人物は、手元にある鍵束を揺らす。
「ここの鍵じゃ。くすねてきた」
「…は!?重罪ですよ!?」
「そなたがそれを言うのか!…おっと、大きな声は出せんな。一応師匠の施してくれた防音魔法があるとはいえ、ここはオンブルの本部。気は抜けん」
「…必要な見返りは?」
「今のところ、質問に答えてくれればそれで良い」
アルスラーンはこくりと頷いた。
「では聞こう。そなたにとって、あの悪魔はなんじゃ?」
「恋人で、家族で、唯一の人です」
「あの悪魔もそう思っていると思うか?」
「…それは、僕にはわかりかねます。けれど…契約による偽りの愛だとしても、僕には関係ない。僕は、彼女を愛している。それで充分です」
「そうか…」
仮面の奥、その瞳が揺れた気がした。
「ここから二人で逃げ果せたとして、どこに行く?国を出るか?」
「帝国の南の端にある森へ逃げ込もうかと」
「もっと良い逃げ場を紹介したとして、素直に従うか?」
「…それは?」
「幻影の孤島じゃ。あそこなら人間どころか動物もおらん。ダンジョンやモンスターすら存在しない。誰も近寄らん」
アルスラーンは目を見開く。
「あの、東の海に時々見える存在すら怪しい孤島ですか?たしかに、アリアの特性を考えれば他の生き物がいないならもってこいですが」
「私の魔法の師匠が、転移魔法で見てきたことがあるらしい。本当に何もない、生き物のいない、岩場が存在するだけの島じゃ。普段は島の周りの魔力の霧が深く、見えなくなるらしい。その霧が薄くなると、時々見えるという仕組みだそうじゃ」
「転移魔法で…」
「アリアとかいう悪魔なら、いけるじゃろ」
「…その案に乗ります」
アルスラーンは鍵束を渡された。
「急げ。アリアの牢に師匠がこっそりかけた隠蔽魔法はあと十分で解けるぞ」
「そこまでしてくれてたんですか!?」
「ちなみに、そなたがオンブルの本部に忍び込めたのも師匠の手助けのおかげじゃ」
「貴方の師匠、なんなんですか…」
「んー…オンブルにそなたらのことを通報したお詫びに特別サービス、だそうじゃ。子供らがそなたのことを助けてやれと頼み込んで、師匠は折れたのじゃ」
「…!」
師匠に思い当たる節がありまくるが、今はそんな暇はない。
「貴方にも、お師匠様とやらにも、子供達にも心からのお詫びと感謝を。せめて、もう二度とご迷惑はかけません」
「そうじゃな、そうしてくれれば嬉しいのぅ」
「では、失礼します!」
アルスラーンはアリアの牢に向かって走る。
「私も、少し甘過ぎるのぅ…オンブルにバレたら、女帝の座からすら引き剥がされかねんというのに」
そっと逃げ出した彼女がアルスラーンとアリアの脱獄劇に関わったことは、結局これから先も露見することはなかった。
「アリア!」
「アルスラーン!」
「今、魔封じの首輪を外します!」
「アルスラーンもあのフードの人に会ったのね」
「ええ、幻影の孤島に逃げろとのことです。…一緒に行ってくれますか?」
「…もちろんよ!」
魔封じの首輪を外され、魔法を使える状態になったアリアによって転移魔法が発動された。アルスラーンとアリアは、幻影の孤島にみごとに逃げ果せた。ここがアルスラーンとアリアの終の住処となるだろう。




