子供の頃幼馴染と「大きくなったら結婚しよう」と約束していたのを、彼女はすっかり忘れている
最近投稿速度が遅くて、ごめんなさい!
「大きくなったら、結婚しようね!」
「うん! 何があっても、絶対に結婚しよう! 約束だ!」
俺・冴草一也は子供の頃、幼馴染の桜坂佳乃とそんな約束をした。
小さい頃の約束だ。婚約指輪を贈ったわけでも、婚姻届に名前を書き合ったわけでもない。
子供らしく指切りげんまんをするだけの、そんな口約束。
だけど俺には紛れもなく初恋で。佳乃への想いを、ずっと胸に抱き続けていて。
親の仕事の都合で遠くの学校へ転校した後も、俺は一途に佳乃を好きでい続けていた。
あれから十数年。俺たちは、高校生になった。
「将来を見据えて、東京の高校に通いたい」。両親に無理を言って、俺は高校進学を機に上京&一人暮らしをすることにした。
本音を言うと、将来のことなんてほとんど何も考えていない。東京の高校に通いたい理由は、別にある。
俺は上京して、佳乃と同じ高校に通いたいのだ。
一緒に登下校したり、昼休み彼女の手作りのお弁当に舌鼓を打ったり、休みの日は人知れずデートをしたり。さながらラブコメのような、そんな高校生活を俺は夢見ていた。
勿論、相手は誰でも良いわけじゃない。俺を主人公としたラブコメのメインヒロインは、佳乃だと決まっている。
俺たちはまだ15歳(今年で16歳)だから、今すぐ結婚するというわけにはいかない。
日本の法律上、俺たちが最速で夫婦になれるのは18歳を迎えてから。ならば18歳になったと同時に婚姻届を役所に提出出来るよう、今から準備しておかなければ。
その為の、交際期間である。
まぁ、俺と佳乃だし? 仮に今結婚したとしても、失敗する可能性なんて皆無だし?
だから言うなれば、今日からの俺たちの関係性は「恋人以上夫婦未満」だった。
婚約者と言い換えることも出来る。
4月8日。
新たな出会いよりも数年来の再会に心を躍らせて、俺は入学式へ向かう。
校門をくぐるやいなや、俺は佳乃の姿を探す。
流石は俺。彼女を瞬時に見つけることが出来た。
「佳乃!」
俺が名前を呼びと、彼女は振り返る。
俺がこの高校に入学していると知らなかった彼女は、目を見開いて驚いていた。
「もしかして……一也」
「そうだ。びっくりしたか?」
「そりゃあ、勿論! こっちに来てたなら、連絡くれれば良かったのに!」
「サプライズは、大切だろ?」
再会の挨拶を交わしていると、「佳乃」と第三者が彼女の名前を呼ぶ。
その声は、間違いなく男のものだった。
「あっ、司くん」
「おはよっす。……ん? 誰、こいつ? 知り合い?」
「うん。私の幼馴染」
「幼馴染、ねぇ……」
第三者もとい司くんとやらは、俺に値踏みするかのような視線を向ける。
「俺は本庄司。よろしくな」
「え? あっ、あぁ。冴草一也だ。こちらこそ、よろしく」
握手をしながら、俺は「ところで」と彼に尋ねる。
「本庄は、その……佳乃とは、どういう関係なんだ?」
「そんなの、決まってるじゃん!」
本庄の代わりに、佳乃が俺の問いに答える。……本庄の腕にしがみつきながら。
「こういう関係です!」
こういう関係が何を表すのか、わからない俺ではない。
二人は付き合っているのだ。
「大きくなったら、結婚しよう」。その約束を覚えていたのは、どうやら俺だけだったみたいで。
入学早々、俺の高校生活はお先真っ暗になったのだった。
◇
初恋は、まず叶わない。
どこかの誰かがそんなことを言っていたのを、俺はふと思い出していた。
そのセリフを初めて聞いた時、俺は「そんなわけねーだろ、バーカ」と内心吐き捨てていた。
だって俺の初恋は佳乃で、そして俺と佳乃は結ばれる運命なのだ。
だからどこの誰が提唱したのかわからないその理論は、全くもって成り立たない。
……この日までの俺は、そう考えていた。
でも、先人たちの言うことはしっかり聞くものだな。俺の初恋も、ものの見事に叶わなかった。
翌日。
登校した俺は、佳乃と「おはよう」の挨拶すら交わさなかった。
佳乃と一緒にいる為に、わざわざ親元を離れて東京の高校へ入学したというのに。今は彼女と話したくない。
佳乃の顔を見る度に、胸の奥がズキズキ痛んでしまう。
笑った顔や、怒った顔。泣いた顔や、幸せそうな顔。
俺だけが知っていると思っていた佳乃の顔を、きっと本庄も知っている。
いや、それどころか、俺の知らない彼女の一面すらも熟知しているのかもしれない。
そう思うと、余計に苦しくなった。
クソッ。彼氏がいるとわかっても、俺は佳乃への想いを捨てきれずにいる。
当分新しい恋は見つけられそうにないな。そう思っていると、突然「おはよう」と声をかけられた。
まさか佳乃の方から挨拶をしてくれたのか? そう思って顔を上げると……そこにいたのは、本庄だった。
「何だ、お前か」
「開口一番「何だ」とはご挨拶だな。こういう時は、笑顔で「おはよう」で良いんだよ」
「……おはよう」
俺は大人だ。
嫉妬しているからと言って、挨拶を返さないなんてそんなガキみたいな真似はしない。……笑顔ではなかったけど。
そんな俺の心情に気付いたのか、本庄は「まったく」と言いたげな顔をしてため息を吐いた。
「冴草、ちょっと話せないか?」
「……人に聞かれたらマズい話か?」
「あまりよろしくないな」
「わかった」
教室や廊下だと誰に聞かれるかわからなかったので、俺たちは階段の踊り場へやって来た。
多少人通りはあるものの、ここならば会話の全容を盗み聞きされる心配もない。
壁に寄りかかりながら、本庄は早速話題に入る。
「……話というのは、他でもない。俺と佳乃の関係の話だ」
「恋人同士なんだろ? 改めて言わなくても、ちゃんとわかってるって」
あっ。もしかして、だから俺に話しかけてきたのか?
「自分の恋人に馴れ馴れしく接するな」と、忠告しにきたのか?
……安心しろ。自分の欲望の為に、佳乃の幸せをぶち壊したりなんてしないさ。そこまで落ちぶれちゃいない。
俺がそう伝えようとすると、
「いや、わかっていないって。それが大きな勘違いなんだって」
……勘違い? 本庄は、一体何を言っているんだ?
俺の首を傾げていると、本庄は自身を指差しながら衝撃の真実を打ち明けた。
「だって俺、前に佳乃にフラれてるし」
本庄が佳乃にフラれている? でも、本庄を彼氏だと言っていたのは他ならぬ佳乃だよな?
依然として、意味がわからない。
「詳しく説明してくれ」
「勿論だとも。……俺と佳乃は、中学の頃からクラスメイトだった。男女含めて、多分佳乃が一番気の許せる友人だったんだと思う。だから次第に友情が恋慕に変わってきて。去年の夏、思い切って告白したんだ」
「……それで?」
「結果は玉砕。「他に好きな人がいるから」だそうだ」
目を伏せながら語った後、本庄はジッと俺を見る。
「その時こうも言っていた。「自分は小さい頃から、ある男の子のことが好きなんだ。今は離れ離れになってしまったけど、いつか再会したら結婚する約束もしたんだ」って」
「……」
そのある男の子が誰なのかなんて、考えるまでもない。俺である。
「でも、だったらどうしてお前と付き合っているなんて嘘をついたんだ?」
「突然の再会で、照れてしまったからだと思う。彼女って、そういう天邪鬼なところがあるだろ?」
「……確かに」
「あとは……君の気持ちも子供の頃から変わっていないか、確かめる為」
だとすれば、そんな心配は杞憂だった。
俺はお前と一緒になる為に、ここにやって来たのだから。
「……悪い。急用が出来た」
「あぁ。俺なんか気にせず、早く行けよ」
本庄司。初めはいけ好かないイケメン野郎だと思っていたけど、実際はめちゃくちゃ良い奴じゃねーか。
彼にお礼を言ってから、俺は佳乃のもとへ向かうのだった。
◇
始業までもう時間がない。
教室に戻っている時間がもったいないので、俺はメッセージで佳乃を屋上へ呼び出した。
程なくして、佳乃は屋上にやって来る。
「急に呼び出して、何? そろそろホームルームが始まるんだけど」
「わかってるよ。一つだけ、お前に確認しておきたいことがあって。……本庄に聞いた。あいつと付き合っていないっていうのは、本当か?」
「……彼、喋っちゃったのね。それで、あなたはその話を聞いてどう思った?」
「答える前に、一つだけ言わせてくれ。……実は俺にも、好きな奴がいるんだ」
このタイミングで「好きな奴がいる」なんてぼかした発言をすれば、恐らく佳乃は勘違いするだろうということはわかっていた。
わかっていてそう口にしたのは……仕返しのつもりだった。
案の定、佳乃は「そう……」と寂しそうに俯く。
「そいつとは子供の頃、結婚の約束をしてたんだけどな。さっき聞いた話だと、どうやら彼女もまだ彼氏がいないみたいなんだ」
「そうなのね。……って、え?」
ここに来て、ようやく佳乃は「俺の好きな奴」=「佳乃自身」だと気が付く。
そしてみるみるうちに、顔を真っ赤にした。
「プロポーズは、必ずする。だけどそれはもっと雰囲気の良い場所で、思い出に残る形でしたい。だから今は、取り敢えず」
俺は佳乃に手を差し出す。
「桜坂佳乃さん。俺と付き合って下さい」
佳乃はすぐに俺の手を握らなかった。
「うーん」と、少し考え込んだ後で、
「一つ文言が抜けているわね。……結婚を前提に、あなたとお付き合いさせていただきます」
……悪いな、佳乃。
結婚は前提条件じゃなくて、確定事項なんだ。
キーンコーカーンコーン。
佳乃が俺の手を握ると同時に、予鈴が鳴り響く。
それはさながら、俺たちの明るい将来を祝福するウェディングベルのように思えた。