第二章 蕃じいちゃんとの再会! ウチらのカレーに足りないもの-2
真咲良と新輝が通されたのは、10畳ほど居間だった。
テレビ台やタンス、座卓が備え付けられており、開け放たれた障子の先にある縁側からは、涼しげな風が吹き込んできた。
「蕃じいちゃんって、昔からあんな感じだったの?」
新輝は、あぐらをかいて、座卓に置かれていた瓶ジュースをらっぱ飲みしながら、真咲良に訊いた。
「んー……まあ、そうだったかなぁ」
真咲良は、寝転がりながら、気だるそうに答えた。
机に置かれた彼女の瓶ジュースは、空だった。
「しっかし、カレーの大鉄人って呼ばれていた蕃じいちゃんが、あんな人だとはびっくりしたよ。僕、実際に会うよりも、テレビとか本で見たことの方が多いからさ」
新輝は、瓶ジュースを一気に飲みきった。
「大鉄人じゃなくて、ステンレス人間な。大鉄人なんて言ったら、蕃じいちゃん怒るぞ」
真咲良は、寝転んだまま自分の瓶ジュースを振った。
何も音がせず、中身が空なのに気づき、顔をしかめた。
「何でさ? テレビでも本でも、カレーの大鉄人だって言ってたよ」
「それは気に入らん! 鉄は、いつしか錆びるもんだからな」
背後から聞こえてきた声に、新輝が驚いて振り向くと、そこには蕃が立っていた。
片手には、カレー二つを載せたお盆を持っていた。
「……ということ。新輝、とりあえず飯にしよう」
真咲良は起き上がって、座卓の前に正座した。
「そうだそうだ。まずは食え食え」
蕃はニコニコしながら、カレーを真咲良たちの前に配膳していった――。
* * *
カレーを食べながら、真咲良と新輝は、自分たちと『ジャンキーカリー』との間に起きたことの全てを話した。
蕃は、桂樹からざっくりとしたことは聞いていたものの、その詳細までは知らなかったらしく、二人の話を頷きながら、何も食べずにじっくり聞いていた。
「とうとう、『ジャンキーカリー』が、我が県まで……」
蕃は、腕を組み、唸りながら言った。
そして、一瞬だけ笑みを見せ、すぐに表情を戻した。
「?」
真咲良は、それを見逃さなかった。
しかし、蕃がなぜそんな顔を見せたのかまでは、わからなかった。
「店が営業できない状況というのはわかったが、桂樹はどうしたんだ? ケガをしたという割には、落ち着いて電話してきたぞ」
「今はT市中央病院に入院してるからね。容態も、だいぶ落ち着いたし」
蕃の問いに、新輝が答えた。
丁寧語を言わず、無理にくだけた言い方をしようとしているせいか、どこか口調がぎこちなかった。
「だからさ、教えてよ。父さんの言う、カレー力ってヤツを」
真咲良が懇願すると、蕃は、眉間にしわを寄せて真面目な顔になり、彼女たちに向き合った。
「わかった。二人に、カレー力を身につける修行……いや特訓をしよう」
蕃は、目を閉じて言った。
「やったね、姉ちゃん!」
新輝は喜んでいたが、真咲良は表情を崩さず、珍しく真剣な顔をしていた。
「じゃあ蕃じいちゃん、まず何をすればいいの? 特訓って……」
前のめりになって訊く真咲良。
しかし、それに対する蕃の回答は、彼女と新輝の想定していたものとは、少し違っていた。
「今の段階で、助言できることは特にない。まずは、とりあえず思うようにカレーを作ってみるんだ」
蕃の言葉を聞いて、ぎょっとした二人は、直後互いの顔を見合わせた。
「とりあえず作れって……何か、カレー力を身につけるためのコツとか方法はないの? ただやみくもに作ったって、非効率的だよ」
「新輝。どうやら、カレー力のことを少し誤解しているようだな」
新輝の指摘に、蕃は落ち着いて答えた。
「蕃じいちゃん。結局、カレー力って何なのさ? 父さんからはざっくりとしか聞いていなくて、ウチもよくわかってないんだ」
困惑する新輝の横で、真咲良が訊いた。
「なんだ。真咲良もわかってないのか。カレー力というのはな、カレーを作る際に必要な……最後の力だ」
蕃は姿勢を正し、ゆっくりと述べた。
「最後の力?」
真咲良と新輝は、ますますカレー力のことがわからなくなってきていた。
蕃が、ひと呼吸置いてから「最後の力」という言葉を発したため、そこが大事なポイントなのだろう。
だが、最後の力とは、いったい何なのだろうか?
「いいか。二人にとって、カレー作りにおいて大切なものはなんだ?」
蕃は、唐突に真咲良たちに訊いた。
「それは、やっぱりカレーを作るレシピと、スパイスを入れる感覚でしょ」
「姉ちゃん、材料の見極めっていう大事なところを抜かしてるよ。それに、何でも感覚って言うのは……」
真咲良と新輝は口々に答えたが、蕃は両手を突き出し、その会話を遮った。
「二人の言っていることは、どれも正しい。だが、カレー力というのは、それらの一歩先をいくものなのだ」
「一歩、先……」
蕃の言葉を、真咲良は反芻した。
「そうだ。相手は『ジャンキーカリー』、日本で一番のシェアを獲得しているカレーチェーン店だ。そんなところ相手に、素材や技術などという小手先のものだけでは、勝つことは困難だ」
「技術とかじゃないってことなら、身につけるのなんて難しいんじゃない? だって、何すればいいのかわかんないじゃん!」
新輝は、大きな音を立てながら、スプーンを置いた。
「そうカッカするな、新輝。二人がカレーを作るたびに、わしがきちんと助言をする。それをもとに、二人なりのカレー力を見つけ出し、身につけるんだ!」
蕃の言葉には、力がこもっていた。
「新輝、とにかく今は、蕃じいちゃんを信じて、カレーを作りまくるしかないよ」
真咲良は、新輝の肩に手を置いて、彼をなだめた。
「姉ちゃんは、カレー力が何なのかわかったの?」
「いや。だから、蕃じいちゃんの言うとおりのことを、まずはやってみようって言ってるんだよ」
「そんな……」
新輝は、不満そうに真咲良に返事をした。
しかし、彼も内心、とりあえず今は蕃の言葉に従うしかないと気づいていた。
「それに新輝。こういう時、よく言うだろ。『考えるな、念じろ』って」
「……それ言うなら、『考えるな、感じろ』だよ」
真咲良の様子に、やれやれと感じつつも、新輝はクスッと笑った
「でも、わかったよ姉ちゃん。とりあえず、一回カレーを作ってみよう」
「よし、その意気だ!」
真咲良は、勢いよく立ち上がった。
「必要な設備と食材は、離れに全て揃っている。現時点での、それぞれの思う最高のカレーを作ってみろ」
そう言って、蕃は立ち上がり、二人を離れへと送り出した。
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