第二章 蕃じいちゃんとの再会! ウチらのカレーに足りないもの-1
「姉ちゃん、いつまで歩けばいいの?」
新輝は、息を切らせながら、弱々しい声を上げた。
強い日差しが降り注ぐ、夏山のふもと。
急坂の歩道を、シャツに長ズボンというラフな姿でひたすら歩き続ける、真咲良と新輝がいた。
彼女たちは、祖父である安長蕃の家を目指していた。
そこに続く歩道は、それ自体はきちんと舗装されているものの、その幅は非常に狭かった。
さらに、両側からうっそうと茂った木々が侵食してきており、かなり歩きにくくなっていた。
まるで、蕃の家にたどり着くまでが、修行の一種のような有様だ。
「まだ先! 音を上げるのは早いよ!」
真咲良は、足を止めて振り返り、大声で新輝に呼びかけた。
新輝よりもかなり先を歩いていた彼女だったが、彼ほどではないものの息切れをしており、出した大声はがらついていた。
「まったく、蕃じいちゃんの家に行くときに苦労するのは、相変わらずだな」
真咲良がぼそっと悪態をついた直後、新輝が、走って彼女に追い付いてきた。
「もう、山の下の駐車場から、一時間近く歩いてるよ。そろそろ限界だよ。やっぱり車で家まで行った方が……」
「こんなところ、ウチらの軽自動車でも通れないよ。文句言ってないで、歩く歩く!」
息切れながら両膝に手をつく新輝に、真咲良はさらっと言って、再び歩き始めた。
蕃の家は、T市の隣にある小さな町の、さらにその中心部から大きく外れた、山の中にある。
もともとは、『カレーのやすなが』のあるT市中心部近くに住んでいたが、桂樹に店を譲り、真咲良たちの祖母である妻と死別してからは、この地に引っ越して隠居生活を始めていたのだ。
「蕃じいちゃんの家は、遠かったイメージがあるけど……こんなに距離あったかなぁ」
「こんなもんだよ。新輝は一回しか行ったことがないから、記憶があいまいなんだろ」
新輝と真咲良は、そう会話しながら、ひたすら歩き続けた。
真咲良たちや桂樹と、蕃の関係は、決して悪いものではない。
しかし、蕃が隠居してから、彼が自発的に連絡を取ることはほとんどなく、また家族からの連絡にもあまり反応しないため、次第に疎遠になってしまっていた。
真咲良や新輝が生まれた時点で、既に連絡は取りにくくなっており、真咲良は蕃の家に数回行ったことがある一方で、新輝は一回しか行ったことがないという有様だった。
* * *
やがて二人は、山をある程度登りきった。
急坂はだんだん平坦な道になって、歩きやすくなっていた。
「姉ちゃん、まだ?」
汗だくの新輝は、来ていたシャツの首もとを引っ張り、パタパタさせていた。
「もうすぐだよ、もうすぐ……ほら! 見えてきた」
息切れしているとはいえ、元気の残っている真咲良は、新輝の肩を押しながら、歩道の先を指さした。
その先には、歩道が途切れて芝生の広場のようなものが広がっており、古びた平屋の日本家屋が建っていた。
独り暮らしの老人の家にしてはかなり大きく、木製の門が設置されていた。
「ここが、蕃じいちゃんの家だよ。新輝、覚えてないか?」
「うーん、あんまり」
「そう……」
真咲良と新輝が、そんな話をしているうちに、彼女たちは門の前に到着した。
真咲良は、門横のインターホンを押した。
ピンポーン――。
静かな広場の中に、インターホンのベルが鳴り響いた。
しかし、しばらく待っても、家からは誰も出てこない。
「もしかして、留守なんじゃないの?」
「そんなことないよ。父さんが事前にウチらが行くって連絡してるし、それにほら……」
真咲良が再び指さす方向には、開け放たれた内倒し窓があり、中からは明かりが漏れていた。
また、家の周囲にはカレーの匂いが漂っていた。
どうやら、蕃がカレーを作っている様子だった。
「しゃーねぇ、もう一回」
真咲良は、再びインターホンを押した。
すると今度は、それほど時間が経たないうちに、扉が開く音がし、直後門が開いた。
「悪い悪い、待たせてしまって申し訳ない。寸胴鍋から手が離せなくて……」
門から出てきたのは、蕃だった。
身長は桂樹と同じくらいで、がっしりした顔に、少し垂れた目。そして何よりも、もじゃもじゃした白髪のがよく目立っていた。
そして、顔に刻まれたしわと、垂れた目から放たれる目力が、威厳を感じさせた。
「蕃じいちゃん……久しぶり!」
真咲良は笑顔で、無邪気に蕃へ近づいた。
「真咲良、それに……新輝か? 二人とも、大きくなったなぁ!」
蕃も真咲良に笑顔を返して、ハスキーな声で言った。
そんな二人に対して、新輝は一歩引いており、どことなくよそよそしかった。
「おい新輝、蕃じいちゃんにその態度はないだろう」
ため息をついて、真咲良は新輝の背中を押し、無理矢理蕃の前に連れてきた。
「あ……お久しぶりです」
新輝は、戸惑いながら会釈をした。
「まあ、真咲良と違って、新輝はわしとそんなにあったことがないからな」
蕃は、新輝の態度を全く気にしていない様子で、ガハハと笑った。
「蕃じいちゃん。ところで……」
「まあ、ここで話をするのも難だ。ちょうどカレーが出来たところだし、まずは腹ごしらえといこうじゃないか」
蕃は、真咲良の話をさえぎり、自分の家に二人を招き入れた。
その勢いと圧の前に、新輝はただ圧倒されるばかりだった。
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