第一章 黒船来襲! 踏みにじられたウチらのカレー‐4
「父さん、父さん! まさか、死んじゃったんじゃ……」
新輝が再度身体をゆすっても、桂樹はまったく反応を示さなかった。
新輝の顔は、だんだんと泣きそうになっていた。
「そんな縁起でもないこと言わないでよ。いくら『ジャンキーカリー』でも、そこまではしないはずだよ」
真咲良はそう言いながら、桂樹の前にしゃがんだ。
そして、「ごめん!」と言って、彼の頬を数回たたいた。
「う……あ……」
小さなうめき声をあげて、ようやく桂樹が目覚めた。
「父さん! ……よかった」
新輝は安堵した様子で、その場にへたりこんだ。
「新輝、安心してる場合じゃないよ」
彼を注意した真咲良は、続いて桂樹の顔を見た。
「父さん、大変なんだ。あいつら、父さんの食べたカレーと同じカレーを、この商店街のほかの店でも食べさせて、閉店に追い込んでたんだ」
「何? そんなこと……」
「自分の店出す前に、ライバル店を先に潰しておこうって魂胆だったんだよ!」
「……なるほど。競合店舗がなくなれば、自然と自分たちがシェア一位になるということか」
真咲良の早口な報告を聞いて、桂樹は、頼香たち『ジャンキーカリー』の目的を理解した。
「でも父さん。この店は潰させないよ。絶対に」
真咲良は桂樹の目を見て断言したが、その口調には、どこか不安そうだった。
「そういきなり気負うな、真咲良。お前と新輝だけじゃ、まだこの店は切り盛りできないだろう」
「父さん……」
桂樹は、真咲良の本心と不安を、すっかり見抜いていた。
「父さんの言う通りだよ、姉ちゃん。僕たちだけじゃ、まだあいつらに太刀打ちできないよ」
新輝は、悔しそうにつぶやいた。
「新輝も焦るんじゃない。それに、どのみち店がこんな状態じゃ、すぐに営業再開するのは無理さ」
桂樹は、店内を見回しながら、息絶え絶えに言った。
「じゃあ、どうすれば……」
意気消沈し、うつむく真咲良。
桂樹は、そんな彼女と新輝に対し、思いがけないことを提案した。
「真咲良、新輝。二人とも、しばらく親父のところに行ってこい」
彼の言葉に、真っ先に反応したのは新輝だった。
「親父って……蕃じいちゃんのこと?」
彼は目を丸くして、桂樹の顔を見た。
「そうだ。親父のもとで修業するんだ。『ジャンキーカリー』に対抗できるカレーを、短期間で作れるようになるには、それしか方法がない」
「急に言われても……それに、蕃じいちゃんのもとで、何を修行すればいいのさ? レシピとかは、もう教わってるし……」
真咲良は、ひどく戸惑っていた。
「お前たちが学ぶのは、俺が最後に教えようとしていたことだ」
「最後に? それって……」
何のことだよ、と真咲良は言おうとした。
しかしそのとき、桂樹が先ほど、カレー作りにおいて「技術以外に必要なもの」が何か話そうとしていたことを、思い出した。
「あいつらが来る前に言おうとしていた、技術以外に必要なもの……のこと?」
真咲良の言葉に、桂樹はうなずいて答えた。
「父さん。技術以外に必要なものって、何なの?」
今度は、新輝が桂樹に訊いた。
それに対する桂樹の回答は、予想だにしないものだった。
「カレー力だ」
「か、カレー力!?」
聞いたこともない言葉の前に、真咲良と新輝は、同時に大声で言った。
「そうだ。カレーを作る者にとって、絶対に必要な力だ」
「そうなの? 聞いたことないな……新輝はどうだ?」
「僕も、初耳だよ」
確信を持つように話す桂樹の様子に対し、真咲良と新輝は、困惑気味に、互いの顔を見合わせていた。
「カレー力を提唱したのは、親父なんだ。だから、その親父から、直々にそれを学んでこい」
「蕃じいちゃんから、カレー力を……!」
真咲良は、目を見開きながら、桂樹の横顔を見つめていた。
「でも、具体的に何なの? カレーを作る者に絶対に必要な力って……」
「それは、親父のもとでの修行から、自分たちの力で見つけ出すんだ」
「見つけ出すって……」
新輝は、訝しげにつぶやいた。
「新輝、細かいことを気にしていても仕方ないよ。『ジャンキーカリー』のヤツらに一泡吹かせるには、今は蕃じいちゃんだけが頼りだ」
真咲良は、新輝の顔を見ていった。
輝きを取り戻していた彼女の目は、覚悟を決めた様子が感じ取れた。
「……わかったよ、姉ちゃん」
新輝は、彼女の真剣な表情の前に、迷いながらも承諾した。
「そうと決まれば、出来るだけ早く、出発準備をするんだ。店はしばらく休業でいい」
「わかった。父さん、ウチら、絶対そのカレー力ってヤツを身につけてみせるよ」
真咲良は、桂樹に断言した――。
* * *
一週間後。
T市初の『ジャンキーカリー』の支店が、駅前商店街に華々しくオープンした。
入口の前には、長蛇の列ができ、地元テレビ局のトップニュースになるほどの盛況ぶりだった。
その一方で、『カレーのやすなが』は、店の明かりが真っ暗になっていた。
中から人の気配は感じられず、また、店の前を通る客は誰一人いなかった。
入口には、頼香に蹴破られた扉の代わりにベニヤ板が打ち付けられており、『しばらくの間休業します』という貼り紙が貼り出されていた――。
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