第七章 リベンジマッチ! カレー力よ勝利を呼べ-5
「蕃じいちゃん!」
「来てくれてたの!?」
蕃の登場に、真咲良と新輝は目を丸くして驚いた。
「お前は……安長蕃か?」
膝をついてうなだれていたガラムは、じろりと蕃を見た。
「いかにも」
壇上に上がった蕃は、ゆっくりとガラムに近づいてきた。
「なんだよ、蕃じいちゃん。見に来てくれてるなら、ウチらにも教えてよ」
「そうだよ。お忍びで見に来るなんて……東京観光してるんじゃなかったの?」
真咲良と新輝は、蕃に近づき、口々に話しかけた。
しかし、彼はそれらに答えずに、ガラムの前へ向かいゆっくりとしゃがんだ。
「私たちの店に勝つだけが、証明じゃない。そうだろう? ガラム君」
蕃は、ガラムの左肩に手を置いた。
「……!」
ガラムは、肩を震わせたまま、何も答えなかった。
「なになに? 蕃じいちゃん、この社長と知り合いか何かなの?」
真咲良の問いかけに、蕃は立ち上がった。
「ちょっと違うな。この、ガラム君の親父さんと、わしは知り合いだったんだ」
「ミハギノ社長の、父親……?」
蕃の思わぬ回答に、真咲良よりも新輝が、表情を一変させて驚いた。
「そうさ。ガラム君。君の親父さんは、美萩野雄吉だろう?」
新輝の顔を一瞥した蕃は、再びガラムに視線を戻して、優しく指摘した。
「!」
ガラムは、依然黙ったまま、何も答えなかった。
しかし、彼のハッとした表情から、蕃の発言が真実であることに、真咲良と新輝は気づいた。
「美萩野雄吉……って、誰だ? 新輝は聞いたことある?」
「いや。うーん……」
真咲良と新輝が、お互い顔を見合わせながら首をかしげていると、蕃が再び二人のほうを向いた。
「二人が知らないのも、無理はないさ。雄吉は、今から40年くらい前に、わしとしのぎを削ったカレー料理人だからな」
その言葉を皮切りに、蕃は雄吉との関係を語り始めた。
約40年前、若きカレー料理人として、蕃と雄吉は頭角を現し始め、互いに切磋琢磨していた。
各種メディアに取り上げられ、また若かった二人は、何度かテレビの特番として、カレー対決をすることがあったのだという。
「雄吉との勝負は、いつもギリギリだった。こちらとあちらの勝ち数は、ほぼ五分五分だったんじゃないかな」
昔を懐かしみ、笑みをこぼしてた蕃だったが――。
「しかし、あの日にすべてが終わってしまった」
この言葉を機に、暗い表情へと一変した。
テレビ特番でもしのぎを削りあってきた彼らだったが、東京周辺では珍しく大雪が降った日の、生放送の直後。雄吉は帰宅途中で自動車事故を起こし、帰らぬ人になってしまったのだ。
雪に伴う路面凍結による、スリップが原因だったのだという。
その日の特番では、蕃が勝利。彼はT市から飛行機で来ていたものの、飛行機が運休になったため、テレビ局近くのホテルに宿泊していた。
雄吉は、蕃に負けたまま、不慮の事故で永遠に対決できなくなったのだ。
「雄吉の葬儀には、もちろん顔を出したさ。喪主は彼の奥さんが務めていてね。アメリカ人なのに、日本式でよくやったなぁと感じたよ。そしてそのあとは、息子と一緒に渡米して、現地で暮らし始めたと聞いてはいたが……」
そこまで話して、蕃はガラムへと顔を向けた。
いつの間にか、彼は立ち上がっており、再び顔を真っ赤にしていた。
しかし、その眼には涙をたたえており、顔が赤いのは、怒りが理由ではないことがうかがえた。
「……そうさ。パパは、安長蕃に負けたまま死んでいったんだ」
ガラムは、絞り出すような声で、ようやくその口を開いた。
「……」
真咲良と新輝は、何も言うことができなかった。
いや、このときは、蕃とガラムの関係に、立ち入ってはならないような気がしていた。
「パパがあの日死んだのは、安長蕃のせいじゃない。不慮の事故だ。そんなことはわかってる。でも……」
ガラムは、蕃をビシッと指さした。
「いつか、あなたのカレーに勝つ! 誰の力も借りず。それが……美萩野雄吉の息子としての使命だと、ずっと思ってた」
「その一心で40年過ごし、『ジャンキーカリー』の社長として、この日本に戻ってきたのか……」
蕃は、ガラムの思いを受け止めるかのように、ただ彼をまっすぐ見ながら立っていた。
「……な~んだ。要するに、『ジャンキーカリー』がやたらウチらの店にこだわってたのは、蕃じいちゃんと作った店に対する当てつけってこと?」
突然真咲良が、気の抜けたような声で言い放った。
「姉ちゃん。その言い方は、さすがにミハギノ社長に失礼――」
「いや、新輝くん。真咲良くんの言うとおりだ。私は自分の恨みで動いていたんだから」
自身を擁護しようとする新輝の言葉を、ガラムは自ら遮った。
「真咲良くん。この勝負は、君たち『カレーのやすなが』の勝利だ。この前社長室で言っていた通り、我々の経営方針に関する話を聞こう」
観客たちが、再びざわつき始めた。
最初は、『カレーのやすなが』の勝利に沸いていたが、舞台がただならぬ状況になっていることに気づき、彼らは注目していたのだ。
「わかった。じゃあ遠慮なく」
真咲良は、蕃の前に出て、ガラムと向き合った。
そして、目を閉じて咳払いすると、カッと見開いて彼の目を見た。
「『ジャンキーカリー』を、普通のカレーチェーン店として、このまま続けてくれよ」
「何……!?」
真咲良からの予期せぬ言葉に、ガラムはそのまま硬直してしまった。
「姉ちゃん……」
新輝も、彼女の顔を見た。
だが、彼の表情に不安感は一切なく、それは蕃も同じだった。
「蕃じいちゃんへの恨みが原動力だっていうけど、40年も頑張り続けて、世界規模のカレーチェーン店を作っちゃうのは、伊達じゃない。社長も社長なりに……カレーが好きで、たまらないんだろ?」
「……」
「だったらさ、ライバル店潰しでチェーンを広げる、今みたいなあこぎな商売はやめてさ……いちからやり直してくれよ」
「真咲良くん……!」
「カレー好きに、悪いヤツはいないはずじゃん?だから―」
真咲良は、このとき初めてガラムに微笑んだ。
それを聞いた彼は、舞台上で、あらゆるメディアのカメラが入っているにもかかわらず、大声で泣き始めた。
「真咲良、よく言ったな」
彼女の後ろに立っていた蕃は、その左肩をたたいた。
振り返ると、にこにこと微笑んでいた。
「姉ちゃんの提案、悪くないと思うよ。らしくないけどね」
蕃の後ろから出てきた新輝は、笑いながらそう言ってみせた。
「らしくないは、余計だよ」
真咲良は、彼の肩を小突きながら、プッと吹き出した。
「いいのか? 本当にいいのか? だって私は――」
「細かいことはいいんだよ。さっきも言ったじゃん? カレー好きに、悪いヤツはいないはず。それだけだよ」
そう話す真咲良は、腕組みをしながら微笑んでいた。
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