第七章 リベンジマッチ! カレー力よ勝利を呼べ-4
「続きまして、『カレーのやすなが』です」
古海の言葉を受けて、真咲良と新輝は、カレーを乗せたお盆を持った。
そして、審査員席へ順々に、カレーを並べていった。
新輝がカレーを配り終え、調理台に戻るために回れ右をすると、一瞬ガラムの顔が見えた。
「……!」
彼は、ガラムが嘲笑のまなざしで自分たちのカレーを見ていることに気づいた。
それを受けて彼は、先に調理台に戻ろうとしている真咲良のもとに、駆け寄った。
「姉ちゃん、ミハギノ社長の顔――」
「ああ。余裕ぶっこいて、ウチらのこと憐れんでるような目つきしてたな」
真咲良もまた、新輝と同じくガラムの様子に気づいていた。
「でも新輝、気にすんな。ウチらのカレーなら、勝てる」
しかし彼女は、不安な顔を一つ見せず、すたすたと調理台へ戻っていった。
それを追いかける形で、新輝もその隣に戻った。
「普通だな」
「昔ながらの、『カレーのやすなが』らしさを感じるチキンカレーですわ」
「ん……若干前回のカレーよりも、具材が型崩れしているか?」
富安・吉成・津ノ井の反応は、決して芳しいものではなかった。この直前に、見た目の派手な『ジャンキーカリー』のマジックカレー改良型を見てしまっているから、当然であった。
しかし、そうしたことは、真咲良と新輝は予想済みだった。
見た目のインパクトでは絶対に勝てない。だからこそ、順当なカレーと自分たちにしか出せない味、そして自分たちの持つカレー力に、全てを賭けていた。
「見た目に対する評判は芳しくないようですが、安長さんとして、どうお考えですか?」
古海は、真咲良に近寄り、そのマイクを向けた。
「カレーに限らず、料理は見た目だけがすべてではありません。ウチらのカレーは、ジャンキーカリーに比べれば地味かもしれませんが、食べていただければその違いをわかってもらえるはずです」
本当はもっといろいろと言いたいことがあったが、真咲良はここまでしゃべって、古海にマイクを突き返した。
文句を言いすぎると、審査員や観客たちの心象を悪くする可能性があると判断したからだ。
「なるほど。おっしゃっていることはよくわかりますが……」
「そんなものは、敗者の戯言だよ!」
古海の実況に、ガラムがマイクを使わずに割り込んできた。
「ちょっ、ミハギノ社長――」
新輝も同じように、マイクなしで彼に反論しようとしたが、真咲良がすぐに手でそれを止めた。
彼が彼女の顔を見ると、力強い視線で口を真一文字に結び、首を素早く横に振った。
「……姉ちゃん、わかったよ。僕らはカレーで、勝負するんだもんね」
真咲良が何を言わんとしているかを、彼は理解した。
「り、両者の主張が入り乱れる形になりましたが、審査員の方々には、実食に入っていただきましょう。それでは、お願いします」
古海に促される形で、審査員たちは、スプーンを手に取り、カレーを一口掬った。
そのスピードは、先ほどのマジックカレー改良型の時よりも遅く、真咲良たちのカレーをよく観察しているというよりも、興味を失い、けだるそうにしているからに見えた。
「皆さん、お願いします」
審査員たちが3人ともなかなか食べないので、古海が促した。
それを受けて、ようやく彼らは、カレーを一口食べた。
彼らは目を閉じたままそれを咀嚼し続け、1,2分ほど、ただひたすらかすかな租借音だけが流れた。
その1,2分は、真咲良たちにとってもガラムたちにとっても、そして観客たちにとっても、通常の何倍にも長く感じられた。
「カレーを食べてから、3人ともずっと黙ったままですが……どうしたことなのでしょうか?」
堰を切る形で、古海が実況を入れた。
それを耳にしてか、津ノ井が、最初にゆっくりと目を開いた。
「美味い」
彼はただ一言、そうつぶやいた。
真咲良たちを含めた会場の誰もが、一斉に彼に目を向けた。
「このカレーは、力強い美味さがある!」
津ノ井は、スプーンをカレー皿にガシャンと置き、握りこぶしで机をたたきながら、力強く言った。
「おっと! 審査員たちの反応が、前回と違うぞ! どうしたのでしょうか!?」
古海のあおるような実況に対し、今度は吉成が口を開いた。
「見た目は前回のカレーより若干明るくなった程度。変化はしていますが、『ジャンキーカリー』のマジックカレーには劣ります。味についても、伝統の『カレーのやすなが』のカレーをベースにしているため、大きな違いはありませんが……」
「見た目も味も、以前から少ししか変化していない? では、津ノ井さんにあれだけのインパクトを与えた違いとは、いったい……」
古海は、津ノ井と吉成の言っていることが、理解できなかった。
それに対し、富安が、そのカレーの核心に触れた。
「このカレーには、強い力かがある!」
彼は、使っていたスプーンでそのままカレーを指し、大声で叫んだ。
「富安さんの表現が、一番しっくりきます。このカレーには、力を感じます」
津ノ井も、その意見に同調した。
吉成は、発言こそしなかったものの、その頷きで同意の意思を示した。
「!」
そう舌反応を見聞きした瞬間、真咲良と新輝は目を輝かせ、お互いの顔を見あった。
「カレーに力を感じるとはどういう……もしや、以前T市での対決で安長さんたちが言っておられた、カレー力でしょうか?」
古海は当初困惑していたものの、以前の頼香とのカレー対決のことを思い出して、カレー力に言及した。
「カレー力――そうした表現が適切ですね。このカレーには、カレー力を感じます。そしてそれは、『ジャンキーカリー』のマジックカレー以上だ!」
富安は、興奮気味に早口で語った。
そうした評価を聞いて、ガラムの顔はどんどん青ざめていった。
「富安さんの意見に、賛成です」
「私もです。正直、マジックカレーを超えてくるとは思いませんでした」
津ノ井と吉成も、彼の意見に同調した。
「ということは、この対決は……」
「満場一致で、『カレーのやすなが』の勝利です!」
古海の実況が終わるのを待たずして、審査員たちは、一斉に真咲良たちの勝利を宣言した。
会場はとてつもない熱気に包まれ、大歓声が響き渡った。
「姉ちゃん、やった! やったよ!」
あまりの喜びのあまり、新輝は無邪気に、真咲良に飛びついた。
「ガキじゃないんだから、飛びつくのはやめなって……でも、やったな! 新輝!!」
真咲良は、彼の身体をはらったあと、遅れて喜びを分かち合った。
対するガラムは、肩を落としていたが、だんだんと青ざめていた顔が怒りで赤くなっていっていた。
「我が社のカレーが、逆転負けだと!? しかも、またしても、カレー力という、あやふやなものに……」
マイクなしで、ガラムはうなりながら叫んだ。
観客席は歓声に包まれていたため、その声は届いていなかったが、同じ舞台にいる真咲良と新輝には、はっきりと聞こえた。
「あやふやな力じゃないよ、社長さん」
真咲良の声が聞こえたため、ガラムはそちらに目を向けた。
彼女は、新輝とともに、自分たちのカレールウが入った寸胴鍋の前に立っていた。
「カレー力っていうのは、カレーを作る者が思いを込めるための力だ。ウチらは、あんたたちに勝つのもそうだけど、もっと美味しいカレーを食べてもらいたいと思いながら作ったから、結果的に勝ったんだよ」
「そんな非科学的な……信じられん!」
真咲良は堂々と言い切ったが、ガラムはまだ納得できていなかった。
「科学的かどうかなんて関係ない! どんなに味が優れていても、美味しいと感じてもらいたいという思いがなければ、それは不完全なんだ!」
真咲良は、寸胴鍋からカレールウまみれのおたまを取り出し、ガラムに向けてビシッと突きつけた。
その気迫の前に、さすがの彼も気おされてしまった。
「くそっ。パパに続いて、私も『カレーのやすなが』に負けるのか? そんなことは……そんなことは……」
ガラムは頭を垂れて、ぶつぶつと言い始めた。
「姉ちゃん。ミハギノ社長、なんか言ってるよ」
「うっすら聞こえてくるけど、よくわかんないね。あの社長の親父さんなんて、知らないし」
新輝と真咲良は、予期せぬガラムの反応に困惑していた。
そのとき、舞台に上がってこようとする、ドタドタという足音が聞こえた。
警備員がその人間を止めようとしたようだが、聞こえてくる声から、それを強行突破したのであろうことがうかがえた。
「もう我々にこだわるのはやめるんだ、ガラム君!」
真咲良と新輝が振り返ると、そこには、蕃が立っていた。
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