第六章 立ち上がれ三代目! 真のカレー力に気づくとき-6
真咲良は、キッチンのコンロの右側を使って、カレーペーストづくりに入っていた。
「さっ、こっからが本番だよ」
そう言いながら、彼女は、脇に用意していたガラムマサラ・ターメリック・クミン・ショウガ・ニンニクの瓶詰めスパイスに手を出した。
まずはレシピ通り、計量スプーンで大体の量を測り、フライパンに入れていく。
そして、それらをひと通り入れたあと、横一列に並べた瓶詰スパイスをなめるように見た。
「ウチらが求めているカレーを作るのに、もうひと押し必要なのは……」
何度も周回するように瓶詰めスパイスを見たあと、彼女は「これ!」と叫びながら、ガラムマサラ・ターメリック・ショウガの瓶を取った。
そしてそれらを開け、両手でそっと持ちながら、量を測らずに、直接フライパンに投入した。
「もう少し、もう少し……こんなもん!」
真咲良は、瓶を置いて、フライパンとフライ返しを持ち、炒め始めた。
「こりゃいいや。なんか、蕃じいちゃんのところにいた頃のカレーの作り方を、思い出してきたよ」
にやにやしながら、彼女は楽しげにフライパンを操っていた。
その隣では、新輝が左側のコンロを使い、寸胴鍋で野菜を煮込んでいた。
真咲良が量を測らずにスパイスを投入しているさまを、彼は間近で見ていた。
いつもなら、彼は顔を真っ青にして注意するのだが、この時は注意するどころか、感心しながら見守っていた。
(姉ちゃん、楽しそうにやってるな)
新輝は、真咲良を信頼していた。だからこそ、何も心配していなかった。
そんな彼は、今度は自分の寸胴鍋へと目を移した。
まもなく、レシピ上で指定されている煮込み時間が来ようとしていた。
(カレーの味をしみこませ、かつ食材に柔らかさを与えるには、今のレシピよりももっと煮込むべきだ。でもその時間は……)
キッチン上に置いていた、タイマーがけたたましく鳴った。
新輝はそれを素早く止めると、そのまま目をつぶり、寸胴鍋の中をかき混ぜ始めた。
「もう少しもう少し……」
いつの間にか、思いが声となって発露し、彼はかき混ぜ続けた。
やがて、レシピの指定時間よりも1分少々オーバーしそうになった頃――。
「今だ!」
カッと目を見開いた新輝は、コンロの火を止めてた。
そして、おたまでニンジンをすくい、目線の高さに合わせてまじまじと観察した。
ニンジンは、ぬらぬらと光っており、鮮やかながらやさしい色合いの、赤橙色をしていた。
「これだよ、これ! いい感じ!」
新輝は喜びながら、そのニンジンを寸胴鍋に戻した。
「新輝のほうも、楽しく上手くいってる?」
フライパンを巧みに操りながら、真咲良が新輝に聞いてきた。
「うん。今のところ、満足のいく出来してるよ。レシピも大事だけど、やっぱり、楽しみながら作るのが一番だね」
彼は、真咲良の顔を見て笑った。
真咲良も、彼の顔を見ながら笑っていた。
二人の楽しいカレー作りは、その後も続いた――。
* * *
いつの間にか外の日が暮れ、月光が窓から差し込み始めた頃。
「できた!」
二人は同時に叫んで、ダイニングテーブルの上に一皿のカレーを置いた。
カレールウは、以前二人が作っていたものよりも、さらに黄色みがかったものになっていた。
しかし、茶色も抱合したその色は、優しさも感じさせるものであり、ひと昔前の家庭で出てきたようなカレーにも似た、懐かしさを感じさせるものだった。
真咲良のフィーリングによって投入されたスパイスが、よい化学反応を起こしていたのだ。
さらに、中に入っている具材は、カレールウにまみれており、型崩れしそうになっていたが、個々の色味はっきりとしていた。
それは、新輝のゆで加減の調整の賜物だった。
「半分レシピ通り、半分フィーリングで作ったわりには、今までで一番いい見た目してるんじゃない?」
真咲良はかがみながら、嬉しそうにまじまじとそれを見ていた。
「同感だね。あとは味がどうなってるかだけど……」
新輝は、彼女の横で腕を組みながら、同じくカレーを見つめていた。
「とにかく、食べてみよう」
真咲良は、食器棚からスプーンを2本取り出し、1本を新輝に手渡した。
そして、彼よりも先にカレーに手をつけ、一口食べた。
しばらくの間、部屋には、彼女の咀嚼音が流れた――。
「どうしたの姉ちゃん? もしかして……まずかった?」
目を閉じて咀嚼しながら、ただ黙ったままの彼女に、新輝は不安を覚えた。
彼の問いかけを受けてもなお、真咲良は黙って、その一口を味わい続けていた。
そして、咀嚼音が途切れたかと思うと、ようやく目を開いた。
「いける……新輝、いけるよこれ!」
真咲良は一気に表情を明るくさせながら、新輝を自分の隣へと引き寄せた。
「本当? それならそうと、早く言ってよ。心配しちゃったじゃんか!」
「まあ、そう言うなって。新輝も食べてみなよ」
彼女に促される形で、新輝もカレーを一口食べた。
口に入れた瞬間、まずはカレールウの味が舌を包んだ。
真咲良が、ショウガを多めに入れたことから、とがった刺激が感じられたが、辛味のような暴力的な刺激でなく、ほどよいものだった。
そしてその刺激が、さらに食欲を増させてくれているように感じた。
そのカレールウを味わいながら、今度は中の食材を噛んでみた。
ニンジンなどの野菜はすぐ舌の上でとろけだし、絶妙な甘さを醸し出していた。
それに対抗するかのように、チキンは硬さを維持しており、やさしく噛みしめるとジューシーさが口の中を駆けめぐった。
「姉ちゃんすごいよ。量を細かく調整せずに作ったのに、今までのカレーの中で一番美味いじゃん!」
新輝は思わず、スプーンでカレーを指しながら叫んだ。
「今までのレシピをベースに、やりたいようにやって、楽しむだけ楽しんで作った結果だね」
真咲良は、腕を組みながら笑った。
「蕃じいちゃんの言ってた通りだったね。僕らが思いという名のカレー力をこめれば、それだけカレーが美味しくなる……」
新輝は、皿にスプーンを置いて、感慨深げにカレーを見つめた。
「そうだね。それにこういう感覚は、自分たちで気づかないと、わからない。蕃じいちゃんがウチらに何もアドバイスしてくれなかったのは、気づく機会を与えたかったからなんだね」
真咲良は、新輝の隣に立ち、テーブルに両手をついて、同じようにカレーを見つめた。
「これなら、明日のカレー対決でも勝てる気がする……」
「うん。やってやろうよ、新輝!」
二人の目には、輝きが戻っていた。
翌日のカレー対決に対する不安は、すべて消し飛んでいた。
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