第六章 立ち上がれ三代目! 真のカレー力に気づくとき-3
カレー対決の翌朝。
東京の天気は曇りであり、わずかな雲の隙間から太陽の光がのぞいていた。
『ジャンキーカリー』のガラス張りの本社ビルにも、どんよりとした雲が写っており、鈍色をしていた。
そして、社長室にいるガラムは、いつも通りデスクにつきながら、パソコンでメールのチェックをしていた。
そのデスクの脇には、紙コップに入ったコーヒーが置かれていた。
「もうすぐ、始業時間か」
パソコンに表示された時計を一瞥して、ガラムは独り言を言った。
「来客の予定がない日の朝は、ゆったりしていてグッドだ。やはりこうした余裕がなければ……」
そうつぶやききながら、コーヒーに口をつけると、部屋の扉の外からドタドタと音がした。
「What? 来客の予定はないが……」
ガラムが紙コップを置いて、扉を注視したそのとき、扉がノックもなしに勢いよくバタンと開いた!
「おいおい、入る時はいつもノックしてくれとあれほど……なっ!」
ガラムは、出入口に立っている二人に驚いた。
昨日のカレー対決で敗北したはずの、真咲良と新輝だったのだ。
「真咲良くんに、新輝くんじゃないですか。まだ、T市に帰られてなかったんですね」
「あんたの取ってくれたウィークリーマンションの契約期間、まだ残ってるからね。」
慌てた様子を見せたガラムに対して、真咲良は堂々としていた。
そんな三人のもとへ、秘書が走ってきた。
「も、申し訳ありません! 入口でアポを取るようにお伝えしたのですが、安長さまたちは無理矢理入られて……」
「そうだよ姉ちゃん。やっぱり、アポなし強行突入ってのは、さすがに強引すぎるよ」
ぜえぜえと息を切らせながら釈明する秘書に、新輝が続いた。
そんな二人のことを、真咲良は全く気にする様子はなく、ただひたすらガラムを見つめ続けていた。
「いいですよ、あなたは下がっていなさい」
ガラムは、秘書を社長室から退室させた。
「……それで、今日はいったい何のご用ですか? カレー対決は、昨日終わりましたが」
ガラムは落ち着きを取り戻してデスクに戻り、いつもの調子でしゃべり始めた。
「社長さん。単刀直入に用件だけ言うよ。もう1回、あんたのカレーと対決がしたい!」
「何?」
真咲良の発言に、ガラムはぎょっとした。
まさか、彼女たちがリベンジマッチを申し込んでくるとは、予想していなかったからである。
「じょ、冗談はよしてください。決着は昨日ついたじゃないですか。我々の勝利は揺るぎませんよ」
「確かに昨日は、ね。でも次は負けないよ。昨日よりも、もっといいカレーを作る自信があるんだ!」
「そんな根拠のないことを……見苦しいですよ、真咲良くん」
ガラムは、相手にできないと言わんばかりに、鼻で笑った。
「じゃあ、これならどう? もし次の対決でウチらが負けたら、そのときは、ウチの店が……」
「『カレーのやすなが』が?」
「ウチの店が、『ジャンキーカリー』の新しい支店になるよ」
真咲良は力を振り絞るようにして、そう言い放った。
「!」
「姉ちゃん!?」
予想だにしていなかった彼女の言葉に、ガラムと新輝は仰天した。
目を輝かせてニタつき始めたガラムに対して、新輝は不安の色が隠せない様子だった。
「逆に、もしウチらが勝ったら、『ジャンキーカリー』の経営方針を変えてもらうよ。地域のカレー屋潰しをして全国展開だなんて、腹が立つからね」
「ふむ……」
ガラムは、考え込み始めた。
「姉ちゃん。あんなこと言うだなんて、昨日言ってなかったじゃん。どうすんのさ……」
「大丈夫だよ。心配すんなって」
新輝と真咲良がひそひそ話していると、ガラムが勢いよく立ち上がった。
「I understand! お二人がそこまで言うのなら、カレー対決をもう一度開催しようではありませんか!」
ガラムは、ノリの良い口調で嬉しそうに言った。
本社ビル全体に響き渡りそうなくらいの大声が、彼の喜びの大きさを表していた。
「よし、決まりだね。あ! もちろん、ウチらがT市に戻るまでに、開催してくれるんだよね?」
「それは……そうだね。もちろんだとも。約束しよう!」
ガラムは一瞬顔をひきつらせたが、真咲良の要求をのんだ。
いつの間にか、外の天気は少し雲が抜け、晴れ間がのぞいていた。
その陽光が、真咲良たちとガラムを分断するように、差し込んでいた。
* * *
『ジャンキーカリー』の本社ビルを出た真咲良たちは、地下鉄に乗り、滞在するウィークリーマンションの最寄り駅まで戻ってきていた。
「姉ちゃん。あんな風に啖呵切るなんて、僕聞いてないよ。すっかりミハギノ社長もノリノリだったじゃん」
駅の改札口脇で、新輝はげっそりした顔をしていたが、対する真咲良は、依然元気そうだった。
「あそこまで言えば、あの社長も話に乗ると思ってね。ほら、なぜか知らないけど、『ジャンキーカリー』ってウチらの店にやたらこだわってるじゃん」
彼女の軽いノリに、新輝は頭が痛くなってきていた。
「じゃあ、あそこまで言ったのなら、何か勝つ秘策があるんだよね。姉ちゃん?」
半信半疑で、新輝は率直に訊いた。
「無いよ。今のところ、なーんにも無い」
あっけらかんと無策を宣言する真咲良に、新輝は予測していたとはいえ、卒倒しそうになった。
「勝てる見込みどころか、秘策も何も無いだなんて、どうするんだよ……」
すっかり肩を落とした彼の肩を、真咲良はそっとたたいた。
「正確に言うと、策が無いんじゃないよ。これまでやってきたことを、さらに深めるんだよ」
「これまでのことを、深める?」
顔をゆっくりと上げた新輝は、真咲良の顔を見た。
彼自身を包むような、優しい目つきをしていた。
「蕃じいちゃんが言ってたろ。ウチらのカレー力には、伸びしろがあるって。だから、それを徹底的に伸ばしてやるんだよ」
左手でガッツポーズをしながら、真咲良はそう呼びかけた。
「できるかな? 僕らに」
「できるかどうかじゃない。やってやるんだよ! 本当にカレーが好きなウチらのカレー力が、あんな社長の作るカレーに負けるはずがないんだよ!」
真咲良の口調は、興奮気味だった。
新輝だけでなく、自分自身をも鼓舞しているようだった。
「姉ちゃんって、いっつも最後は力押しだよね」
ふふっと笑った新輝は、ガッツポーズで作っていた真咲良の左こぶしを、両手で包み込んだ。
二人は、お互いの顔を見ながら、力強く頷いた――。
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