第一章 黒船来襲! 踏みにじられたウチらのカレー‐1
日本海側に面する地方都市・T市は、人口10数万人を擁する、この地域では最大の都市である。
昔からの市街地は、鉄道駅の北側にあり、駅前バスロータリーからは、片側二車線の道路が延びていて、その両脇には商店街が形成されている。
天気も快晴であり、普段なら様々な人が行き交う賑やかな通りなのだろうが、この日は日曜日。
ほかの地方と同じく、この通りの多くの商店は定休日であり、また昨今の高齢化と過疎化の進行で廃業する商店も多く、シャッターを閉めているところが大半だった。
そんな、シャッター街と化した商店街で、元気に営業している店があった。
この地で創業し、何十年も続く老舗カレー店、『カレーのやすなが』である。
洒落た昭和の喫茶店のような外観に、厨房に隣接したカウンター席と、テーブル席が数席ずつ配された狭い店内。レトロさ満点であるが、そこまで真新しさは感じられない。
しかし、そんなこの店が繁盛している理由は、看板メニューであるチキンカレーの確かな味と、それが地元の人や全国のカレー通に愛され続けてきたからである。
特に、インターネットが普及しグルメサイトができてからは、それを見て訪れる観光客が、昔よりもさらに増えていた。
店内の壁に掲げられた、額縁に入った賞状や楯が、この店の提供するカレーが確かなものであることを表していた。
そしてこの日も、店の入口には長い行列が出来ており、なおかつ店内は満席。厨房や客席に立つ安長一家は、その対応に終われていた。
「父さん、姉ちゃん! チキンカレー2つに野菜カレー1つ。あっ、チキンカレーは一つ大盛りで!」
コック姿の安長新輝は、客から取った注文を急いで注文票に書き込み、厨房に立っている男性と若い女性に手渡した。
身長は一七〇センチくらいで、短くまとめたその髪型は、男性としては標準的な体形と見た目だった。
「OK、新輝! あと、チーズトッピングの方は出来たから、持って行って!」
若い女性――安長真咲良は、新輝から注文票を引ったくるように受け取り、続いてカレー皿を突き出した。
新輝と同じくコック姿で、背は少し彼より低いものの、それでも女性としては高め。
真っ黒で長い髪を、真っ赤なゴムでまとめた、ハイポニーテールの髪型をしていた。
そして手渡したカレーは、カレールウが濃厚な黄土色をしており、それと振りかけられた細かいチーズの隙間から、鶏肉やニンジンなどの食材がのぞいていた。
「新輝、それは一番奥の席の人のだから、気をつけて持っていくんだよ」
真咲良の横で、フライパンを器用に動かす安長桂樹は、新輝を一瞥して呼び掛けた。
既に50近い年齢だが、長い顔に黒々とした短髪、そして真咲良や新輝よりも大柄な体形が、その年齢を全く感じさせなかった。
「わかってるよ。もう、子どもじゃないんだから」
「料理の専門学校生なんて、ウチらから見れば、まだまだひよっ子だよ」
新輝と桂樹の会話に、背を向けた真咲良が茶々を入れてきた。
彼女は、寸胴鍋に入ったカレールウを、おたまでかき混ぜていた。
「そういう姉ちゃんだって、去年高校出たばっかりじゃないか。僕と二歳しか変わんないのに……」
新輝は、持ち上げかけたチーズトッピングのチキンカレーの皿を置き、すかさず彼女に反論した。
「なんてったって、ウチは新輝のお姉ちゃんだからな。あらゆる経験が違うよ、経験が」
「よく言うよ。高校の時、頭悪いせいで何回落第しかけたんだよ」
得意げに話す真咲良に、新輝はぴしゃりと言った。
「おい新輝! それは、人前では言わない約束だろぉ?」
真咲良は、寸胴鍋の中に、ガシャンとおたまを乱雑に置いた。
そして、不機嫌そうな表情で振り返って、新輝に顔を近づけてきた。
「だって事実じゃないか。姉ちゃんだからって、偉ぶらないでよ!」
新輝も、むすっとした顔で、真咲良の目を見ながら口を尖らせた。
「ばあさん。また、三代目どうしのケンカが始まったぞ」
「今日もあの姉弟は、通常運転だねぇ」
常連客であろう、カウンター席に座っていた老夫婦が、カレーを食べながらぼそりとつぶやいた。
「二人とも! お客さんの前ではケンカはやめろと、何度も言ってるだろう!」
桂樹は、フライパンから炒めた野菜を皿に盛り付けながら、真咲良と新輝に注意した。
「……は~い」
真咲良と新輝は、同時に桂樹の方を見て、やがて持ち場へと戻っていった。
『カレーのやすなが』は、桂樹の父である安長蕃が開店したカレー店である。
今は、桂樹が二代目として店主になり、彼の子供たちである真咲良と新輝は、見習い店員として、厨房などに立っていた。
二人は、ケンカするほど仲が良いというべきなのか、昔から衝突することが多く、厨房に立つようになってからも、その様子は相変わらずだった。
そのため、店の常連客にとっては、二人のケンカと、桂樹に注意されて仕事に戻るさまは、もはや日常の風景だった。
この日の『カレーのやすなが』の昼営業も、いつもの調子で、時間がどんどん過ぎていった――。
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