第五章 舞台は東京へ! リベンジマッチの生んだ挫折-7
時計がもうすぐ14時を指そうとしていた時。ほぼ同じタイミングで、真咲良たちのカレーとガラムたちのカレーが完成した。
「さあ、もうすぐ時間ですが……あっ!」
調理台に目を向けた古海は、真咲良たちとガラム、両者のカレーが出来上がったことに気づいた。
「調理台にご注目ください! 両者、カレーができあがったようです!」
真咲良たちとガラムたちの調理台に、それぞれカレーが3つずつ並んでいた。
真咲良たちのカレーは、前回頼香との対決でも披露した、チキンカレーだった。
カレーペーストの作り方を誤ったせいで、カレールウは少し黒みがかっていたが、それでも特有の黄土色がはっきりと感じ取れるものであり、鶏肉もルウにまみれてきらきらと光っていた。
対するガラムたちのカレーは、頼香が見せたカレーとは、大きく異なる見た目をしていた。
以前は青みがかっていたカレールウは、なぜかショッキングピンクに変わっており、いったい何が調合されているのか、まるで見当もつかない見た目をしていた。
また、中に入っている肉やジャガイモは、ルウにまみれたせいで赤や緑色に変化しており、ずっと見ているとくらくらしてしまいそうなくらい、派手な極彩色をしていた。
「では、まず『ジャンキーカリー』側のカレーから、審査いただきましょう」
古海のアナウンスにあわせて、ガラムの周りにいた社員たちは、一斉に審査員たちの前にカレーを持って行った。
「青色も奇抜だと思いましたが、今度は派手なピンク色とは、ジャンキーカリーさんの作るカレーは、いつも驚きにあふれていますなあ」
津ノ井は、目の前に出された極彩色のカレーをまじまじと見ながら、ぼそりとつぶやいた。
「そうでしょう、そうでしょう。今回提供させていただいているのは、トリップカレーを超える究極のカレー、マジックカレーなのです!」
ガラムは、マイクもなしに大声でゆったりとしゃべり、カレーの宣伝をした。
「しかし、ショッキングピンクのカレールウとは……」
「青みがかっていたトリップカレーですら、食べるのに抵抗があったのに、これは食べても大丈夫なのでしょうか?」
富安と吉成は、不安を隠せずそう述べた。
そんな否定的な意見に対しても、ガラムは全くひるむことはなかった。
「詳しいスパイスなどの調合はお伝え出来ませんが、当然日本の食品衛生基準をクリアしたものを使っています。安心して召し上がってください。さあ、どうぞ!」
ガラムから、そう柔らかくけしかけられた審査員たちは、戸惑いながらカレーを一口食べた。
「……!」
審査員たちの動きが、一様に止まった。
「おっと、これは! いったい、何があったというのでしょうか?」
予想外の審査員たちの反応の前に、古海の実況もキレが悪かった。
「……いけるじゃないか、これは」
最初に口を開いたのは、津ノ井だった。
「確かに、以前のトリップカレーから、さらに味に磨きがかけられていますね。優しい辛味をしつつ、強烈なインパクトも兼ね備えている」
「セントラルキッチン製とは思えない、スパイスの風味を感じますね」
当初はマジックカレーに否定的だった富安と吉成も、皆一様に肯定的な意見を述べ始めた。
そして、三人とも勢いよくスプーンを動かし、あっという間にマジックカレーを完食してしまった。
「見た目は奇抜だけど、味は実力派! これが『ジャンキーカリー』のカレーの特徴ですが、このマジックカレーは、その真骨頂と言えるものでしょう!」
古海は、そう締めくくった。
* * *
審査員席のカレー皿が片付けられ、続いて真咲良たちのカレーの番がやってきた。
「続いて、『カレーのやすなが』側です」
古海のアナウンスに従って、真咲良と新輝は、審査委員たちの前にカレーを置いていった。
審査員たちは、どこか安心しているような目つきで、無言でカレーをあらゆる方向から見つめていた。
「『カレーのやすなが』のお二人さん。今回作られたカレーについて、その特徴を教えてください」
審査員たちが一言もしゃべらないため、古海は真咲良たちに話題を振った。
「はい。今回のカレーは、前回の対決でも披露したチキンカレーです。ベースとなるものは同じですが、スパイスの調合度合いなどを変えて、前回よりもさらにパワーアップしたものになっています」
真咲良は、古海からマイクを受け取ると、意気揚々と答えた。
「昔から有名な、あのチキンカレーですか。確かに味も一級品ですが、見た目が先ほどのマジックカレーに比べると印象が薄いような気が……」
津ノ井の指摘を聞き逃さなかった新輝は、真咲良からマイクを受け取った。
「確かに見た目はオーソドックスです。ですがその中には、今まで僕たちの店が作ってきた歴史や思いが詰まっています。絶対に負けません」
自分たちのカレーをそうフォローした新輝だったが、その口調の速さからは、焦りが隠しきれていなかった。
「わかりました。皆さん、食べてみようじゃありませんか」
吉成が呼びかけたことで、津ノ井と富安も、一緒になってカレーを食べ始めた。
「!」
一口食べたその瞬間、審査員たちのスプーンを動かす手が止まった。
「これは……」
津ノ井は、何かに気づいた様子だった。
「そうでしょう。そうですよね? 先ほどのマジックカレーとは、違うでしょう?」
審査員たちの好感触を確信した新輝は、持ったままのマイクでそう呼びかけた。
「どうしたんだこれは。『やすなが』のチキンカレーは、こんなものだったのか?」
真咲良たちのカレーが出されてから、一言もしゃべっていなかった富安は、開口一番そう口走った。
「なんだって!?」
真咲良は、その反応に耳を疑った。
「確かに、カレーのやすながらしい味が息づいている。だが、良くも悪くも、それ以上でもそれ以下でもない出来栄えですな」
「カレーの完成度は決して悪くないですが、先ほどのマジックカレーと比べると……ちょっとね」
津ノ井と吉成の感想も、酷評とまではいかないものの、決して良いものではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! きっと皆さん、先ほどのマジックカレーを食べたせいで、感覚がマヒしているんですよ。もう少し時間をおいてから食べていただければ、きっと……」
「いや、それでも評価は変わらないね」
新輝は再び自分たちのカレーをフォローしようとしたが、それは富安の一言により、無残にも打ち砕かれた。
「先ほど食べたマジックカレーは、確かに見た目はどぎついものだった。だが、その中に内包されていた味は、我々の舌に、脳に、強く訴えかけてくれる何かがあった」
彼の講評に、津ノ井と吉成は、同調するように深く頷いた。
「そんな! あっちはセントラルキッチン製で、しかも化学調味料がてんこ盛りのカレーなのよ? それが、ウチらのカレーよりいいだなんて……」
真咲良は、新輝からマイクをひったくり、審査員たちの評価に反論しようとした。
しかしそれは、はたから見れば、ただの悪口にしか聞こえないものだった。
「セントラルキッチン製だろうがなんだろうが、美味しいものは美味しい。そしてカレーに限らず、料理というものは、美味しいものが勝つんだ」
「そうですわ。このチキンカレーも確かに美味しいけど、先ほどのマジックカレーに比べるとね」
「……!」
津ノ井と吉成の、畳みかけるような好評の前に、真咲良はうつむき、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「姉ちゃん……」
新輝が彼女の肩に手を置いた時、古海が、マイクをさっと取っていった。
「ということはこの対決、満場一致で、『ジャンキーカリー』側の勝利ということでよろしいですね?」
古海の呼びかけに対し、審査委員たちは皆、一様に頷いた。
会場内はどよめき、熱狂に包まれた。
「ウチのカレーが……負けた?」
完全に覇気がなくなっていた真咲良は、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「そうさ。我が社のカレーが、君たちのものよりベターだったということさ」
真咲良が顔を上げると、そこにはガラムが立っていた。
「なんだよ。ウチのカレーに勝ったから、嫌味でも言いに来たの?」
「姉ちゃん、落ち着いて落ち着いて……」
吐き捨てるように言った真咲良を、新輝はなだめた。
しかしガラムは、真咲良の言葉をまったく気にしていないようだった。
「違うさ。我が社のカレーが勝った理由を、お伝えしようと思ってね」
ガラムの得意げな表情は、真咲良たちにとっては最大の嫌味のように感じられた。
「そんなの聞きたくもない!」
真咲良はぴしゃりと言い放ったが、直後新輝が「いや、聞いてみようよ」といったことで、彼女はしぶしぶ彼とともにガラムの話を聞くことにした。
「何、簡単なことさ。君たちがカレーの研究をしているように、我々だって日々それをしているんだ」
少し笑いながらしゃべるガラムに対し、真咲良たちは黙って聞き続けていた。
ガラムは、その反応に一瞬顔をしかめながらも、話を続けた。
「君たちが、ミス頼香のカレーを打ち破った際のカレーがあったろう? あれを分析したデータをもとに、我が社は、トリップカレー改良型に改良を重ねたんだ。スパイスの調合度合いを算出してね」
「そんな……」
『ジャンキーカリー』の科学的なやり方に、新輝は衝撃を受けた。
「これでわかるだろう? カレー作り、いや料理には、情熱や技術はいらないのさ。もちろん、君たちが言っていた、カレー力とやらもね」
「そんな……そんなことない」
勝ち誇るガラムに、真咲良は精いっぱい抵抗してみせた。
しかし、声は上ずっていて覇気が感じられず、またカレー対決の結果が、彼女の主張に説得力を持たせてくれなかった。
「そうかい。じゃあ、なんで今回のカレー対決で、君たちのカレーは負けたんだい? 君たちの言うカレー力が、我々よりも上回っていたのなら、勝てたはずだろう?」
「……」
真咲良も新輝も、もはや何も言い返すことができなかった。
「私の主張にまだ文句があるのなら、勝ってから言うんだね。まあ、もう勝敗はついてしまったけどね!」
そう言い残して、ガラムは高笑いしながら立ち去って行った。
会場が歓声と熱気に包まれる中、真咲良と新輝は、屈辱に耐えるように肩を震わせていた――。
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