第五章 舞台は東京へ! リベンジマッチの生んだ挫折-6
2日後。とうとう、ガラムとの直接対決の日がやって来た。
平日の午前中、『ジャンキーカリー』本社ビル内にある大ホール。
舞台のつくりは一般的なものであったが、その規模はビルの中にあるとは思えないほどの大きさであり、そこには、システムキッチンと冷蔵庫が左右それぞれ1台ずつ設置されていた。
その舞台に向かって、右側のシステムキッチンには真咲良と新輝が、左側にはガラムと黒スーツの男性社員5人がいた。
そして、真咲良たち側のシステムキッチンには、既に寸胴鍋やフライパンといった調理器具がセットされていた。
全て、二人が持ち込んだものだったため、それらはかなり使い込まれた、年季の入ったものだった。
観客席側に目を向けると、大型劇場のようにずらりと座席が配されたおり、前5列ほどは埋まっていたが、後ろに向かうにつれて空席が目立っていた。
また、観客席の後ろの列では、テレビカメラやライトなどの撮影器具と、スタッフたちの影が見えた。
「すげぇ、誰か代役の社員が出てくるのかと思ったら、本当にガラム社長が出てきたよ」
ガラムの姿を遠目に見ながら、新輝は真咲良にひそひそ話した。
「本当。あの社長、軽口たたくわりには、男気あるのね」
真咲良は、新輝の言葉に同意し、感心していた。
そのとき、ふとガラムがこちらを向き、小馬鹿にしたような笑いを見せたため、二人はとっさに目線をそらした。
二人は、ガラムの態度に怒りを感じたと同時に、言葉にしがたいもやもやとした嫌な予感を覚えていた。
そして、少し経ってから、以前の頼香とのカレー対決で登場した秋里とは別の、男性アナウンサーが登壇してきた。
中肉中背の40代くらいで、ツバメの巣のようなもじゃもじゃ頭には、かなり白髪が目立っていた。
「あれ、秋里さんとは違うレポーターだね」
「きっと、ジャンキーカリーの専属レポーターか何かなんだよ」
二人が再びひそひそと話していると、やがて男性アナウンサーが舞台の中央に立ち、どこからともなくマイクを取り出した。
「皆様こんにちは! 本日のカレー対決の司会を務めさせていただきます、『ジャンキーカリー』の公式ネット番組でおなじみのグルメレポーター、古海です」
古海があいさつすると、その場を盛り立てるようなけたたましい音楽が、会場のあらゆるスピーカーから流れ始めた。
「ミハギノ社長の企画により実現した、『ジャンキーカリー』本社でのカレー対決。対戦相手は、先日のカレー対決で、初めて『ジャンキーカリー』に勝利をおさめた、『カレーのやすなが』の安長姉弟です」
その紹介と同時に、真咲良と新輝にスポットライトが当てられた。
「!」
頼香とのカレー対決のときとは違う、自分たちの紹介の仕方。そして突然のライトのまぶしさの前に、二人は肩をびくっとさせて驚いた。
そんな、戸惑いを隠せない二人をよそに、スポットライトは続いて舞台脇を照らした。
そこには、長机1つとパイプいすが3つ設置されており、男性二人と女性一人が、横並びに腰かけていた。
年齢層は30代から60代と幅広く、以前のカレー対決での審査員とは雰囲気が明らかに違っていた。
「今回の審査委員は、日本を代表する料理研究家の方々にお越しいただいています。向かって右側から順番に、津ノ井氏、富安氏、吉成氏です」
舞台脇へと小走りで駆け付けた古海は、片手を大きく広げながら、審査員たちを紹介した。
そして、紹介に合わせて、審査員たちは順々に会釈をしていった。
30代の津ノ井は、精悍な顔つきで堂々としており、その隣の40台半ばの富安は、逆に穏やかな顔つきだった。
また、審査員の中で唯一の女性であり、かつ最高齢の60代である吉成は、何もかも見通すかのような、大きく鋭い目をしていた。しかし、そこから敵意などは感じられなかった。
「顔は見たことないけど、名前を聞いたことある人ばっかりね」
真咲良は、感心しながらつぶやいた。
「短時間であれだけの審査員を集めるだなんて、ミハギノ社長も本気ってことだね」
「どうかな」
新輝は感心していたが、前回の対決で頼香にやられた経験から、真咲良は依然ガラムに対して疑いの目を持っていた。
「ミハギノ社長。前回は支店とはいえ一度敗北していますが、今回のカレー対決、ご自身側が勝つとお考えですか?」
古海はガラムのもとへと駆け寄り、そう訊いた。
するとガラムは、彼の持っていたマイクをひったくるように取って、しゃべり始めた。
「もちろんです。前回の対決は、開発途中のカレーだから負けたのであって、本来我が社のカレーが負けるはずがありません。勝利を確信していますよ」
その口調からは、ゆるぎない自信が感じられた。
「うわ~、言うなあミハギノ社長」
「感心してる場合じゃないよ、新輝。あの社長の、鼻を明かしてやろう!」
新輝を、そして自分自身を奮い立たせるように、真咲良は静かに、しかし力強く呼びかけた。
それを受けて新輝が頷いた直後、時計が、ちょうど12時を指した。
「それでは、対決スタートです!」
古海の勢いある号令で、真咲良たちとガラムたちのカレー対決が始まった。
* * *
「……」
真咲良は、フライパンでカレーペーストを炒めていた。
対決開始から15分。既に野菜や肉といった必要な材料は既に切り終えており、悪くないペースである。
しかし、真咲良はどういうわけか、こびりつくような不安が頭から離れなかった。
前回の戦いでは、真咲良は自分の作るカレーに絶対的な自信を持っていた。そのとき、対戦相手である頼香は、完全に真咲良たちに気おされており、勝利を確信することができた。
だが、今回は違う。
ガラムは終始不敵な笑みを浮かべており、絶対的な自信を感じられた。
さらに今回の対決は、そもそもガラム側が申し出てセッティングされたものである。ガラムに何か考えがあるのではないかという推測は、容易についた。
(ウチらのカレーは、一回あいつらに勝ってるんだ。着実にやれば、今回だって――)
真咲良は自分にそう言い聞かせながら、フライパンを振る手を速めた。
「……ちゃん、姉ちゃん」
ハッと真咲良が気付くと、新輝がコンロの火を止めていた。
「新輝、何やってんの? 寸胴鍋の野菜はどうなった?」
真咲良の問いかけに対して、新輝は顔をしかめながら、ため息をついた。
「よく言うよ姉ちゃん。手元のカレーペースト見てみなよ! 焦げそうになってるじゃないか」
怒る新輝の剣幕に驚いた彼女は、素早くフライパンに目をやった。
本来であれば、深みのある茶色をしているはずのカレーペーストは、炒めすぎたせいもあり、黒く変色していた。
しかし、完全に丸焦げにはなってなさそうである。
「ごめん、新輝。ぼーっとしてたよ」
「ぼーっとしてた? 勘弁してよ、姉ちゃんらしくない」
新輝は真咲良を注意して、隣の寸胴鍋のところへと戻っていった。
「……そうだよね。新輝、ウチどうかしてたよ」
真咲良が、苦笑いしながら新輝の背中に呼びかけると、彼はちらっと振り返って、「これからは、こういうことナシだよ」と、にこやかに言った。
気を取り直した真咲良は、再び自分の調理へと戻った。
新輝の背中から、自分の手元に視線を戻す際、一瞬、仁王立ちして不敵な笑みを浮かべるガラムたちの姿が見えたが、わざと気にしないようにしていた。
* * *
カレー対決が終了まで、残りあと30分。
真咲良たちがカレー作りの大詰めに入っているのに対して、ガラムたちはまだ、食材や調理器具に一切手を付けようとしていなかった。
「対決終了までタイムリミットが迫ってきました。ジャンキーカリー側はまだ動きを見せませんが……いや、そろそろ見せてくれるのか!?」
「今だ、始めろ!」
古海の実況に呼応する形で、ガラムは周囲の『ジャンキーカリー』の社員たちに、号令をかけた。
その次の瞬間、社員たちは手際よく、水を張った鍋を火にかけ、直後冷蔵庫からルウやご飯のパックを取り出し、次々に鍋の中へと投入していった。
「『ジャンキーカリー』側は、今回もセントラルキッチン製のもので応戦のようです! 前回はこのパターンを使って敗北していますが、今回はリベンジとなるのでしょうか?」
場を盛り上げるため、古海はわざと挑発するような実況を行っていた。
しかし、ガラムたちは誰一人として、それに動じることなく黙々と調理を続けていた。
「この前とは違うんですよ。この前のカレーとはね!」
ニヤニヤ笑いながら、周りに聞こえない程度の大きさで、ガラムは口走った。
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