第五章 舞台は東京へ! リベンジマッチの生んだ挫折-3
到着ロビーから私鉄の地下駅に降り立った真咲良と新輝は、そこから地下鉄などを乗り継ぎ、『ジャンキーカリー』日本本社の最寄り駅に到着した。
入居するビルは、地下鉄の出入口の一つと直結していたが、駅の中で道に迷ってしまった二人は、遠回りに遠回りを重ね、一度地上に出てから、そこにたどり着いた。
「でっかいなあ。これ1棟が、丸々自社ビルだなんて……」
ビルを見上げながら、新輝はつぶやいた。
そのビルは、全面ガラス張りで、ゆうに30階以上はあろうかという高層ビルだった。
入口の自動ドア脇にある看板を見ると、一番上の10階分を、『ジャンキーカリー』とその関連企業が使用しており、その下はテナントとして貸しているのか、別の企業の本社や事務所が入居しているのが確認できた。
「こんなガラス張りのビル、ハリボテみたいなもんだよ。ウチらの手にかかれば……」
新輝と同じく、真咲良もビルを見上げていた。
依然強気な彼女だったが、新輝は、彼女が内心少し恐れを抱いていることに気づいていた。
「姉ちゃん、声が震えてるよ。無理してるのバレバレ」
新輝は、冷ややかな目で真咲良を見た。
「そ、そんなことないよ。とりあえず、さっさとあの社長に会おう」
露骨に取り乱した真咲良は、取り繕うかのように、自動ドアを抜けてビルへ入っていった。
「姉ちゃん! ……ったく」
新輝も、早歩きで彼女の後を追った。
* * *
1階のエントランスで、入館手続きを済ませた二人は、そのままガラムの秘書だという眼鏡をかけた黒スーツの女性に連れられ、エレベーターに乗り込んだ。
そして、最上階で降り、エレベーターホールから続く一直線の廊下を奥へと歩いていくと、『社長室』のプレートが掲げられた、重厚な木目調の扉が見えてきた。
「ガラム・ミハギノ社長は、こちらにおられます。準備はよろしいですか?」
扉の前に立った女性秘書は、振り返って、確認するかのように真咲良と新輝の顔を交互に見た。
「ああ。早く会わせてよ」
真咲良は、背筋を伸ばして返事をした。
「では」
女性秘書は、扉をノックし、そのまま扉を開けた。
扉の向こうには、頼香のタブレットPCなどで何度か見たことがある、社長室が広がっていた。
窓際にあるデスクには、ガラムが豪華なデスクチェアに座っており、デスクを背にして窓を眺めていた。
「社長。安長真咲良さんと、新輝さんをお連れしました」
女性秘書が呼びかけると、ガラムがゆっくりとデスクチェアを回転させ、真咲良たちを見た。
「やあ! 安長真咲良くん、新輝くん。こうして直接顔を合わせるのは、初めてだね」
ガラムは、迎え入れるように大ぶりな身振り手振りをして、二人を招き入れた。
その反応に戸惑っていた二人だったが、女性秘書に背中を押されたため、そのまま彼のもとへ歩いて行った。
「……!」
初めて生のガラムを見た二人は、そのオーラに圧倒された。
見た目は、パソコン画面やテレビCМで見るよりも少し老けているように見えた一方、その眼光や口調からは鋭さが感じられ、やり手社長であることをひしひしと感じた。
(この社長、やっぱり、ただ軽口をたたいてるだけの陽気なおっさんじゃないな)
真咲良は、つばを飲み込んで確信した。
「さて。君たちをわざわざ東京までお招きしたのは、先日送ったメールの通りだ。ぜひ、我が社のカレーとリベンジマッチをしてもらいたい」
フッと笑って、ガラムは早口で用件を述べた。
「勝負なら、この前の文化会館でのカレー対決でついてるはずだよ。二度目はない」
真咲良は強気で反論したが、ガラムはそれを全く気にしていなかった。
「あのとき敗北したのは、まだ開発中だったトリップカレー改良型さ。今回は、完成しグレードアップした完全版で、勝負させていただきたいんだ」
「完全版?」
新輝は、身を乗り出して訊いた。
「そう! 我が社のカレーは、常に研究開発を行い、日々進化を続けている。ぜひ、その進化したカレーで、改めて対決してもらいたい」
ガラムは言葉こそ懇願していたが、その口調や様子からは、二人にカレー対決を強制させるような雰囲気があった。
「そう言われてもなあ、姉ちゃん」
「社長の話を聞いてると、負け惜しみみたいにしか聞こえないよ」
新輝も真咲良も、ガラムの提案にあまり乗り気ではなかった。
「リベンジマッチだとかなんとか言って、飛行機のチケットまでくれたから、わざわざ東京まで来たけど、ほとんどカレー対決の必要性を感じないね。話はこれだけなら、ウチらは帰らせてもらうよ」
真咲良は荷物をまとめて出ていこうとし、新輝も彼女についていった。
そのとき――。
「T市で長い歴史を誇る、老舗の『カレーのやすなが』が、敵を前にして戦わずして逃げ出すのかい?」
ガラムがゆったりとした口調で、しかし大きな声で呼びかけた。
それを耳にして、二人は足を止めた。
「逃げる?」
むっとした顔で、真咲良は振り返った。
「あからさまな挑発だよ、姉ちゃん。気にしなくていいよ」
新輝は彼女の手を引っ張ったが、振りほどかれてしまった。
「非常に残念だよ。私はある意味、君たちのカレーを目標にしてきたのに、当の店側がこんなに腰抜けだったとは」
「1回負けてるくせに、よく言うよ」
真咲良は負けじと反論したが、ガラムは屈する様子がなかった。
「そこまで言うのなら、ぜひ再度勝負していただきたい! 名店である『カレーのやすなが』に勝ってこそ、我が社のカレーが優れていることが証明できるからね!」
話をするにつれて、ガラムはどんどん早口で大声になっていき、興奮していることがうかがえた。
「なんで、世界的チェーン店が、ウチみたいな地方のいちカレー店に執着するんだ……」
新輝はぼそっと疑問を呈したが、真咲良やガラムの耳には届いていなかった。
「そこまで言うのなら、やってやろうじゃんか! ウチらのカレー力、もう一回見せてやるよ」
挑発に乗った真咲良は、既に対決を引き受ける気満々だった。
「姉ちゃん……」
「新輝もやるよな。そうだろ?」
「えっ? あっ……うん」
真咲良の勢いの前に、新輝は思わず頷いてしまった。
こうして、真咲良たちとガラムの、直接的なカレー対決が実現することになった。
「いいぞ、真咲良くん! 新輝くん! そう来なくては!」
ガラムは、音を立てて立ち上がり、二人をビシッと指さしながら嬉しそうに叫んだ。
あまりの急なテンションの変わりように、真咲良たちは、驚きのあまりその場で硬直してしまった。
「では対決は2日後、このビルの下の階にある大ホールでやろう。もう全て、セッティングしてあるんだ」
ガラムは再びデスクにつき、大げさ身振り手振りを交えながら、嬉しそうに言った。
「ちょっと待って。2日後はいいけど、それまでウチら、どこで何してればいいのさ? まさか、これから自分たちで宿探ししろってわけじゃ……」
気を取り直した真咲良は、焦り気味に訊いた。
「ノンノンノン! それについては、ちゃんと用意してあるさ。ほら、例のものを」
ガラムが指示をすると、秘書がスーツのジャケットから、小袋を取り出し、真咲良に手渡した。
「その袋の中に、鍵と、宿の案内が入っている。ここからそう遠くないところだ。東京に慣れていない君たちでも、迷わず行けるはずだよ」
ガラムの言い方に、真咲良はまたもやカチンと来た。
「君たちでもって、田舎者だと思って迷子になるとでも思ってるの?」
「まさか。そんなつもりで言ったんじゃないよ。気を悪くさせたのならすまないね」
ガラムは、笑い飛ばした。
「姉ちゃん。とりあえず対決は2日後に決まったんだから、一度用意してくれたところに行ってみようよ」
「新輝! でも……」
「これ以上長居したって、何かあるわけでもないでしょ?」
「……!」
新輝の説得を受けて、真咲良は落ち着きを取り戻した。
「じゃあ、対決は2日後ということで。絶対ウチらが勝つからね!」
そう言い残して、真咲良は、新輝とともに社長室を出ていった。
急な二人の行動を前にした女性秘書は、あわてて彼らを追うように出ていった。
扉が閉まって静かになり、社長室にはガラムだけが残された。
「あのときも、あんな感じで血気盛んなアツい人間だったなぁ」
ガラムは、ため息をつきながら椅子に深く座り直し、遠い目をした。
「The apple doesn’t fall far from the tree|(蛙の子は蛙)――いや、この場合、子どもじゃなくて孫だよな、安長蕃」
鼻で笑いながら、そうつぶやく彼の姿を知る者は、誰もいなかった。
読んでいただいたご感想や反応等いただけると、励みになります。
お待ちしておりますので、どしどしよろしくお願いします!




