第五章 舞台は東京へ! リベンジマッチの生んだ挫折-1
「そうそう。その調子で、きれいな仕上がりでお願いします。壁が壊れた跡が、目立たないように!」
頼香とのカレー対決から、数日後。平日の昼下がりの、『カレーのやすなが』店舗内。
薄ピンク色の半袖シャツに、黒い長ジャージを履いた真咲良は、厨房から大声で指示を出した。
彼女の目線の先にいたのは、カウンター席後ろの壁を補修している、ツナギ姿の男性作業員たちだった。
「姉ちゃん。そんなグチグチ細かく言わなくても、業者さんは設計図通りしっかりやってくれるよ」
彼女の隣にいた新輝は、あきれ顔をしながら、横目でその姿を見ていた。
彼は、黒い半袖シャツに灰色の半ズボン姿で、背もたれのない折りたたみ椅子に座っており、片肘をつきながらノートパソコンを開いていた。
「そりゃ、わかってるけどさ。新輝は嬉しくないの? あとちょっとで父さんが退院したら、ついにこの店再開できるんだよ?」
興奮を抑えきれない様子で、真咲良は答えた。
「それはわかるけどさ、カレー対決に勝ってミハギノ社長を見たときの、あの暗い表情はどこいったのさ……?」
新輝は口をとがらせたが、この言葉だけは、真咲良の耳には届いていないようだった。
彼女がここまで喜んでいたのには、理由があった。
頼香に打ち勝ち、ジャンキーカリーT市支店を撤退させた彼女たちは、直後偶然にも、桂樹が1、2週間後に退院できそうだという連絡を受けた。
この日は、店の再開に向けた改修工事の日だったのだ。
設計図は新輝のノートパソコンにも保存されていたため、桂樹の許可を取り、彼が主体となって段取りを進めていた。
「とにかく! そんなにあーだこーだ言ったって、工事の進捗が早まるわけじゃないんだからさ。静かにしてなよ」
新輝は、真咲良とは対照的に、少し冷めた様子だった。
「かーっ! 弟なのに、新輝は大人だねぇ」
先ほどは反応がなかった真咲良が、今度はちゃんと返事をした。
「姉ちゃんより、精神年齢は上だからね」
「ちょっと、その言い方はないでしょ!?」
二人がこのようなたわいのない会話をしていると、新輝のノートパソコンから、という電子音が聞こえた。
「あっ、姉ちゃん待って待って。ウチの代表メールに、なんか来たから……」
新輝は会話をやめ、笑いながらノートパソコンの画面に向かった。
そのまましばらく画面に向かった彼だったが、だんだんとその顔から笑顔が消え、真顔になっていった。
「新輝、メールの内容は何だったの? ……新輝?」
明るく声をかけた真咲良は、彼の様子がおかしいことに気づいた。
「『ジャンキーカリー』のガラム社長から……店の代表メールに、メールが来た」
新輝の口調は、驚きのあまりたどたどしくなってしまっていた。
「なんだって!?」
同じく驚いた真咲良は、新輝の横にかがんで、彼を押し退けるように画面を覗いた。
そのメールには、こう書かれていた。
『親愛なる『カレーのやすなが』の皆さま
先日のカレー対決での勝利、おめでとうございます。
あの時は負けてしまいましたが、我が社のカレーの持つポテンシャルは、あんなものではないと自負しています。
つきましては、近日中に、我が社の本社のある東京にて、カレー対決のリベンジマッチをしませんか?
旅費などのかかる費用は、すべてこちらが負担させていただきます。
よい返事を待っています。
ガラム・ミハギノ』
「内容はそれっぽいけど、迷惑メールか何かじゃないの? だって、勝負は一度決着ついたんだよ?」
メールを読み終えた真咲良は、明らかに信じていない様子で、新輝の顔を見た。
しかし、新輝本人は表情を崩さす、そのメールを凝視していた。
「姉ちゃんの言うことも、確かに一理ある。でもね……」
新輝は、真咲良を肩で押してどかし、ノートパソコン画面の正面に座った。
そして、マウスを操作して、メールの添付ファイルを開いた。
添付ファイルのフォルダの中には、ガラムが映った動画ファイルや、真咲良たちの最寄り空港であるT空港と羽田空港の、往復航空便のチケットにかかるQRコードが格納されていた。
「このメールには、ガラム社長本人の動画とか、羽田空港までの往復チケットも付いてるんだよ。これでもいたずらに思える?」
「それは……」
新輝の指摘の前に、真咲良は口をつぐんでしまった。
しばらくの間、店内には、カウンター席後ろの改修工事の音だけが響いた――。
「売られたケンカは、買うしかないよね」
意を決した真咲良は、勢いよく立ち上がった。
「姉ちゃん……!」
新輝は彼女を見上げた。
彼女を見つめるそのキッとした目つきからは、彼なりの覚悟が感じられた。
「ここまでお膳立てされたからには、『ジャンキーカリー』の本社に乗り込むよ。そして、もう一回カレー対決に勝つ!」
「うん!」
真咲良は力強く言い切り、新輝は彼女に同調して立ち上がった。
二人の声を聞いて、作業員たちは思わずその手を止め、彼女たちの方を振り返った。
しかし二人は、それに全く気づかず、東京行きの準備について話し合い始めた。
ジャンキーカリーとの二度目の対決は、こうして始まったのだった――。
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