第四章 姉弟の逆襲! これがカレー力だ-5
各審査員たちの前に、頼香たち『ジャンキーカリー』のトリップカレー改良型と、真咲良たち『カレーのやすなが』のチキンカレーが、それぞれ並べられた。
彼らは、各カレーを、興味深そうに、そして舌なめずりしながら観察していた。
そして、真咲良たちや頼香たち対決の出場者は、陣営ごとに分かれて審査員席の横に一列に並び、その様子をうかがっていた。
偶然にも、真咲良と頼香は、隣どうしになった。
「さあ、審査員たちの試食タイムです。まずは、『ジャンキーカリー』のトリップカレー改良型から、お願いいたします!」
秋里の合図に合わせて、審査員たちは一斉に手元のスプーンを手に取り、トリップカレー改良型を食べ始めた。
しばらくカレーを咀嚼してから――まず口を開いたのは、若い男性審査員だった。
「やっぱり、安定のおいしさですね」
そう一言つぶやいて、再び黙々とカレーを食べ始めた。
「一度お店でトリップカレーを食べたが、今回のは、それのさらに上をいくおいしさですなな。本当にぶっ飛びそうじゃ」
老審査員は、どんどん食べるスピードを加速させていった。
「見た目は確かにどギツいです。でも……」
女性審査員は、一度カレーを食べる手を止めてたが、再びがっつくように食べ始めた。
「これがおいしい、やめられないのよ!」
女性審査員の感想が、こだました。
このように、審査員3人とも、トリップカレー改良型に対する評価は高いものだった。
(当然の結果よ。これがね)
頼香は、ニタニタ笑いながら審査員をなめるように見て、続いて真咲良と新輝に目をやった。
二人は、表情を崩さずに、審査員たちを見つめ続けていた。
(この子たちに、負けるはずが……)
頼香は、自分たちの勝利を信じ、心を落ち着けた。
「続いて、『カレーのやすなが』による、チキンカレーです。お願いいたします!」
審査員たちは、それぞれトリップカレー改良型を脇に置いて、チキンカレーを手前に引き寄せた。
彼らは皆、怪訝な顔をしてカレーを見ていた。
「ご覧なさい、あの顔。我が社のトリップカレー改良型に比べれば、あなた方のカレーは、見た目から劣っているのですよ。あの反応じゃあ、勝負は決まったも同然ね」
頼香は、真咲良に顔を寄せて、ひそひそ声であおってきた。
「安心するのは、まだ早いよ。勝負は、最後までわかんないんだからね」
真咲良は、あからさまな挑発に乗ることなく、冷静に返した。
しかし、言葉の端々から、怒りを抑えているのが感じられた。
やがて審査員たちは、しばらくそのカレーを観察したあと、各々スプーンを手に取り、一口、また一口と、ゆっくり食べ進めていった。
しばらくの間、審査員たちの咀嚼音だけが会場に響いた――。
「先ほどとは違って、審査員たちの誰もが、静かにカレーを食べています。どうしたのでしょうか?」
会場の雰囲気に合わせて、秋里も思わず、小声で実況をしていた。
そこから、さらに数分が経ち、突然審査員たちは、次々にスプーンをガシャンと長机の上に置いていった。
「おっと? いったい、何があったのでしょうか!?」
真咲良たちを含む誰もが、審査員たちに注目した。
「……うまい」
老審査員が、一言それだけ口にした。
「なっ……!?」
頼香は、予想だにしていない展開の前に驚き、うめき声をあげた。
「姉ちゃん!」
彼女とは対照的に、新輝の表情は晴れやかになっていった。
「まだだよ、新輝。油断するな」
しかし、真咲良はまだ顔をほころばせることはしなかった。
「今、『うまい』とおっしゃいましたが、具体的にどの点が、そう感じられたのでしょうか?」
秋里は、マイクを持って、小走りで老審査員に近づいた。
そして、彼の横にしゃがみ、マイクを向けた。
「カレーの味は、さっきのトリップカレー改良型とほぼ互角だ。いや、あちらの方が勝ってるかもしれん」
「それであれば、我が社のカレーの勝ちでは――」
頼香が口を挟もうとしたが、それは老審査員のさらなる発言によりかき消された。
「しかし! このチキンカレーには……それを超える、美味しさ以外のものを感じる」
会場がざわつき、騒がしくなり始めた。
「なんですか? その……美味しさ以外のものは!?」
秋里は、わざとらしく、誇張するように訊いた。
「力ですよ。何とも言えない、強い力を感じます」
老審査員は、興奮しながら、目を見開いていた。
「力……力とはいったい?」
秋里が、老審査員に再び訊こうとしたとき、女性審査員が、彼を手招きした。
それを受けて彼は、今度は彼女にマイクを近づけた。
「表現はしにくいですが、味そのものとは違う、強いものですよ」
女性審査員は、自信満々に答えたが、秋里はまだ、腑に落ちていない様子だった。
「うーん。いまいち何なのか、わかりづらいですね……」
困惑の秋里を見て、頼香が席から立ち上がった。
「そうですよ! もっと的確な評価をお願いします。カレーに限らず、料理とは、おいしいかどうかが全てなんですから」
彼女は、秋里の芳しくない反応を援護するかのように、審査員たちに呼びかけた。
しかし彼らは、その評価を覆す様子はなかった。
「ですが、事実なんです。このチキンカレーは、御社のトリップカレー改良型よりも強い力、インパクトを感じるんです」
今度は、若い男性審査員が、メガネを触りながら答えた。
秋里は、彼にマイクを向けようとしたが――。
「彼の言う通りじゃ。間違いなくこのカレーには、形容しがたい力がある」
「そうです。ジャンキーカリーのカレーよりも、食べてもらいたい、おいしく感じてもらいたいという押しを感じます」
老審査員と女性審査員が、口々に自分の感想をさらに述べ始めた。
「ちょっと皆さん、そう口々に――ああ、もう!」
秋里は、長机の前を右往左往していたが、やがてそのマイク回しをあきらめ、自分の手元にマイクを戻した。
「ということは皆さん。この対決の……」
「勝者は、『カレーのやすなが』です!」
半ばやけになってその場をまとめた秋里に対して、審査員たちは、満場一致で真咲良たちのカレーを推した。
会場内は、驚きと興奮に満ちてどよめき、より騒々しくなっていった。
「ちょ……ちょっと待ってください! さっきから力だの、何か強いものだのって、結局それは何なんですか!?」
頼香は、戸惑いと不満のあまり、審査員たちの席へつかつかと歩き、彼らと秋里を見回しながら詰め寄った。
「私に訊かれても……審査員たちのご意見ですから」
「その審査員たちが、答えられていないじゃないですか! どういうことなんですか!」
怒りが収まらない頼香だったが、そのとき背後に人の気配を感じ、話すのをやめた。
「カレー力、だよ」
その言葉を耳にして、頼香が振り返ると、そこには真咲良が立っていた。
「か……カレー力?」
聞きなれない言葉を前に、頼香はオウム返しで訊き返した。
「ウチらのカレーに込めたそれが、あんたたちのカレーに勝ったのよ」
何かを確信し、自信ありげに語る真咲良。
しかし頼香は、それを聞いても、自分たちが負けた理由が理解できなかった。
「そんなわけのわからないものに、我が社のカレーが負けるだなんて、あり得ない……」
「でも事実です。カレーの味やクオリティがほぼ同じだったということであれば、勝敗を分けたのは、審査員の皆さんの言う力――姉の言うカレー力が、僕らの勝因なんですよ」
真咲良に続いて、新輝が彼女の隣に立ち、頼香に語った。
「味と見た目だけ追求してるあんたらのカレーには、ハートがなかったってことさ!」
真咲良は、頼香をビシッと指さして言い放った。
「味や見た目だけじゃない、ハート……カレー力?」
頼香はおどおどしたままだったが、そのとき、観客席三階の関係者席が、白く光った。
そこには、いつのまにか巨大スクリーンが設置されており、『ジャンキーカリー』東京本社の社長室にいるガラムの姿が映し出された。
「見苦しいですよ、ミス頼香」
ガラムは、穏やかな口調で語りかけていたが、端々に怒りが感じられた。
「あれって、『ジャンキーカリー』社長の……」
「ガラム・ミハギノだ!」
スクリーンに映し出されたガラムの姿を見て、真咲良と新輝も、驚きの声を上げた。
「申し訳ございません、社長! 今回の結果は……」
「安長真咲良くん、そして新輝くん。今回は君たちがウィナーだ。以前ミス頼香が言った通り、我がジャンキーカリーは、この街からいったん撤退しよう」
頼香のことを無視して、ガラムは話を続けた。
そして、彼のその発言により、会場内は三度騒がしくなった。
「そうだ! 約束したもんね」
スクリーンに向かって言い放つ新輝に対して、真咲良は黙ったままだった。
「しかし、まだ我が社は完全に負けたわけではありませんからね。それを忘れないでいただきたい」
「……!」
ガラムの発言に、真咲良は強い引っ掛かりを覚えた。
「社長! 撤退ということは……私は、私たちの支店は、どうなるのですか?」
頼香は焦りを隠しきれず、真咲良たちの前に立ち、懇願するようにガラムを見ながら呼びかけた。
その姿は、まるで許しを請う罪人のようだった。
「ミス頼香。君は一度本社の方に戻ってもらい、そのあと処遇を考えるよ。君は、我が社に恥をかかせたんだからね」
そう言い残して、ガラムは通信を切り、スクリーンが真っ暗になった。
「……!」
頼香は、呆然として立ち尽くしていた。
「これで、父さんが戻って改修工事が終わったら、店も元通りだね」
「そうだね」
「支店が撤退したあと、布勢さんはどうなっちゃうのかなぁ」
「ウチらには関係ね。さんざんいろいろやられたんだしさ」
微笑む新輝の一方で、真咲良は妙に淡々としており、暗くなったスクリーンを見つめていた。
(あの社長は、「まだ負けたわけじゃない」って言ってた。どういう意味だろう?)
彼女は、ガラムの言葉が気になり続けていた。
* * *
『ジャンキーカリー』が『カレーのやすなが』に負けたというニュースは、その日の夜から各種メディアに取り上げられ、驚きをもって受け入れられた。
そして、そのニュースが出回っていることは、ガラムも把握していた。
「こうでなければ、歯応えがない」
パソコン画面でそのネットニュースを見ながら、ガラムはつぶやいた。
自分の会社のカレーが、真咲良たちのカレーに負けたにもかかわらず、彼はどこか嬉しそうだった。
「我が社のカレーが負けたのは不本意だが……ボスキャラは、最後の最後まで抵抗してくれないと面白くないものさ」
ガラムは、表情を戻して、そのネットニュースのタブを閉じた。
そして、椅子から立ち上がって振り返り、窓を眺めた。
眼下には、東京都心部のビル街都心部、そのネオンサインが広がっていた。
「本当のショーは、これからです」
ガラムはニヤッと笑い、夜景をそのまま見つめ続けていた。
背後で電源がつけっぱなしにされた、彼のパソコンのデスクトップには、家族写真が背景画面として写し出されていた。
画像は解像度が悪く、色味も薄れていることから、古い写真をスキャンして、パソコンに取り込んだようだった。
そして、その家族写真には、雑居ビルの一階に構えたカレー店を背景に、日本人男性と金髪の白人女性、そしてその子どもと思われる男の子が、笑顔で写っていた。
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