第四章 姉弟の逆襲! これがカレー力だ-4
対決が始まってから、約30分。
『カレーのやすなが』側のシステムキッチンでは、真咲良と新輝がせわしなく動いていた。
このとき、真咲良は野菜を次々に切っており、新輝はフライパンでカレーペーストを炒めていた。
「新輝。カレーペーストの出来は、今どんな感じ?」
ニンジンなどの緑黄色野菜をあらかた切り終わった真咲良は、まな板からガラス製のボウルにそれらを流し込みながら、新輝に訊いた。
「もうちょっとだよ。カイエンペッパーを少し入れて、味を調えたほうがいいかな」
新輝は、フライパンを器用に操りながら答えた。
「出来たら教えて! すぐ寸胴鍋に放り込むからさ」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと段取りはわかってるよ」
このときの二人は、お互いの顔を見ず、目の前の調理に集中しながら会話をしていた。
それは、お互いのことを信頼し、力を合わせて調理していることの表れだった。
「対決開始から、30分。『カレーのやすなが』側は、着実にカレーを作っているようです」
秋里の実況が、こだました。
そして彼は、続いて頼香たち『ジャンキーカリー』側に目を向けたが――その様子に唖然とした。
「一方の『ジャンキーカリー』側ですが……ん? これはどういうことでしょう。一切調理をしておりません!」
そう、このときの頼香たちは、調理器具等には一切手を付けておらず、アシスタントたちとともに腕組みをして、真咲良たちを凝視し続けていた。
システムキッチンの上には、カレールウやご飯などの入ったレトルトパウチが、五個置かれていた。
またコンロには、すべての口に、水を張った片手鍋が火にかけらてていた。
「調理をしていないんじゃない……ただ機会を待ってるのです!」
そう豪語した頼香は、秋里を横目でじろっと見た。
「!」
冷たさと必死さが入り交じったその目つきに、彼は恐怖し、身体を震わせた。
「『ジャンキーカリー』側は、待っているといいました。いったい何を――」
「そろそろよ! 始めなさい」
秋里の実況が終わる前に、頼香は指を鳴らしながら、大声でアシスタントたちに指示をした。
それを耳にした途端、アシスタントたちは機敏な動きを見せ、次々にレトルトパウチを片手鍋に投入していった。
「なんと! 湯煎するだけで、あのカレーができるというのでしょうか!?」
秋里の、驚きを隠しきれていない実況を耳にして、新輝は、フライパンを持ちながら頼香の手元を見た。
「『ジャンキーカリー』が、店でも全部レトルトパウチでカレー作ってるって話、本当だったんだ……」
彼の反応に気づいて、寸胴鍋をコンロの火にかけた真咲良も、顔を上げた。
「あんな、セントラルキッチン製の出来合いのものに、ウチらのカレーは負けないよ。新輝、集中するんだ」
真咲良はいたって真面目な顔をしており、すぐ調理に戻った
「わかってるよ、姉ちゃん」
新輝は、フライパンに視線を戻した。
姉の反応に、どこか嬉しさそうな様子だった。
* * *
時は進み、残り時間あと5分足らず。
ジャンキーカリー側は、既にカレーを完成させており、システムキッチンの上には、完成したカレーが置かれていた。
青みがかったカレールウに、溶け込んだ野菜はそれに混じって黄色や紫色に変化しており、相変わらず奇抜な見た目をしていた。
「『ジャンキーカリー』側は、もうカレーが出来上がったようです。一足先に見に行ってみましょう」
秋里は立ち上がって、カメラマンを引き連れながら、壇上の頼香のもとへ向かった。
「支店長の布勢さん。これまたかなり変わった色をしていますが、どういったものになりますか?」
カメラマンに、カレーを大写しにさせながら、秋里は頼香にマイクを近づけた。
「正式名称は、まだ決まっていないのですが……そう。トリップカレー改良型とでもしておきましょうか」
頼香は得意げに、そのカレーを持ち上げ、男性アナウンサーに近づけた。
「トリップカレー……改良型!?」
頼香の圧とそのカレーのインパクトに気圧され、秋里はたじろいだ。
「そうです。現在全国展開し、大変ご好評いただいているトリップカレーですが、それに更なる改良を加えたものが、こちらになります」
「これは、店頭ではいつラインナップされるのですか?」
「最終段階の調整に入っているため、名前の決定を経て、来月にはお知らせできると思います」
「なるほど! 楽しみです」
頼香は、ちゃっかり宣伝もはさみながら、見せびらかすようにトリップカレー改良型を紹介した。
「さて、一方の『カレーのやすなが』側は、まだカレー作りがいよいよ大詰めのようですが……?」
秋里とカメラマンは、今度は真咲良たちのもとへ、小走りで向かった。
既に、皿にはご飯が盛り付けられており、真咲良が寸胴鍋からすくったカレールウをかけようとしていた。
「はい! お待ちかねのカレーの……出来上がり!」
ゴトンと音を立てて、彼女はシステムキッチンの上にカレーを置いた。
「おおっ、これは……」
秋里とカメラマンは、そのカレーに顔とカメラを近づけた。
真咲良たちが作ったのは、蕃のもとで特訓をしていたときに作り続けていた、チキンカレーだった。
明るい黄土色をしたカレールウは、色味がくっきりとしており、中からのぞく鶏肉は、そのカレールウにまみれて、黄金色に輝いているように見えた。
「これは……『カレーのやすなが』伝統の味・チキンカレーですか?」
「そうよ。ウチらはやっぱり、このカレーで勝負をかけないと」
真咲良は、秋里からマイクをひったくり、自信ありげに答えた。
「そうですか。しかし……」
秋里は、自分の手元にマイクを戻し、突然表情をくもらせた。
「何か、問題でも?」
「お二人は、二代目店主の桂樹さんのお子さんと聞いています。ですが、お父さんは今入院中なんですよね? 見た目も『ジャンキーカリー』のトリップカレー改良型に劣りますし、味もどうだか……」
「はい? そんなの、食べてみないとわからないでしょ?」
真咲良が秋里に突っかかろうとしたとき、新輝はとっさに彼女の腕を押さえた。
「姉ちゃん――姉の言う通り、カレーは食べてみないとわかりません。そういうのはやめてください」
新輝は、毅然とした態度だった。
「……わかりました。では、会場の皆さん、両者ともにカレーが完成したようなので、いよいよ審査員による判定タイムに移りましょう!」
秋里は、気を取り直して観客席側に振り向き、調子のいい声を上げた。
読んでいただいたご感想や反応等いただけると、励みになります。
お待ちしておりますので、どしどしよろしくお願いします!




