第四章 姉弟の逆襲! これがカレー力だ-3
運命の土曜日が、とうとうやって来た。
大ホールの裏にある狭い楽屋では、コック姿に着替えていた真咲良が、一人座って、カレー対決の開始をじっと待っていた。
既に、カレー作りに必要な道具や食材は、大ホールに設置されたシステムキッチンと冷蔵庫に置いて来ていたため、楽屋の中はがらんとしていた。
「姉ちゃん。ちょっと、外見てみてよ」
楽屋のドアを開けて、コック姿の新輝が入ってきた。
「今そんな気分じゃないよ。こうやって精神統一しないと……」
「そう言わずにさ、ちょっとだけ」
しつこく呼び掛ける新輝に、真咲良はしぶしぶ立ち上がり、彼のもとへ向かった。
彼女が連れていかれたのは、大ホールの脇だった。
「見てみてよ。すごい人の数だよ」
新輝が指さした先には、大ホールの客席が見えた。
3階建てになっている客席は、一番上の3階席が関係者席としてふさがれており、1・2階席のみが一般客向けとして開放されていたが、その客席も8割方埋まっているように見えた。
「ホント、すごい人の数だな。このホールって、どれくらい人が入るんだっけ?」
「1・2階席だけで、大体1500人。8割くらい埋まってるから、1200人くらい来てる計算になるよ」
新輝は少し、興奮気味だった。
「この田舎のどこから、これだけの人が集まったんだか……」
「一昨日あたりから、新聞広告も出してたしね。きっとそのせいだよ」
新輝の言葉で、真咲良は昨日の新聞広告を思い出した。
中ほどのページ一面を使った、フルカラーの広告は、『ジャンキーカリー』らしい派手さが特徴的だった。
「まだこの辺りは、ネットよりも新聞って人多いからなぁ」
「これだけ人が多いと、緊張するね」
「ああ。だからこそ、この勝負――カレー対決は、負けられないね」
真咲良の言葉に、新輝も静かに頷いた。
その直後、会場内に、「まもなく、『ジャンキーカリー』と『カレーのやすなが』の、カレー対決が始まります」という男声アナウンスが流れた。
「いよいよ本番ね。新輝、覚悟はいい?」
「大丈夫さ!」
二人は、大ホールの脇から、舞台へと飛び出して行った。
舞台には、真咲良たち用と『ジャンキーカリー』用もシステムキッチンと冷蔵庫がそれぞれ一基ずつ設置されており、すぐにでもカレー作りが始められる準備が、調えられていた。
* * *
午前11時。カレー対決の始まる時間になった。
既に『カレーのやすなが』側として、舞台で待機していた真咲良と新輝に対して、頼香は、時間ギリギリになって現れた。
彼女は全くあわてている様子はなく、アシスタントとして、サングラスに黒スーツ姿の男性店員三名を連れていた。
「なんだ。社長じゃなくて、支店長が出てくるのか」
真咲良は、不満そうに頼香を見ていた。
「まあ、東京とかの街中とは違って、ここは地方だからなあ」
「この前画面越しに会ったときは、あれだけ啖呵切ってたのに……」
「きっと、ネット中継とかでこの対決を見てるんだよ」
新輝が真咲良をなだめていると、頼香たち『ジャンキーカリー』側の舞台脇に設置されている長机に、一人の男性がついた。
眼鏡をかけた小太りの男で、真咲良よりも背が低いように見えた。
「すげっ! あれ、この市のテレビ局の秋里アナじゃん」
真咲良は興奮しながら、小声で指さした。
「ここまで準備するなんて、すごいや」
新輝も驚きのあまり、秋里を見たまま、真咲良の顔を見ずに答えた。
「皆様。『ジャンキーカリー』と『カレーのやすなが』の、カレー対決の日がやってまいりました。司会はわたくし、秋里が務めさせていただきます」
秋里は、意気揚々と話し始めた。
「ルールはいたって簡単。制限時間内にカレーをつくり、審査員からより多くの支持を得られた方が勝ちとなります!」
彼が話し終わると、観客席から拍手や歓声が聞こえた。
「今回の審査員は、地元からランダムに選ばれた3名で構成されています」
男性アナウンサーが手を挙げると、彼の横に続々と2人の男性と1人の女性が現れ、席についていった。
男性の審査員は、一方が30代くらいの、眼鏡をかけたサラリーマン風であり、もう一方は、70代くらいの禿頭の老人であった。
女性審査員は、パーマをかけた髪型が印象的で、街角でよく見かける主婦のように見えた。
そして、審査員たちは会釈をし、観客席側に微笑んだ。
「では、既に開始時刻の11時を過ぎているため、さっそく対決を始めていきましょう。あと一分で、スタートです」
秋里は、大きなデジタル時計を長机に設置し、覗きこんでいた。
「いよいよだね、姉ちゃん」
新輝は、緊張した面持ちで真咲良を一瞥した。
「そうだね。ウチらのカレー力で、ヤツらに目にもの見せてやろう!」
真咲良は、頼香を凝視しながら答えた。
頼香は笑顔だったが、どこかぎこちなく見えた。
今の自分たちなら、勝てるかもしれない。
頼香の様子から、真咲良は内心、そう考え始めていた。
新輝が「うん」と返事をした直後、秋里の手元のデジタル時計から、けたたましいアラームが鳴り響いた。
「さあ、対決の始まりです!」
こうして、戦いの火ぶたは切って落とされた。
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